あなたが悲しい顔をしているとき、愛犬はその表情をどこまで理解しているのでしょうか。
犬が人間の笑顔や怒った顔に敏感であることは以前から知られていましたが、「恐怖」と「悲しみ」のような同じネガティブな表情まで脳内で区別しているかは不明でした。
ところが今回、犬の脳活動を調べたところ、恐怖の顔と悲しみの顔では異なる活動パターンが現れることが示されました。
この研究はオーストリア、ウィーン大学(University of Vienna)の研究チームによって行われ、2026年8月7日付で科学誌『iScience』に掲載されています。
目次
- 犬は人間の表情を「良い・悪い」だけで見分けているのか?
- 犬の脳では「恐怖」が他のネガティブ表情と違っていた
犬は人間の表情を「良い・悪い」だけで見分けているのか?
犬は長い歴史の中で人間と暮らし、私たちの視線や声、身ぶりだけでなく、顔に浮かぶ表情にも敏感に反応するようになりました。
これまでの研究でも、犬は人間の笑顔と怒り顔、恐怖顔、悲しみ顔などの違いを見分けられることが報告されています。
しかし、そこには一つ大きな疑問が残っていました。
過去の研究の多くは「笑顔と怒り顔」のように、ポジティブな表情とネガティブな表情を比べていました。
そのため犬が「怒り」「悲しみ」「恐怖」といった個別の表情まで区別しているのか、それとも単純に「ポジティブかネガティブか」で分けているだけなのかは分かっていなかったのです。
そこで研究チームは、犬が人間の表情を見ているときの脳活動を直接調べました。
まず実験1では、家庭で暮らす8頭の犬に、覚醒したままfMRI装置に入ってもらい、知らない人の「幸福な表情」と「中立的な表情」の写真を見せました。
fMRIは、脳の活動に伴って起こる血液中の酸素状態の変化を捉え、どの領域が強く反応したかを推定する方法です。
その結果、幸福な顔を見たときには中立顔よりも、右側頭皮質を中心として尾状核まで広がる領域で強い反応が見られました。
尾状核は、犬でも食べ物などの報酬に関連した刺激に反応することが知られています。
このことから研究者らは、人間の幸福な表情が犬にとって報酬的、あるいは感情的に重要な刺激として処理されている可能性を考えました。
さらに実験2では、12頭の犬に「幸福」「怒り」「恐怖」「悲しみ」の4種類の表情を見せました。
この12頭のうち6頭は実験1にも参加しています。
そして脳活動を機械学習などで解析したところ、幸福な表情は3種類のネガティブな表情とは区別できただけでなく、脳全体を見ると「恐怖と悲しみ」「恐怖と怒り」の間にも異なる活動パターンが見つかりました。
では、犬の脳はこれらの表情をどこまで細かく区別していたのでしょうか。
より詳しい結果を次項で見ていきます。
犬の脳では「恐怖」が他のネガティブ表情と違っていた
まず研究者たちは、実験1で幸福な顔に強く反応した領域の活動パターンを使い、犬がどの表情を見ているかを機械学習で判別しました。
すると「幸福と悲しみ」「幸福と怒り」「幸福と恐怖」では、いずれも偶然より高い精度で判別できました。
一方、この領域だけでは「悲しみと怒り」「悲しみと恐怖」「怒りと恐怖」といったネガティブな表情同士を区別できませんでした。
つまり、この側頭皮質から尾状核などに広がるネットワークは、人間の顔全般というより、幸福な顔に対して特徴的な反応を示していると考えられます。
そこで研究者たちは次に、特定の領域に限定せず、脳全体の活動パターンを比較しました。
すると今度は、「悲しみと恐怖」「怒りと恐怖」のそれぞれで異なる脳活動パターンが見つかりました。
一方、「悲しみと怒り」については、はっきりした違いは確認されませんでした。
つまり今回分かったのは、犬の脳がネガティブな人間の表情をすべて同じものとして処理しているわけではなく、とくに「恐怖」の顔に対して、悲しみや怒りとは異なる脳活動パターンを示したということです。
しかも研究チームは、写真の明るさや色、単純な形の違いなどが結果を生んだ可能性も検討しており、そうした基本的な画像の特徴だけでは今回の違いを説明できないことも確認しています。
では、なぜ「恐怖」が目立ったのでしょうか。
研究者らは、恐怖が犬にとって行動上重要な情報である可能性を挙げています。
先行研究では、犬は人間の恐怖顔と怒り顔に異なる注意の向け方を示し、恐怖や怒りのような表情は、悲しみより強い生理的反応を引き起こすことも報告されています。
そのため恐怖は、人間の周囲で何か注意すべきことが起きていることを知らせる手がかりとして、犬の脳で特徴的に処理されている可能性があります。
とはいえ、今回の研究にはいくつかの限界があります。
実験2は12頭と小規模で、そのうち8頭がボーダーコリーでした。
さらに使われたのは静止した顔写真であり、日常生活で犬が利用している声や体の動き、匂いなどは含まれていません。
それでもこれらの結果は、犬の脳における人間の表情の表現が、単純な「ポジティブ/ネガティブ」の区別だけではないことを示す重要な手がかりとなります。
参考文献
MRI study shows dogs can distinguish between human fear and sadness
https://phys.org/news/2026-08-mri-dogs-distinguish-human-sadness.html
元論文
Dog brain representations of human facial expressions: Encoding happiness and differentiating specific negative expressions
https://doi.org/10.1016/j.isci.2026.116900
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部
