「火災報知器が鳴らないことを祈ります」
米国静電気学会の年次大会の会場で、アメリカのポートランド州立大学(PSU)のメンデス・ハーパー氏が取り出したのは、ピクルスの瓶と電源タップ、そして2本の電極でした。
会場に笑いが起きる中、彼はピクルスの両端に電極を突き刺し、スイッチを入れます。
ジュージューという抗議するような音。
焦げたような匂い。
そして——ピクルスの片側が、鮮やかなオレンジ色に光り始めました。
実はこれ、科学の世界では「光るピクルス」として30年以上前から知られている定番の余興です。
しかし驚くべきことに、「なぜピクルスが光るのか」は、科学者たちの間でも長年はっきりとは解明されていませんでした。
メンデス・ハーパー氏のチームが2026年の学会で発表した研究は、この謎にようやく有力な答えを示すものでした。
目次
- 「食べられる電線」——なぜピクルスに電気が通るのか
- ピクルスが電気で光る理由
- 光るピクルスは地球科学に繋がっている
「食べられる電線」——なぜピクルスに電気が通るのか

「ピクルスが光る」と聞いて、まず不思議なのは「そもそもピクルスに電気が通るの?」ということでしょう。
答えは「通る」——それもかなりよく通ります。
ピクルスは塩水と酢の漬け汁にどっぷり浸かっています。
食塩(塩化ナトリウム)は水に溶けると、電気を帯びた小さな粒に分かれます。
この粒は「イオン」と呼ばれ、電気を運ぶ役割を果たします。
イオンがたっぷり溶け込んだピクルスの内部では、電気がスイスイ流れるのです。
言ってみれば、ピクルスは「食べられる電線」のようなものです。
では、あのオレンジ色の光の正体は何でしょうか。
光の謎については1993年の報告がヒントになります。
1993年、アプリングらの研究チームがピクルスの光を分析しました。
すると、波長約589ナノメートルの黄色い光がナトリウム(Na)原子から放出されていることが示されました。
原子にはエネルギーを外部から与えられると、周りの電子が一時的に高いエネルギー状態に上がり、その後すぐにエネルギーを光(電磁波)の形で放出して元の状態に戻ることが知られています。
そして放出する光の色のパターンは、原子によって個性があるのです。
ならば塩の種類を変えたらどうなるか——2005年、リゾらの研究チームがその問いに挑みました。
通常の塩(NaCl)ではなく塩化リチウム(LiCl)の溶液で漬けるとピンク、塩化カリウム(KCl)で紫、塩化ストロンチウム(SrCl₂)で赤。
塩素(Cl)の相方となる金属元素(Na、Li、K、Sr)の種類によって、ピクルスがさまざまな色に光ることが確認されたのです。
これは花火の光の色(炎色反応)と色のパターンがほぼ同じで、その根本的な原理(電子遷移)も同じです。
さながらピクルスの中で行われる花火大会というわけです。
しかし、普通塩水にただ電気を流すだけでは、目に見えるナトリウムの光は出ません。
ナトリウム(Na)を光らせるにはその電子を激しく揺さぶるほどの瞬間的なエネルギーが必要だからです。
そうなると考えられる道筋も見えてきます。
エネルギー源は電気なのは確定として、その後にピクルスの中で「何か激しい現象」が起こり、その現象がナトリウム(Na)の電子を揺さぶるエネルギーを供給したというものです。
では、その「激しい何かの現象」とは何だったのでしょうか?
ピクルスが電気で光る理由

