もし「走ること」に極端に適応した動物を作り続けたら、何が起きるでしょうか?
よりたくさん走るようになった代わりに、子どもを残しにくくなったり、寿命が縮んだりしても不思議ではありません。
ところが米国カリフォルニア大学リバーサイド校(UCR)の研究チームが、30年以上続く「よく走るマウス」の選択交配実験を調べたところ、研究者が予想していた繁殖や寿命への「代償」は明確には見つかりませんでした。
研究成果は2026年8月12日付で学術誌『Behavior Genetics』に掲載されています。
目次
- 「よく走るマウス」を100世代近く交配すると何が起きる?
- 「たくさん走る性質」を得ても、繁殖と寿命は犠牲にならなかった
「よく走るマウス」を100世代近く交配すると何が起きる?
生物には使えるエネルギーに限りがあるため、ある能力に多くのエネルギーを使えば、別の能力にしわ寄せが生じることがあります。
たとえば活発に動くために大量のエネルギーを使えば、そのぶん繁殖や体の維持に使えるエネルギーが減るかもしれません。
こうした関係は「トレードオフ」と呼ばれます。
今回、研究チームが注目したのが「High Runner(HR)マウス」でした。
このマウスは遺伝子編集で作られたものではありません。
1993年に始まった選択交配実験では、若いマウスに回し車を与え、特によく走った個体を次世代の親として選び続けました。
一方、対照となる系統では走行量に関係なく親を選び、同じように世代を重ねていきました。
その結果、HRマウスは回し車を与えられると、対照マウスのおよそ3倍もの距離を自発的に走るようになりました。
さらにこれまでの研究では、HRマウスは体が小さく体脂肪が少ない傾向があり、持久力や最大酸素摂取量が高いほか、心臓や筋肉、ホルモンなどにも違いが確認されています。
つまり「よく走る」という特徴を選び続けたことで、それに伴って体のさまざまな特徴にも変化が現れてきたのです。
そこで研究チームは、こうした変化のどこかに「代償」が生じているのではないかと考えました。
特に予想されたのが、生涯に残せる子どもの数が減ったり、寿命が短くなったりする可能性です。
今回研究者たちは第97世代のマウスから100組の雌雄ペアを作り、性成熟する7週齢から生涯にわたって一緒に飼育しました。
そして出産回数や、離乳まで育った子の数、最初と最後の出産時期、さらに両親の寿命まで記録しました。
重要なのは、今回の生涯追跡では子マウスの安全などを考慮して回し車を置かなかったことです。
そのため調べたのは「毎日3倍走らせたらどうなるか」ではなく、「3倍走る性質を何世代も選択してきたマウスに、繁殖や寿命の代償が現れているか」でした。
ところが比較した結果、HRマウスでは生涯に残せる子どもの数にも平均寿命にも、統計的に明確な低下が確認されなかったのです。
より詳細な結果を次項で見ていきましょう。
「たくさん走る性質」を得ても、繁殖と寿命は犠牲にならなかった
100組のうち98組は、少なくとも一度は子どもを産みました。
そして生涯に離乳まで育った子どもの数は、対照系統で平均29.1匹、HR系統で25.8匹でした。
数字だけを見るとHR系統の方が少なく見えますが、この差は統計的には有意ではありませんでした。
さらに出産回数や繁殖できた期間、子どもを離乳まで育てられた割合などについても、HR系統が一貫して劣るという結果は得られませんでした。
一方、HR系統では出産から次の出産までの間隔がやや長い傾向も見られましたが、統計的には境界的な結果で、なぜそうなるのかもまだ分かっていません。
寿命についても、HR系統と対照系統の平均寿命には、雌でも雄でも明確な差がありませんでした。
さらに「若いうちにたくさん繁殖すると後半の繁殖能力が落ちる」「多くの子どもを残した親ほど早死にする」といった関係も確認されませんでした。
では、予想された「代償」はなぜ現れなかったのでしょうか。
一つの可能性として研究者が挙げているのが、増えたエネルギー需要を別の方法で補っていたことです。
過去の研究では、HRマウスは対照マウスより多く食べることが知られています。
今回の実験でも餌と水は自由に摂取できたため、必要なエネルギーを食事から補い、繁殖や体の維持に回すエネルギーまで削らずに済んだ可能性があります。
また、長い選択交配の過程で、エネルギーの使い方や代謝などに、活動性の高さを補う変化が生じた可能性も考えられます。
ただし、これらは今回の研究で直接確かめられた仕組みではなく、今後検証する必要があります。
自然界のように食料が不足したり、自分で餌を探したりする環境なら、隠れていた「代償」が現れる可能性があります。
今後は餌を制限した環境や、実際に回し車を利用できる条件でも同じ結果になるのかを調べることで、活発に動くことと繁殖や寿命の関係がさらに明らかになるでしょう。
「ある能力を極端に伸ばせば、別の何かが犠牲になる」とは限らない。
今回の「強化マウス」は、生物が予想以上に柔軟な仕組みを持っている可能性を示しています。
参考文献
Researchers Bred ‘Supermice’ for Extreme Running. They Expected a Downside, But There Wasn’t Any
https://www.zmescience.com/science/biology/researchers-bred-supermice-for-extreme-running-they-expected-a-downside-but-there-wasnt-any/
元論文
Selective Breeding for Voluntary Wheel-Running Behavior in Mice is not Associated with Reduced Lifetime Reproductive Success or Lifespan Under Long-Term Paired Breeding Conditions
https://doi.org/10.1007/s10519-026-10277-x
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部
