「効くと信じる力」は、どうやら全員に平等には配られていないようです。
ドイツのマールブルク大学(UMR)が健康な成人293人を対象に行った実験で、抗うつ剤のプラセボ効果で気分が高揚するかどうかは、性格の内向・外向によって正反対に分かれることが明らかになりました。
カプセルの中身がなんであれ「気分が上がる薬です」と告げられると、内向的な人のポジティブ感情は実際に上昇。
一方、外向的な人は同じ説明を受けてもむしろ気分が下がる傾向を示したのです。
論文では「ポジティブ感情のベースラインが低い人ほど、プラセボと、ドーパミンに作用する薬の双方に対して、より大きな気分の高揚がみられた」と記されています。
同じカプセルを飲みながら、なぜ性格だけで気分の反応がここまで分かれるのでしょうか?
研究内容の詳細は『International Journal of Neuropsychopharmacology』にて発表されました。
目次
- 「気分が上がる薬です」の一言が効いたのは内向的な人だけだった
- ドーパミンに作用する薬でも、似た線で分かれた
- 痛みでは楽観的な人に効くプラセボが、気分では逆に働いた
「気分が上がる薬です」の一言が効いたのは内向的な人だけだった

薬を飲んだ直後、有効成分が体に届くはずもない時間帯なのに、なんだか調子がよくなった気がする。
風邪薬を飲み込んだ瞬間にホッとしたり、栄養ドリンクを手に取っただけで元気が出た気がしたり——そんな経験は、日常のなかに意外と多く転がっています。
「効くはずだ」と思い込むだけで体に実際の変化が起きるこの現象は、プラセボ効果と呼ばれています。
ところがプラセボ効果の恩恵は、誰にでも同じ大きさで訪れるわけではないようです。
マールブルク大学の研究チームは、18〜60歳の健康な成人293人にまったく同じ見た目のカプセルを飲んでもらいました。
半数には「3時間後に気分が高揚する薬が入っている」と伝え、残り半数には「有効成分のない物質が入っている」と伝えます。
カプセルの中身もまた、本人にも実験担当者にもわからない形で別途ランダムに振り分けられていました。
服用前と服用後の数時間にわたって、合計6回、ポジティブな気分の度合いを測定しています。
そしてもう一つ、実験の前に済ませておいたことがあります。
参加者全員の性格を、あらかじめ測っておいたのです。
社交的でエネルギッシュかどうか(外向性)、そして喜びや意欲を感じにくい傾向がどれくらいあるかという性格のデータです。
結果は意外なものでした。
参加者全体の平均を見ると、「気分が上がる薬」と告げられたグループも「効果のない物質」と告げられたグループも、ポジティブ感情に差は見られませんでした。
一見、プラセボ効果は起きていなかったように見えます。
ところが平均という物差しは、ときに正反対のものを足して打ち消してしまいます。
外向性のスコアで分けると、様子は一変します。
内向的な人は「気分が上がる薬」と伝えられた場合、「効果のない物質」と伝えられた場合に比べてポジティブ感情がはっきり高くなっていたのです。
一方、外向的な人では逆に、期待を持たされた側の方が気分は下がる傾向にありました。
見た目も渡され方もまったく同じカプセル。
変わったのは、添えられた一言だけです。
「信じれば効く」が通用するかどうかは、性格によって大きく変わっていたのです。
ドーパミンに作用する薬でも、似た線で分かれた

