イスラエルのハイファ大学(University of Haifa)などで行われた研究によって、猫が相手の表情を1秒以内に反射的にコピーし合っていることが、初めて科学的に明らかになりました。
しかもその動きはあまりにも速すぎて、捉えることができたのは、AIだけでした。
猫たちは私たちの知らないところで、顔という「隠された文法」を使って感情を伝え合っている可能性が浮かび上がってきました。
研究内容の詳細は2024年11月11日に『Scientific Reports』にて発表されました。
目次
- 猫も相手につられて表情を変えるのか?
- 猫も無意識的に相手の表情を真似る生き物だった
- 猫の「隠された文法」の扉
猫も相手につられて表情を変えるのか?

笑顔の人と話していると、気づいたら自分も笑顔になっている。
泣いている映画を見て、思わずもらい泣きしてしまう。
人間が相手の表情を無意識にコピーしてしまう現象は「感情の伝染」として広く知られています。
これは意識してやっているわけではなく、脳が自動的に相手に同期している状態なのです。
ここで面白いのは、一部の研究者はこのコピペ行為を「共感の土台」ではないかと考えていることです。
人間を対象にした過去の研究では、相手と同じように顔の表情を動かした人ほど、相手の感情を正確に読み取れる一方で、ボトックス注射などで顔の筋肉を動けなくすると、相手の感情を読み取る精度が落ちることも分かっています。
つまり型から入るコピペ行為は、相手の気持ちを自分の体のなかに”なぞって”再現し、それを通して理解する基本になっているのです。
「相手がどんな気持ちか」を、頭で考えるより先に、自分の顔の筋肉が先回りして教えてくれる――表情のコピペは、共感という複雑な心の働きの、もっとも原始的な入り口なのではないか。
研究者たちはそう考えているのです。
この能力、これまでチンパンジー、ゴリラ、オランウータンといった霊長類だけでなく、イヌ、クマ類、さらには馬などでも確認されてきました。
絆を育む動物たちの共通言語として、進化の歴史の中で何度も独立に生まれた能力——それが表情のコピペなのです。
ところが、猫については誰も本格的に調べていませんでした。
理由は単純で、猫には「一匹狼」のイメージが強すぎ社交性が薄いとされる動物が、他の個体の表情を細かくマネするわけがない――そう思い込まれていたのです。
しかし近年、猫の社会性に関する見方は大きく変わってきました。
野良猫コロニー(群れ)での複雑な共生をはじめ、多頭飼育でも問題なく共存する柔軟さなど――猫は実は、驚くほど豊かな社交生活を送る動物だったのです。
だとしたら、表情のコピペも存在するのではないか。
研究チームはそう考え、調査に乗り出しました。
猫も無意識的に相手の表情を真似る生き物だった

