アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)などで行われた研究によって、ハムスターの脳にある特定の神経細胞を薬で興奮させると、体温が約14℃まで落ち、低いまま2日以上たもたれる冬眠そっくりの状態になることが示されました。
冬眠は日照時間や気温、ホルモンなど無数の条件が積み重なって起きる季節の現象と考えられてきましたが、その入り口は、ごく一部の細胞が握っていたのです。
冬眠の入り口を担う神経細胞が突き止められたのはこれが初めてであり、論文でもこの細胞の活動が「冬眠に入るために必要であり、かつ十分でもある」と記述されています。
では、冬眠をしないはずの動物の脳にも、このスイッチは残っているのでしょうか。
研究内容の詳細は、プレプリントサーバーである『bioRxiv』にて2026年8月17日付で公開されています。
目次
- 冬眠は「自分で電源を落とす」技術
- 冬眠しない動物にも、同じスイッチが残っていた
冬眠は「自分で電源を落とす」技術

冬の朝、暖かい布団から出たくないという気持ちは、いっそ春まで眠っていたいという願いにまで育つことがあります。
人間の体はその願いを実行できませんが、シリアンハムスターはやってのけます。
冬眠に入るとこのハムスターの体温は、ふだんの35℃前後から5℃近くまで落ち、心臓も呼吸もゆっくりになり、そのまま2〜3日、深い休眠と呼ばれる状態を続けます。
ですがその状態がずっと続くのではありません。
半日ほど目を覚まして体を温め直すと、体温はまた5℃へ向かって落ちていきます。
これを何週間も繰り返すのが冬眠です。
不思議なのは、氷点近くまで冷えても細胞が壊れず、春になれば何ごともなかったように動き出すことです。
だからこそ、医療の世界はこの状態を欲しがってきました。
これまでの研究では、冬眠のあいだに体で何が起きているかが詳細に調べられてきましたが、肝心の開始メカニズムがわかりませんでした。
冬の合図が体に届いていることはわかっていても、それを受けて脳のどの神経細胞が引き金を引くのかは、空白のまま残されていたのです。
そこで今回研究者たちは、実験室でハムスターを冬眠させるところから始めました。
照明時間を秋のように短くし、そのあと室温を4〜5℃まで下げるのです。
するとおよそ7割のハムスターが本物の冬眠に入ることが確認されました。
次に研究者たちは、冬眠に入った直後のハムスターと、途中で目覚めたハムスターと、そもそも冬眠していないハムスターの脳を摘出し、脳の32か所で直前まで動いていた細胞を調べました。
すると深い休眠に入ったばかりのハムスターの脳では、視索前野(POA)と呼ばれる領域の一部において、神経細胞の14%が活性化していることがわかりました。
一方で、冬眠していないハムスターの脳では、活性化率は1%にも届きませんでした。
ただこの段階では、活性化の比較しかできていません。
その部分が本当に冬眠開始に必須かは、実際に活動を制御してみないとわかりません。
そこでチームは、制御のための道具そのものを作ることにしました。
手がかりになったのは、冬眠中に働いていた細胞のおよそ半数が持っていた「Samd3」という目印です。
この目印のすぐ隣にあるDNA配列をたよりに、狙った細胞にほぼ限って荷物を届ける運び屋ウイルスを、チームは新しく設計しました。
届ける荷物は、薬を投与したときだけ細胞を強制的に働かせる仕掛けと、逆に黙らせる仕掛けです。
つまり、冬眠中のハムスターの脳のごく一部だけを、外から押したり切ったりできるようになったわけです。
結果、黙らせるほうを冬眠中のハムスターに使うと、ハムスターはなかなか深い休眠に戻ってこなくなりました。
12匹のうち7匹は、薬を与えた6日間ずっと体温が高いままだったのです。
興奮させたときの変化は、もっと劇的でした。
ハムスターの体温はほどなく下がり始め、最低13.9℃に到達します。
低い体温は平均57時間、つまり丸2日を超えて保たれました。
自然の冬眠が5.5℃前後まで下がることを考えれば、人工のスイッチが作る眠りはまだ浅いものです。
それでも、薬を一度与えただけで、ハムスターは巣の中で体を丸め、ほとんど動かず、自然の冬眠のときと同じ姿になりました。
しかも配達便が広く行き渡った個体ほど、体温は深いところまで落ちていました。
研究者たちは冬眠の入り口を担う神経細胞が突き止められたのは、これが初めてだと述べています。
冬眠しない動物にも、同じスイッチが残っていた

押せば冬眠の入り口が開く細胞は、こうして見つかりました。
次に気になるのは、そのスイッチの出どころです。
何週間ものあいだ、体温を5℃まで落としては戻すことをくり返して冬を越す離れ業をこなす動物なのだから、その脳には冬眠のための専用の細胞が積まれている——調べる前は、そう考えるのが自然でした。
そこで研究者たちは、冬眠する派であるハムスターの脳から視索前野を摘出して、神経細胞を1個ずつ、どの遺伝子が使われているかで種類分けしていきました。
そそて、できあがった一覧を、冬眠しない派であるマウスの既知の情報と突き合わせれば、冬眠する動物だけが持つ特別な細胞が浮かび上がるはずでした。
ところが、そんな細胞は一つも見つかりませんでした。
見つかった26種類の神経細胞はすべてマウスにもあり、その割合までほとんど同じだったのです。
少なくとも冬眠のスイッチがある場所には、冬眠する動物だけの専用装置は積まれていなかったのです。
実際、研究チームが8℃の部屋でマウスの同じ神経細胞を興奮させると、体温はやはり下がりました。
下がり幅はハムスターに及びませんが、スイッチそのものは反応しています。
冬眠しないサルであるマーモセットでも、公開されている脳の遺伝子地図をたどると、休眠に関わる神経細胞の目印を持つ細胞が、対応する場所に見つかります。
研究を率いたシニシャ・フルヴァティン氏は、この神経細胞群を、初期の温血動物が体温維持のコストを切り下げるために使っていた「オフスイッチ」の名残だと見ています。
祖先が使っていたスイッチに、限りなく近いものだというのです。
これらの予測が正しければ、冬眠に入るかどうかを分けているのは、冬眠に必須な仕組みを持っているかどうかではなく、そのスイッチに冬の合図が届くか、そして押した先の体がどこまで従うか、という違いだということになります。
もし将来的に、人の体で同じスイッチを押せるようになれば、移植を待つ臓器や、その臓器を待つ患者の時間をかせぐ医療への応用や、長期の宇宙旅行への利用も可能になるかもしれません。
元論文
Preoptic Neurons that Control Entry into Hibernation
https://doi.org/10.64898/2025.12.05.692394
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
