ペンギンは世界で最も魅力的な鳥の一つです。
まるでタキシードを着こなしているかのような見た目、水中を弾丸のように飛び回る姿、そして陸に上がった途端に始まる、あの全力のよちよち歩き。
あのユーモラスな歩き方を見て、「なぜペンギンはあんな歩き方なんだろう?」と疑問に思ったことがある人は多いはずです。
これまで科学者たちは、その原因を主にペンギンの骨格――とくに体の内側に折り畳まれた膝の構造に求めてきました。
しかし今回、アメリカのミッドウェスタン大学(MWU)の研究チームが、もっと根本的な手がかりを示しました。
ペンギンの後ろ脚に、他のどの鳥にも見られない「謎の筋肉」が存在していたのです。
しかもこの筋肉は、100年以上も前から文献にチラチラ登場していたにもかかわらず、正体がはっきりしないまま放置されてきたという、なかなかの曰く付きの組織でした。
研究の詳細は2026年に4月14日に『The Anatomical Record』にて発表されました。
目次
- ペンギンは立っているのに「永遠にしゃがんでいる」
- 謎の筋肉はペンギンの左右に揺れる歩きを支えていた
- 翼にも独自の仕掛けがあった
ペンギンは立っているのに「永遠にしゃがんでいる」

ペンギンが歩くのが下手なのには、ちゃんと理由があります。
普通の鳥(スズメでもニワトリでも)の脚も、私たちが見ている部分は実は「足首から下」で、本当の膝は体に近い位置で羽毛に隠れています。
ペンギンはこれをさらに極端にしています。
私たちが普段「ペンギンの膝」だと思っている場所は、実は足首に相当する関節です。
本当の膝は体の内部に隠れており、常に深く曲がった状態で保たれています。
つまりペンギンは、生まれてから死ぬまでずっとスクワットの底の姿勢で生きているようなものです。
これは水中を泳ぐには都合がいい構造です。
脚を体にぴったり収納できるので、水の抵抗が最小限になる。
でも陸上で歩くには圧倒的に不利です。
ここで疑問が生まれます。
こんなに不利な姿勢で、ペンギンはどうやって倒れずに歩いているのでしょうか?
実はこの疑問への答えとなる手がかりは、1883年から科学者たちの目の前にありました。
イギリスの解剖学者ワトソンが、チャレンジャー号探検航海で集められたペンギンを解剖し、ある奇妙な筋肉を見つけたのです。
胸骨の末端から始まり、左右の脚の脛足根骨(鳥のすねにあたる骨)に伸びている筋肉。
他の鳥には見られない構造でした。
ところがその後、この筋肉の正体はずっと曖昧なままでした。
「これは腹斜筋(お腹の筋肉)の一部の枝でしょう」
「いや、内側下腿屈筋という別の筋肉の浅い部分でしょう」
「いや内側下腿屈筋なのか、外腹斜筋なのかは決めきれない」
というように研究結果も定まりませんでした。
つまり、「何かそこにあるけど、何なのかよく分からない」「名前もない」という状態が100年以上続いていたわけです。
転機が訪れたのは、サンディエゴのシーワールドが研究チームに2羽のマカロニペンギンを寄贈したことから始まります。
医療上の理由で人道的に安楽死された個体で、オス1羽(16歳・4.48kg)とメス1羽(36歳・3.16kg)。
ちなみにメスの36歳は野生では考えられないほどの長寿でした。
研究者たちは、この2羽を徹底的に解剖しました。
最新の保存技術と造影剤で処理された標本を使い、ひとつひとつの筋肉を確認しながら、起始(始まる場所)と停止(終わる場所)、重さを記録していきました。
そして、ついに「あの謎の筋肉」と向き合う時が来たのです。
謎の筋肉はペンギンの左右に揺れる歩きを支えていた

研究チームが丁寧にペンギンの解剖を進めると、100年正体を曖昧にされてきた筋の輪郭が、ようやくはっきり見えてきました。
この筋肉は、これまで言われてきたどの筋肉の一部でもない、独立した別個の筋肉だったのです。
そして研究チームはこの筋肉に、新しい名称を提案しました。
「脛骨内転筋」です。
では、この筋肉はペンギンの歩行にどう貢献しているのでしょうか。
人間のような二足歩行ができる動物では、体が前後方向に振り子のように揺れながら進みます。
ところが先行研究によれば、ペンギンの場合は振り子が左右方向に揺れます。
ペンギンの物まねをすると、多くの人がする左右に揺れる歩き方です。
脛骨内転筋は、この左右の揺れからエネルギーを回収しつつ、揺れが大きくなりすぎないように制御する、いわばペンギン専用の姿勢制御装置として機能していると研究チームは考えています。
またペンギンの大腿骨は常に外に開いた状態にあることが知られています。
このまま歩くのは、実はかなり大変です。
試しに、足を大きく開いて立ったまま歩いてみてください。
一歩ごとに脚がさらに外へ広がろうとする力がかかるのが分かるはずです。
ペンギンは生まれつきこの姿勢ですから、何の支えもなければ脚はどんどん開いていってしまいます。
脛骨内転筋は、まさにこの問題を防ぐストッパーの役割を果たしていると研究チームは考えています。