その正体をめぐって、長年2つの仮説が競い合ってきました。
ひとつは「火花」説です。
電極のそばでは漬け汁が激しく熱せられ、沸騰して蒸気の塊ができます。
蒸気は液体よりも電気を通しにくいので、電流の行き場が一瞬ふさがれます。
すると、行き場を失った電気が蒸気の隙間を無理やり飛び越えて火花を散らす——冬場にドアノブで「パチッ」と静電気が飛ぶのと似た現象です。
この火花のエネルギーがナトリウムを光らせている、という考え方でした。
もうひとつは「水素点火」説です。
電流が流れると、ピクルスの中の水が水素と酸素に分解されます。
理科の授業でおなじみの「電気分解」です。
問題は、水素と酸素が混ざった気体は爆発性があるということ。
電極付近の高温でこの混合気体に火がつき、小さな爆発が発生し、そのエネルギーがナトリウムを光らせているのではないかという考えです。
一部の研究者は「両方が関係しているのでは」と推測してもいました。
しかし、交流と直流を比べて、この2つの説の関係を絞り込む研究は、長らく限られていました。
そこに切り込んだのが、メンデス・ハーパー氏のチームです。
彼らが注目したのは、電流の「性格」の違いでした。
家庭のコンセントから出てくる交流は、電気の流れる向きが絶えず入れ替わる電流です。
一方、乾電池やスマートフォンのバッテリーに使われる直流は、常に一方向に流れ続ける電流です。
チームはピクルスに高速度カメラと水素センサーを取り付け、交流と直流の両方で通電しました。
するとまず交流でも直流でも、ピクルスから水素が検出されたことがわかりました。
しかし実際に光ったのは、交流の場合だけでした。
逆を言えば、直流では水素が出ているのに、ピクルスは一向に光らなかったのです。
もし「水素点火」説だけで光が説明できるなら、水素が発生している直流でも光るはずです。
では水素点火説は間違いで、火花説で確定なのでしょうか?
メンデス・ハーパー氏が2026年6月16日の講演で示したのは、2つが実は「別々」ではなく「同時に」起きて初めてピクルスが光る、という統合モデルを提案したことでした。
ガスコンロを思い浮かべてみてください。
ガス(水素と酸素)だけがシューッと漏れていても、火はつきません。
着火スイッチ(火花)だけをカチカチ押しても、ガスがなければ何も起きません。
ガスと着火スイッチが同じ場所で同時に揃ったとき、初めて「ボッ」と火がつきます。
ではなぜ交流だけでこの連鎖が成立して光ったのでしょうか?
直流でも水素が出ていて、電気の火花が散れば、同じ現象が起きて光ってもおかしくないはずです。
研究者たちは、ここで重要だったのが、火花が飛ぶ舞台となる「蒸気のポケット」を安定して保てるかどうかだと考えました。
交流は電気の向きが絶えず切り替わります。
この「揺さぶり」が、蒸気のポケットを開いた状態に保ちやすくすると考えられています。
一方、直流では、蒸気のポケットが不安定になり、崩れてしまうと考えられます。
火花の舞台が失われれば、水素が出ていても点火は起こりません。
2015年にドイツの物理学者フォルマーとメルマンが高速度カメラで撮影した映像も、このモデルと整合しています。
そしてもうひとつの長年の謎、「なぜ片側だけが光るのか」。
先ほど交流では左右が交互に光ると述べましたが、実際には、汁気が多く反応が活発な側のほうが強く光ります。
そのため全体としては「いつも同じ側が光っている」ように見えるのです。
では、その「いつも光る側」を決めているものは何か——
こちらの答えは拍子抜けするほど素朴でした。
「汁気の多い側」が光る。
それだけです。
ピクルスを縦に立てると、重力で漬け汁が下にたまります。
塩水が多い場所ではイオンが豊富で電気がよく通り、火花と水素の連携反応がより活発に起こると考えられます。
だから下端が光ります。
上下を入れ替えれば、光る側も変わると考えられます。
光るピクルスは地球科学に繋がっている

メンデス・ハーパー氏の研究分野のひとつは、火山噴火時の放電現象や、惑星環境での帯電・放電現象です。
蒸気の中で火花が飛び、気体に引火する——ピクルスで起きているこのプロセスは、火山雷や大気中の電気現象にも通じるものがあります。
台所のピクルスと火山の稲妻が、火花放電という広い物理の入口でつながっている、というのは愉快な話です。
この実験が30年以上にわたって人々を惹きつけてきたのは、「おバカで面白い」と「意外に奥が深い」が同居しているからでしょう。
1989年のDECの技術者たちが、ただのピクルスをあえてSFっぽく「有機照明システム」と呼んだのも、遊び心の表れでしょう。
なおデモンストレーションに使用されたピクルスですが、残念なことにスタッフたちによって美味しく頂かれることなく、ゴミ箱に直行しました。
味見は予定に入っていなかったようです。
(※なお、この実験は高電圧・大電流を使うため非常に危険です。家庭では絶対に試さないでください。)
元論文
Shining light on glowing pickles.
https://electrostatics.org/wp-content/uploads/2026/06/FinalProgram.pdf
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
