英国のサリー大学(University of Surrey)で行われた研究によって、加熱すると気体になって消え、冷えると自然に元の固体へと戻る、まったく新しいプラスチックが開発されました。
固体が液体を経ずにそのまま気体になる現象は「昇華」と呼ばれ、ドライアイスなどでおなじみです。
しかし、プラスチックがこの往復を繰り返し、しかも冷えるだけで勝手に元の姿へと組み上がる例は、これが初めてとなります。
研究者たちは「ほとんどのプラスチックは安定であるように設計されているため、リサイクルや除去が困難です。私たちはそれとはまったく異なる挙動を示す材料を作り出せることを示しました」と述べています。
安定していることが取り柄のはずのプラスチックが、なぜドライアイスのように消えたり現れたりできるのでしょうか。
論文は2026年8月11日付で『Macromolecules』にて発表されました。
目次
- プラスチックは「壊れないこと」が長所であり、最大の欠点でもある
- 90℃で気化し、冷えると固体化する――世界初の「昇華するプラスチック」
- 「着せて、脱がせて、きれいにする」——実証された3つの使い道
プラスチックは「壊れないこと」が長所であり、最大の欠点でもある

レジ袋、食品の包装、シャンプーのボトル。
私たちの身の回りにあふれるプラスチックは、とにかく丈夫で、水にも薬品にも強く、放っておいても壊れません。
ところが、この頼もしさこそが、環境中に流出したプラスチックを何十年も分解されないまま残し続ける原因にもなっています。
使っているあいだの長所が、捨てる段階になったとたん、そっくりそのまま最大の欠点に裏返ってしまうのです。
もちろん、リサイクルしやすいプラスチックを作ろうという研究は世界中で進められています。
なかでも有望とされるのが、プラスチックをいったん構成部品であるモノマー(単量体)にまでバラバラに分解し、その部品から再び組み立て直すという方法です。
部品まで戻せば新品同様の品質で作り直せるため、理想的なリサイクルと言われています。
ところが現実には、部品に分解するだけでも150〜200℃という高温が必要になる場合が多く、しかも回収した部品をプラスチックに戻すには、さらに別の化学処理が待ち構えています。
理想とは裏腹に、手間とエネルギーを大量に食う道のりなのです。
そこでサリー大学の研究チームが目をつけたのが、硫黄原子2つを含む小さなリング状の分子(1,2-ジチオラン)でした。
硫黄同士の結合には「切れやすく、つながり直しやすい」という、炭素の鎖でできた普通のプラスチックにはない身軽さがあります。
この身軽さをうまく使えば、行きも帰りも簡単な——組み立ても分解もラクな素材が作れるのではないか。
チームはそう考え、このリング状分子だけをつなげたプラスチックの合成に挑みました。
その結果は、チーム自身の予想さえ裏切るものでした。
90℃で気化し、冷えると固体化する――世界初の「昇華するプラスチック」

転機は、実験の途中で偶然訪れます。
研究者たちが、試験管の底にできていたプラスチックの固まりを80℃ほどに温めてみたところ、固まりは跡形もなく消え失せ、冷たい試験管の壁に固体となって再び現れていたのです。
水では、氷を温めると液体の水を経て蒸気となり、蒸気を冷やすと水、さらに冷やすと氷に戻ります。
ところがこの硫黄のリング分子を持つプラスチックは、温めれば固体から一足飛びに気体となり、冷ませば気体から固体へ。液体状態をまったく経ない、ダイレクトな変化をしていたのです。
固体が液体を経ずに気体となり、冷えた場所で再び固体に戻る。
ドライアイスさながらの「昇華」が、プラスチックの身に起きていました。
なぜこんな芸当が可能なのでしょうか。
鍵は、この素材が「つながる」と「ほどける」のあいだで常に釣り合っている点にあります。
硫黄同士の結合は切れやすく、つながり直しやすいため、部品は天秤の上で「つながる」と「ほどける」を行き来し続けている状態にあります。
ここで熱を加えると、ほどけた部品はそのまま分子レベルで解き放たれ、気体となっていきます。
そして立ちのぼった蒸気が冷たい場所に触れると、部品たちが再び「つながる側」へと天秤を傾け、元と同じ防水性のプラスチックへ組み上がっていくのです。
部品たちは誰の手も借りないまま、加熱で分解し、冷却で再生する往復を軽々とこなしていたのです。
この「気化」と「自動再生」をセットで示したプラスチックは、これが世界で初めての例となります。
しかも、その効率は見事なものでした。
試験管の中で90℃で2時間温めるだけで、およそ9割が気体になったあと冷たい壁面でプラスチックとして復活し、そのまま回収できたのです。
特別な装置はいらず、冷却は室内の空気まかせ。
さらに回収した素材は、もう一度加熱すれば同じ往復を繰り返せました。
分解と再生をぐるぐる回せる、文字どおりの循環型素材です。
研究を率いたピーター・ロス博士は「ほとんどのプラスチックは安定であるように設計されているため、リサイクルや除去が困難です。私たちは、それとはまったく異なる挙動を示す材料、つまり比較的低温で気化し、その後自然に元のポリマーに再構築される材料を作り出せることを示しました」と述べています。
「着せて、脱がせて、きれいにする」——実証された3つの使い道

