「全財産と貴重品を全部失うのと、今まで撮った写真を全部失うのと、どちらがいいですか。その理由も教えてください」
料理をしながら、この質問にすらすら答えられるでしょうか。
しかも20秒後には、もう次の質問が飛んできます。
その間も目の前の画面には書き留めるべき単語が次々と流れ、隣の机ではさらに別の作業が待っています。
イギリスのブルネル大学(Brunel)などで行われた研究によって、この目の回るようなマルチタスクを実験室に持ち込み、男女のマルチタスク能力を比較しました。
すると用意された5つの課題のうち、4つは男女ほぼ互角だったのです。
差がついたのは、残るたった1つ、「会話」だけでした。
男性は投げかけられた質問の27.7%を答えないまま通り過ぎたのに対し、女性が答えなかったのは11.6%。2倍以上の開きです。
研究者は、視覚と手を使う作業に性差はほとんどないが、マルチタスクをしながら会話を続ける能力には顕著な性差がある、と述べています。
そして研究チームは、ここからさらに一歩踏み込み、この小さな差こそが、「女性はマルチタスクが得意」という世間の思い込みを支えているのではないかと考えて、その仕組みを確かめにいったのです。
この研究は2026年5月、心理学の専門誌『Psychological Research』に発表されました。
目次
- 「女性はマルチタスクが得意」というのはどこまで本当か?
- 「女性はマルチタスクが得意」という神話を作るもの
- なぜ男性は、忙しくなると黙ってしまうのか
「女性はマルチタスクが得意」というのはどこまで本当か?

「女性はマルチタスクが得意」。この見方は、世界中に驚くほど広く浸透しています。
ところが不思議なことに、これまでの研究をいくら探しても、マルチタスクの能力に男女差ははっきりと現れてきませんでした。
それなのに思い込みだけは根強く残っています。
いったいこの通念は、どこから生まれたのでしょうか?
この謎に挑んだのが、ブルネル大学のアンドレ・J・サメイタット氏とティ・セント・ジョージズ大学のダイアナ・P・サメイタット氏です。
二人は夫婦で、しかも二人の子どもを育てた経験を持っています。
調査にあたってはまず、参加者は立ったまま、3つの机の間を行ったり来たりしながら複数の課題を行ってもらいました。
中心になるのは、料理のまねごとです。
「小麦粉100g」「バター10g」と書かれたカードや、色とりどりのビーズをボウルに入れていきます。また工程によっては、ビーズを紐に通す作業も挟まります。
そこへキッチンタイマーが鳴ります。すると料理を中断し、別の机へ移動して、電話番号を探したり、紙にばらまかれた数字と文字を順番にたどっていったり。それを終えて、また料理に戻ります。
しかもタイマーの間隔は、最初は90秒。それが75秒、60秒、45秒と縮んでいき、最後には30秒になります。時間の余裕が、じわじわと削られていくのです。
それだけではありません。
この作業の間にずっと、正面の画面では25秒おきに単語が切り替わり、赤い背景の単語が出た瞬間だけ、書き取りに走らなければなりません。
そして、追い打ちをかけるように。20秒ごとにスピーカーから質問が降ってきて、参加者はそれに答え続けます。冒頭で紹介した、お金と写真のどちらを失うか、といった、つい考え込んでしまう質問たちです。
文字で読んでいるだけでも、目が回ってきそうです。
もし本当に女性のほうがマルチタスク全般で優れているなら、あちこちの課題で差が出るはずです。
ところが、話はそう単純ではありませんでした。
まず「料理」「電話番号探し」「数字と文字たどり」「単語の見張り」という4つの課題については、こなした量も正確さも、男女でこれといった差は出ませんでした。
実験のあとに「難しかったか」「疲れたか」「集中できたか」と本人たちに聞いてみても、答えに男女差はありません。みんな、同じように感じていたのです。
しかし会話課題では差がみられました。20秒おきに流れる質問に、男性は投げかけられた質問の27.7%を答えないまま通り過ぎたのに対し、女性が答えなかったのは11.6%だけだったのです。
平均すると、28問中で女性は約25問に答え、男性は約20問にとどまった計算になります。
