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子どもの頃に凍結した精巣ーー16年後の再移植で「精子を作る」ことに成功


ベルギー・ブリュッセル自由大学(ULB)の研究チームはこのほど、子どもの頃に凍結保存しておいた未成熟な精巣組織を、成人後に本人へ再移植することで、精子形成が起きたことを報告しました。

対象となった男性は、10歳のときに精巣組織を凍結保存し、16年後に再移植を受けています。

この研究論文はまだ査読前ではありますが、思春期前の男児の妊孕性(にんようせい、妊娠するための力)の温存における大きな一歩として注目されています。

研究の詳細は2026年3月12日にプレプリントサーバー『medRxiv』に公開されています。

目次

  • 「まだ精子を作れない男児」に残された将来の可能性
  • 精巣内の移植片で、成熟した精子が確認された

「まだ精子を作れない男児」に残された将来の可能性

今回の患者は、鎌状赤血球症の治療を受けた男性です。

鎌状赤血球症は、赤血球の形や働きに異常が生じる遺伝性の病気で、重い場合には造血幹細胞移植などの強力な治療が必要になることがあります。

この男性は2008年(当時10歳)、骨髄移植に向けた高用量の化学療法を受ける前に、片方の精巣を外科的に摘出されました。

精巣は小さな組織片に分けられ、凍結保存されました。

ここで重要なのは、当時の彼がまだ思春期前だったことです。

思春期前の男児は、精液中に精子を作っていません。

そのため、成人男性のように精子を採取して凍結保存することはできません。

しかし、未成熟な精巣の中には、将来精子になるもととなる細胞が存在します。

研究チームは、この精巣組織そのものを保存しておけば、将来ふたたび体内に戻すことで、精子を作る環境を取り戻せるかもしれないと考えました。

たとえるなら、まだ実をつけていない若い果樹から、将来育つ可能性のある枝を保存しておくようなものです。

すぐに果実は得られませんが、生きた組織が残っていれば、適切な場所に戻したときに再び成長を始める可能性があります。

ただし、この方法は長年「理論上は期待できるが、ヒトで本当に機能するかは分からない」段階にありました。

動物実験では有望な結果が出ていたものの、ヒトで精子形成まで確認された例はありませんでした。

精巣内の移植片で、成熟した精子が確認された

成人後、この男性は長期間にわたり無精子症の状態にありました。

つまり、通常の精液検査では精子が生産されていない状態です。

そしてチームは、凍結保存されていた精巣組織片を融解し、その一部を本人の体内へ戻しました。

移植先は2種類ありました。

4つの組織片は残っている精巣の中に、別の4つは陰嚢(いんのう)の皮下に移植されました。

その後、移植片は体内で1年間置かれ、血管の再形成や組織の変化が調べられました。

1年後、チームは移植片を回収し、詳しく解析。

その結果、精巣内に移植された組織片の一部で、精子形成が起きていたことが確認されました。

特に、精巣内に戻した4つの組織片のうち2つでは、精子形成が進んでいる証拠が見つかり、そのうち1つからは成熟した精子も回収されたのです。

一方、陰嚢の皮下に移植した組織では、生殖細胞は確認されませんでした。

この結果は、精巣という本来の環境が、未成熟な組織を再び働かせるうえで重要だった可能性を示しています。

ただし、今回の成果は「自然に精液中へ精子が戻った」という意味ではありません。

移植された組織片は精管と直接つながっていないため、そこで作られた精子が自然に精液へ流れ込むことは期待されていません。

実際には、移植片を取り出して研究室で処理し、精子を回収しています。

また、回収された精子が卵子を受精させ、妊娠や出産につながるかどうかは、まだ確認されていません。

つまり、今回の研究は「再移植した精巣で受精に成功した」という段階ではなく、「思春期前に凍結保存した精巣が、16年後の再移植で精子形成に至った」ことを示した段階です。

それでも、この違いは非常に大きな意味を持ちます。

これまで、思春期前の男児に対する精巣組織凍結は、将来使えるか分からない希望の保存でした。

今回、その希望がヒトの体内で実際に動き出したことが示されたのです。

世界ではすでに数千人規模の患者が、将来のために精巣組織を保存しているとされています。

小児がんや血液疾患の治療を乗り越えた人たちにとって、この研究は、治療後の人生に新たな選択肢を開く可能性があります。

もちろん、症例はまだ1人であり、安全性、成功率、最適な移植方法、必要な組織量などは今後の検証が必要でしょう。

しかし、これまで閉ざされていた扉に、少なくとも最初の鍵が差し込まれたことは確かです。

子どもの頃に凍らせた小さな組織片が、16年の時を経て、未来の命につながる可能性を示したのです。

全ての画像を見る

参考文献

Man produces sperm from testicular tissue frozen as a child in breakthrough trial
https://www.theguardian.com/society/2026/may/04/man-produces-sperm-from-testicular-tissue-frozen-as-a-child-in-breakthrough-trial

元論文

First successful transplant of human immature testicular tissue after gonadotoxic therapy during childhood: complete spermatogenesis in intra-testicular grafts
https://doi.org/10.64898/2026.03.04.26347483

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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