では、この不思議な性質は何の役に立つのでしょうか。
研究チームは3つの使い道を実際にやってみせています。
1つ目は「着せる」。
蒸気を物のそばで冷やせば、その表面に防水コーティングを直接まとわせることができます。
実験では丸めたろ紙に蒸気をあて、水を弾くコートを着せることに成功しました。
コートをまとったろ紙の上では、水滴が染み込むことなく丸いまま乗っています。
液体の塗料は入り組んだ形の物には塗りにくいものですが、蒸気なら隅々まで行き渡ります。
電子部品のような複雑な形状の相手にこそ向いた、新しいコーティング法になるかもしれません。
2つ目は「脱がせる」。
着せたコーティングが不要になったら、一晩加熱するだけです。
コートは気化して消え、加熱で少し変色したものの、ろ紙は元どおり水を吸う紙に戻りました。
溶剤も薬品も使わず、火にかけておくだけで後片付けが済んでしまうのです。
そして3つ目が「きれいにする」。
リサイクルの現場では、回収したプラスチックを砕いて洗浄しますが、これで落ちるのは表面の汚れだけです。
素材そのものに練り込まれた着色料などの添加剤は、洗っても取り除けません。
そこでチームは、染料を混ぜてわざと「汚した」プラスチックを用意し、90℃に加熱してみました。
すると気体になれるプラスチック部分だけが染料を置き去りにして抜け出し、色の抜けた無色のきれいな固体として回収されたのです。
本来ならコストのかさむ化学処理を重ねてようやく実現する添加剤との分離が、「温めるだけ」の一工程で完了したことになります。
もっとも、ロス博士は「これは従来のプラスチックに取って代わるものではなく、世界的なプラスチック廃棄物問題の解決策でもありません」と冷静に釘を刺しています。
今回の研究で示されたのは、加熱すると部品にほどけて気体となり、冷えると自然に元のプラスチックへ組み上がるという基本原理であり、この素材そのものが明日にでもレジ袋やボトルに置き換わるわけではありません。
それでも、同じ仕組みを持つ素材づくりが広がれば、塗ることも、剥がすことも、リサイクルも、今よりずっと簡単になるかもしれません。
筆頭著者のトゥーシフ・カズミ氏も「この化学反応を自在に操る方法を習得できれば、最終的には、現在使われている多くのプラスチックよりも塗布、除去、リサイクルが容易な新素材の開発につながる可能性があります」と展望を語っています。
「消えて、また戻れる」——壊れないことだけを追求してきたプラスチックの歴史に、正反対の選択肢が加わろうとしています。
参考文献
Novel plastic turns into a gas when heated—then reforms once cooled
https://phys.org/news/2026-08-plastic-gas-reforms-cooled.html
元論文
Lipoic Acid Without the Side Chain: Sublimable Homopolymers and Degradable Copolymers Based on 1,2-Dithiolane
https://doi.org/10.1021/acs.macromol.6c01500
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