もっとも、受け答えの長さや会話らしさ、そして質問が終わってから話し出すまでの速さなど会話の質や速度感は変っていませんでした。
口が重くなったわけでも、気の利かない返事になったわけでもなく、男性ではただ答える回数だけが減っていたのです。
さらに男性の回答をよく見ると、もうひとつ興味深いことが見えてきます。男性のほうが、人による差が大きかったのです。
つまり、男性全員が一様に少し無口になった、という話ではなさそうでした。ふだんどおり喋り続けた人が大勢いる一方で、一部の人がぐっと口数を減らし、その人たちが全体の平均を引き下げていたわけです。
けれど、研究者たちが本当に知りたかったのは、この先にありました。
コラム:男女の「ばらつき」の違い
今回の会話課題とは別の話として、男性は女性より、いろいろな性質で「人による差(ばらつき)」が大きい、ということがこれまでの研究で知られています。
たとえば国際的な学力調査では、成績のばらつきが男子のほうが大きく、その差は読解でおよそ15%、数学で12%、科学で14%ほどと見積もられています(Baye &Monseur, 2016;Gray et al., 2019)。
子ども向けの知能検査(WISC)を集めて分析した2024年の研究でも、男児は、目で見た情報から形や位置関係をつかむ力や、覚えた言葉や知識を使う力で、ばらつきが大きいと報告されました。おもしろいことに、記号などをすばやく見分けて処理する力にかぎっては、逆に女児のほうがばらついていたそうです(Giofrè et al., 2024)。
性格の面でも、周囲の人が評価する方式の研究で、外向性・開放性・協調性・誠実性の4つで、男性のほうが個人差が大きかったとされています(Borkenau et al., 2013)。
仕事への興味も同じで、男性は「機械やものづくり、屋外の作業」や「人を説得し、組織を率いる」といった方向で、女性は「芸術やデザイン、表現」や「事務や、決まった手順に沿う仕事」の方向で、それぞれ人による差が大きいと報告されています(Paessler, 2015)。
「女性はマルチタスクが得意」という神話を作るもの

5つの課題のうち、成績や速さで差がついたのは会話だけ。
しかもその会話ですら、答えの中身には差がなかった。
この結果は、「女性のほうがマルチタスクが得意」という大雑把な理解に反するものだと言えるでしょう。
では、なぜその常識は、今も多くの人に信じられているのでしょうか。
その謎に答えるため研究者たちは、課題中の男女の映像を、まったく事情を知らない160人の観察者に見せ、映像の人物を7つの項目で、自分の感覚に従って(主観的に)評価してもらいました。
その項目とは
①課題に落ち着いているか
②課題を手こずらずにさばけているか
③課題を楽しんでいるか
④課題を上手にできていそうか
⑤課題に努力しているか
⑥課題中に眠そうにしていないか
⑦課題中に幸せそうか
というものです。
結果は、「落ち着いて見えるか」という一項目を除いた残り6項目すべてで、男性のほうが低い点をつけられていました。
とりわけ見逃せないのが「課題を上手にできていそうか(④)」という評価です。
映像と音声から主観的に判断した観察者たちは、女性のほうができていると見なしました。
一方で先にも述べたように、研究者たちが実際に測定した作業の速さや正確さそのものは、男女で変わらなかったのです。
実際の成績は同じなのに、見た目の印象だけが分かれてしまったという歪みがみられたのです。
そこで次に研究者たちは映像を見聞きした人々が、女性のほうが優位としたことが、どんな要因と関連していたかを調べてみました。
すると観察者の評価と結びついていたのは、5つの課題のうち、会話課題の反応頻度だけだったのです。
つまり会話への返事が少ない人ほど、料理も、探しものも、見張りも、ぜんぶひっくるめて「うまくできていない」と見なされていたわけです。
実際にはきちんとこなしていた作業まで、たった一つの目立つ差に引きずられて、低く見られてしまったのです。
心理学には、ちょうどこれを言い表す言葉があります。一つの目立つ短所が、その人の他のすべての評価まで引き下げてしまう現象で、「ホーン効果」と呼ばれます。