舞台に選ばれたのは、ロサンゼルスにある保護猫カフェ「CatCafe Lounge」。
里親を待つ20〜30匹の成猫たちが広いフロアで自由に過ごすこの場所に、研究チームは約10か月間カメラを据え続け、全部で186回のやりとり、合計194分の映像を入手しました。
次に、すべての動画が人間の手で「友好的」か「非友好的」かに仕分けられます。
毛づくろいや鼻をつけ合う姿が映っていれば「友好」、にらみ合いや毛の逆立てが見られれば「非友好」という判定です。
そしてチームは猫の顔の動きを、CatFACS(キャットファクス)という世界共通の記号体系で記録していきました。
これは「口が開く=AU25」「耳が回転する=EAD104」といった具合に、顔の筋肉の細かな動きすべてに専用の番号を割り振る仕組みです。
さらにAIに、猫の顔48か所の特徴点(目、鼻、耳の先、口角など)を自動で追跡させました。
なお猫たちの観察に使用されたのは1秒間に60コマという高速カメラでした。
映画のフィルムが1秒24コマですから、その2.5倍のなめらかさです。
データが確保されると、いよいよ研究者たちはネコの表情コピペの存在を探し始めました。
ただここで探索されたのは、人間のしかめ面のような大きなものではありません。
耳が少し回る、まぶたがわずかに動く、口元がほんの少し変わる。
そんな”ミリ単位の変化”の連続です。
私たちの目は、こういう変化を見ているようで、ほとんど見ていません。
けれど人工知能は、その一瞬を容赦なく拾います。
動画の中の猫の顔を細かく追い、どの動きがいつ起きたかをつなぎ合わせていきました。
具体的には「ある猫が特定の表情を送り出したとき、それを見た猫が同じ表情を1秒以内に返した割合」を計算しました。
結果、驚きの事実が明らかになります。
友好的な場面では、1秒の窓のなかで平均2.45個の顔の動きが模倣されていたのに対し、非友好的な場面では1.85個だけ。
統計的にもはっきりとした差でした。
猫は必要な場面ではかなり繊細に、かなり正確に、相手に歩調を合わせていたのです。
人間でも、親しい相手とは、しぐさや声の調子や表情が自然に似てきます。
会話が弾む相手と話していると、笑うタイミングやうなずき方までそろってくることがあります。
顔をまねることは、「あなたに敵意はない」といった、摩擦を減らすための合図として働いている可能性があります。
猫はそれを1秒以内という、ほとんど”反射”に見える速さで、コピペして相手に返していたわけです。
そしてもう一つ、意外な主役が浮かび上がりました。
コピーされやすい表情を調べてみると、口の動きよりも耳の動きが特に多く目立ちました。
特に「耳が横を向く」「耳が回転する」といった動作が頻繁にコピペして返信されていました。
著者たちは論文のなかで、これまでの哺乳類研究は口の動きに注目しがちだったが、猫では耳の動きも重要な観察対象に加えるべきだと指摘しています。
これは猫の研究にとどまらず、動物コミュニケーション研究全体の視野を広げる提言です。
猫は黙っているのではありません。 耳やまぶたや口元で、ものすごい速さの「あいづち」を打っているのです。
猫の「隠された文法」の扉

さらに興味深いのは、「どの表情が、どの順番で出たか」という時間の流れを情報として与えると精度がはっきり上がったという事実です。
私たちは写真を見る感覚で動物の顔を考えがちです。
この瞬間は怒っている顔、この瞬間は落ち着いている顔、というふうに、一枚の画像として理解しようとします。
ですが今回の研究が示したのは、動きの順番の重要性でした。
人工知能は、この「流れ」を追うのが得意です。
研究では、時間の情報を含めたほうが、猫同士のやり取りが友好的かどうかをよりよく見分けられました。
つまり猫たちは、どの表情を出すかだけでなく、どの順番で出すかまでを”文法”として共有している可能性があるのです。
これはまさに、会話における単語の順番のようなもの。猫たちには耳と口と目を使った、私たちの知らない”文法”があるのかもしれません。
そう考えると、私たちがネコを見る目も変わってくるでしょう。
ネコは必要なときに、必要なだけ、きわめて繊細に相手と同期する動物なのかもしれません。
一方で、人間にはそれが読み取れず、ネコにとっては非常に鈍い相手だと思われている可能性もあるでしょう。
相手の表情をマネする――この一見単純な行動が、実はとても大きな意味を持つかもしれないと、研究者たちは考えています。
というのも、先にも僅かに触れたように、人間を含めた哺乳類の研究では、相手の表情を瞬時にマネする行為と、相手の気持ちが自分にうつってくる現象が、脳のなかで深くつながっていることが次々に分かってきたからです。
今回の研究が示したのは、猫にも、この共感の土台となる仕組みが備わっている可能性が、科学のデータとして初めて示されたということです。
もちろん、「猫に共感がある」と言い切るには、まだたくさんの追加研究が必要でしょう。
脳のなかで何が起きているのか、猫が本当に相手の気持ちを感じ取っているのかは、これから丁寧に確かめていかなくてはなりません。
それでも今回の研究は、見えなかった社会を支えていた「顔の言語」の存在を、初めて数字のかたちで浮かび上がらせたのです。
著者たちは応用先として、さまざまな未来像を描いています。
保護施設での里親マッチングでは、「この2匹はセットで譲渡すべきか」を表情コピペの頻度から推定できるようになるかもしれません。
多頭飼育での相性診断や、獣医療でのストレス評価にも使える可能性があります。
同じ研究チームは、すでに猫の「痛みの顔」をAIが自動で判定するシステムを開発しています。
もしかしたら未来の「ニャウリンガル」は収音マイクに加えて高速カメラが標準搭載されているのが当たり前になっているかもしれません。
元論文
Computational investigation of the social function of domestic cat facial signals
https://doi.org/10.1038/s41598-024-79216-2
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