実はこの実験には、もう一つの仕掛けがありました。
参加者の半数には本物の薬——脳内で「やる気」や「報われた感覚」に関わるドーパミンという物質の働きに作用する薬剤(スルピリド400ミリグラム)が投与されていたのです。
こちらも全体平均では気分への効果は見当たりませんでした。
しかし喜びや意欲を感じにくい傾向(快感消失)が強い人に絞ると、この薬を飲んだ群でポジティブ感情が時間とともに上昇していました。
逆に、この傾向が弱い人では同じ薬を飲んでも気分が下がっています。
なぜ同じ薬が、正反対に働くのでしょうか。
研究チームはこれを「ならす作用」と呼んでいます。
ドーパミンの働きが低めの人には不足を補う方向に効き、もともと十分に足りている人には、かえって信号を弱めてしまう。
栄養の足りない人にサプリメントが効く一方、十分に足りている人が飲んでも意味がなく、場合によっては摂りすぎになるのと似た構図です。
ドーパミンを操作すると元の状態次第で反応が逆向きになる現象は、これまでの複数の研究でも報告されており、今回の結果はそれと一致するものでした。
ここで浮かび上がるのは、薬の効果と期待の効果がよく似た形で分かれたという事実です。
気分が持ち上がったのは、薬なら快感消失の強い人、期待なら内向的な人。
そして薬も期待も、それぞれ反対側にいる人にはむしろマイナスに働きました。
そもそも「喜びを感じにくい」と「内向的」は、別の顔をした親戚のような関係にあります。
今回の参加者でも両者ははっきりと結びついており、研究チームが16種類の性格尺度をまとめて分析したところ、その背後には「ポジティブな感情の湧きやすさ」という共通の性質が一つだけ浮かび上がりました。
この共通の物差しで測り直しても、やはり同じ結果が現れています。
別々の入り口から入ったはずが、たどり着いた部屋は同じだったのです。
研究チームは、この二つのパターンの重なりを、期待の効果にドーパミンの仕組みが関わる証拠のひとつとみています。
ただし薬と期待を組み合わせたとき、互いの効果を打ち消したり強め合ったりする関係は見つかりませんでした。
重なって見えるのに、噛み合わない——謎はまだ残されています。
こうした構図が浮き彫りになった背景には、実験デザインの力があります。
健康な成人に対して「期待の操作」と「ドーパミンに作用する薬の投与」を同時に行い、両方の反応が性格でどう変わるかを一挙に検証した大規模実験は、この分野で最初期のものの一つです。
痛みでは楽観的な人に効くプラセボが、気分では逆に働いた

そしてこの結果は、プラセボ研究が長年積み上げてきた常識と、正面からぶつかることになります。
プラセボ効果にまつわるこれまでの研究は、主に「痛み」の分野で積み重ねられてきました。
そこでは楽観的で外向的な人ほどプラセボが効きやすいと報告する研究が目立ちます。
今回の結果は、その構図を「気分」という舞台の上で逆転させたことになります。
研究チームは、この逆転の理由として「気分を上げる期待が効くには、もともとポジティブな感情が湧きにくいことが前提になるのかもしれない」と考えています。
ふだんポジティブ感情が乏しい人にとって、「気分が上がる」という予告はそれ自体が大きな報酬になるからです。
痛みを消す期待は誰にとってもありがたいものですが、気分を上げる期待が響くには、上がってほしいと願う理由が要る、というわけです。
なお「もともと気分が高い人は上がる余地がなかっただけでは」という見方もありますが、外向的な人の気分が維持ではなく低下方向に振れたことから、研究チームはそれだけでは説明がつかないとみています。
ただし今回の対象は、うつ病の臨床診断を受けていない健康な人です。
研究チームも、臨床の患者を含む集団での検証が次の課題だとしています。
それでも、本物の薬と「効く薬だ」という期待とが、よく似た性格の物差しに沿って効き方を分けた事実は、うつ病治療の個別化に向けた重要な手がかりです。
「どの薬を使うか」だけでなく「どんな性格の人に、どんな期待を持たせて渡すか」までが治療効果を左右しうる——プラセボ効果は、もはやただの「雑音」ではないのかもしれません。
同じカプセル、同じ言葉。それでも受け取る人によって、届く中身は変わります。
「効くと信じる力」が誰にでも平等でないのなら、その凸凹を地図にして治療を仕立てることこそ、これからの医療の仕事なのかもしれません。
元論文
Individual differences in dopamine-related traits influence mood effects of dopamine D2-antagonist and antidepressant treatment expectations
https://doi.org/10.1093/ijnp/pyaf067
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