角(ホーン)が一本あるだけで、悪魔のように見えてしまう、というわけです。
研究者たちも、会話の少なさという目立つ特徴が全体の印象を巻き込んだ、このホーン効果が働いていた可能性を挙げています。
しかも、時間の余裕がなくなる終盤の映像ほど、この評価の差は開きました。
制限時間が短くなるにつれて、男性も女性も動きはせわしなくなるのは同じです。
それなのに、なぜか「男性だけが余裕を失っている」ように見えてしまったのです。
さらに研究者たちは先入観の影響も調べました。
観察者の中には、もともと「マルチタスクに男女差なんてない」と考えている人もいました。
研究者たちはその52人だけを取り出して調べてみたのです。
しかし結果は同じで男性は低く評価されていました。
つまりこれは、観察者がはじめから抱いていた偏見のせいではありませんでした。
こうして眺めると、一つの筋書きが見えてきます。
「女性のほうがマルチタスクが得意」という広く信じられた背景には、忙しい最中に口数が減る男性の姿が、実際以上に大きく受け取られ、いつのまにか男性全体の低評価として世間に根づいてしまったというものです。
けれど、まだ肝心の疑問が残っています。
そもそも一部の男性は、なぜマルチタスクの最中に、あれほど言葉少なになってしまったのでしょうか。
なぜ男性は、忙しくなると黙ってしまうのか

なぜ、答えない男性がこれほどいたのか。研究者たちは、大きく2つの可能性を挙げています。
一つは、他の作業に気を取られすぎて、質問がそもそも耳に入っていなかった、という説です。
頭が目の前の料理や探しものでいっぱいになり、スピーカーの声がすり抜けてしまった、というわけです。
もう一つは、会話は後回しでいい、と判断して意識的に切り捨てた、という説です。
ただ先にも触れたように会話以外の4課題の成績は、男女で変わりませんでした。
そうなると、男性が会話を犠牲にしてまで他に集中してたどり着いた成績は、会話を続けながらこなした女性と、同じだったことになります。
言いかえれば、男性は女性と同じ成績を出すために、より多くの余力を注ぎ込んでいたのかもしれないのです。
論文を書いたサメイタット夫妻はこの点について、女性はもともと人と関わる場面でよく言葉を交わす傾向がある。
だから負荷がかかっても、会話が最後まで手元に残りやすいのではないか、との考えを示しています。
もっとも本研究は、マルチタスク実験やその観察結果の分析が主であり、その背後にある生物学的な仕組みまでは踏み込んでいません。
加えて、参加者は英国で集った人々であり、別の年齢層や文化、あるいは現実の双方向の会話でも同じ差が出るのかは、今後の課題として残されています。
それでも今回の研究によって、マルチタスク中の男女で違っていたのは、処理できる量や処理の質ではないことが示されました。
違っていたのは、余力が足りなくなったとき、男性のほうが落としやすかった部分でした。
そして皮肉だったのは、男性が手放したその部分が、よりによって外からいちばん目につく「会話」だった、ということです。
黙ったその姿が、まわりの目には「余裕がない人」と映ってしまい評価の低下が起きたのです。
長いあいだ「女性はマルチタスクで優れている」と信じられてきた、その思い込み。
正体は案外、こんな小さな一点だったのかもしれません。忙しさのただ中でも、会話への返事を続けられるかどうか。ただ、それだけの差だったのです。
ですから、もし次にマルチタスク中の男性に話しかけて、返事が返ってこなくても、どうか慌てないでください。
それは、あなたへの関心が薄れたからではなく、ただ今、手いっぱいなだけなのかもしれないのですから。
参考文献
Are women better at multitasking than men or is it just a stereotype?
https://www.eurekalert.org/news-releases/1135679
元論文
Men talk less than women during multitasking
https://doi.org/10.1007/s00426-026-02279-5
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