脛骨内転筋の仕事は、陸上だけにとどまりません。
ペンギンが水中を泳ぐとき、後ろ脚は比較的まっすぐ伸ばされ、足の裏が横を向いた状態になります。
このとき、もし両脚がバラバラに広がっていたら、水の抵抗が大きくなって泳ぎの効率が落ちてしまいます。
脛骨内転筋は、水中でも両方の脛足根骨をぴったりと寄せた状態に保ち、脚をロケットのフィンのように一体化させる役割も果たしているとみられます。
これにより、ペンギンは余計な力を使わずに流線型のシルエットを維持できるというわけです。
つまりこの筋肉は、陸では「よちよち歩きの安定装置」、海では「流線型維持装置」という、一つで二役をこなす万能選手だった——研究チームはそう推測しています。
ただしこれは構造から推論された有力仮説で、実際にペンギンが歩いたり泳いだりするときに脛骨内転筋がどう活動しているかは、まだ直接測定されていません。
なお論文では、ワニなど他の動物に存在する似た筋肉(哺乳類でいう薄筋)と進化的につながっている可能性にも触れられています。
少なくともこれまでの鳥類研究では、ペンギン特有とみられますが、もっと広い進化の枠で見れば、遠縁にあたる筋肉が他の動物にもあるのかもしれません。
翼にも独自の仕掛けがあった

今回の研究では、脛骨内転筋以外にもいくつかの重要な発見がありました。
その一つが、翼の筋肉の話です。
空を飛ぶ鳥は、翼を振り下ろすときに推進力を生み出します。
振り上げるときは「次の一振り」に備えて力を抜いているだけで、いわば休憩タイムです。
そのため振り上げを担当する筋肉(烏口上筋)は、比較的小さくて済みます。
ところがペンギンの場合、相手にしているのは空気ではなく水です。
水の密度は空気の約800倍。
水中では翼を持ち上げるだけでも、ものすごい抵抗がかかります。
しかも、ペンギンはその抵抗に逆らうだけでなく、振り上げでも積極的に推進力を生み出していることが先行研究から分かっています。
つまりペンギンにとって、振り上げも単なる休憩ではなさそうです。
振り下ろしも振り上げも、どちらも推進力に関わる重要なストロークです。
これは、自転車のペダルに例えると分かりやすいかもしれません。
普通に漕ぐときは踏み込む力だけで進みますが、競輪選手はビンディングペダルで足を固定し、引き上げる動きでも推進力を得ています。
ペンギンの翼も同じ発想で、上下両方のストロークをフル活用しているのです。
だからこそ、飛ぶ鳥では小さくて済んでいた「振り上げ担当」の筋肉が、ペンギンでは不釣り合いなほど大きく発達しているというわけです。
さらに研究チームは、肩まわりの広背筋にも注目しています。
ペンギンでは、この筋肉群が肩甲骨にある腱の「輪っか」をくぐってからヒレの骨に付着するという、飛ぶ鳥には見られない独特の配線になっていました。
研究チームはこの構造について、ヒレの動きに後方への推進力を加える「パドルストローク」(ウミガメの遊泳研究で最近報告された第三のストローク)に寄与しているのではないかと考えています。
普通の鳥の翼は上下にしか動きませんが、この仕掛けのおかげで、ペンギンのヒレは上下に加えて前後にもパワフルに動けるのです。
陸ではよちよち、海では弾丸。
一見矛盾するこの動きを1つの体で両立させるために、ペンギンは骨格だけでなく、筋肉の配線まで精密に進化させてきました。
あの愛らしいよちよち歩きの裏に、これほど精巧な進化の仕掛けが隠されていた——ペンギンの体にはまだ、私たちの知らない秘密が眠っているのかもしれません。
参考文献
Scientists reveal the secrets behind the penguin waddle and underwater “flight”
https://www.eurekalert.org/news-releases/1125173
元論文
The signature waddle: Myology of the appendicular skeleton of the macaroni penguin (Eudyptes chrysolophus)
https://doi.org/10.1002/ar.70185
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
