重いソファは動かしにくく、軽い椅子はスッと引ける――誰もが知っているこの当たり前は、「物と物が触れ合っているから摩擦が生まれる」という大前提のうえに立っています。
ところがドイツ・コンスタンツ大学(UKN)の研究チームが、この300年続いた日常的な摩擦の常識を根底から揺さぶる実験結果を発表しました。
触れていない2枚の板の間に、はっきりとした”摩擦”が発生していたのです。
さらに奇妙なことに、触れ合っていないこの世界では、「荷重が大きいほど摩擦は強くなる」という17世紀以来の大原則までもが崩れ、ある特定の距離でだけ摩擦がピークを迎えるという山なりの振る舞いまで観測されました。
研究成果は2026年3月18日に学術誌『Nature Materials』にて発表されました。
目次
- 触れていないのに、動かすのに力がいる
- 磁石の”引っ張り合い”と”摩擦”はまったく別物
- 何が摩擦熱に変わったのか?
- キレたコマ磁石は「もう一方の妥協案」へ飛び移る
- これが摩擦なのか?
- 300年の法則が崩れたもうひとつの理由
触れていないのに、動かすのに力がいる

机の上に辞書を置いて、指で押してみてください。
少し力を入れないと動きません。
動き始めても、手を止めればすぐ止まります。
この「動きを邪魔してくる感じ」が摩擦です。
自転車のブレーキ、靴の裏のすべり止め、鉛筆で書くときの紙の手ざわり――私たちの生活は摩擦だらけです。
そして誰もが直感的に知っていることがひとつあります。
では、なぜ重いほど動かしにくいのでしょうか。
教科書ではまず机の表面も、辞書の裏面も顕微鏡で見ると、実はギザギザで小さな山と谷だらけであることが明かされます。
そして軽く乗せるとギザギザのてっぺん同士が少しだけ触れ合いますが、重いものを乗せると山が押しつぶされて、触れている点の数が増え、触れている点が多いほど、動かすときに引っかかる場所も増えるので、摩擦が大きくなる――という解説が続きます。
そしてこのギザギザの触れ合いの結果「摩擦熱」が発生すると摩擦熱についての説明もあったでしょう。
そのため、触れていなければ、摩擦は発生しないはずです。
ですが今回ドイツのコンスタンツ大学のチームは、この常識をまっすぐ突き崩しました。
磁石の”引っ張り合い”と”摩擦”はまったく別物

「触れていない摩擦」を実証するため、研究者たちは2枚の板を用意しました。
この2枚の板には磁石が仕組まれています。
「なんだ結局は磁石の話なのか?」
「N極とS極が引きあって抵抗したのを『触れない摩擦』なんて大げさな言葉で言っているだけなのでは?」
と思うかもしれませんが、違います。
物理学では、磁石同士の単純な引き合いや反発は「ばねと同じ仲間の力」に分類されます。
ばねは押せば反発しますが、押すのをやめれば元に戻り、ためた力はすべて押した人の手に返ってきます。
差し引きゼロ。
エネルギーは失われません。
ところが摩擦はまったく違います。
辞書を机の上でこすれば手は熱くなり、そのぶん運動エネルギーは熱として消えていく。 元には戻せません。
一方通行でエネルギーが流れ去っていく、それが摩擦の本質です。
両手をこすり合わせると摩擦により摩擦熱が発生し、その熱は空間に逃げていきます。
こすり合わせるために使用したエネルギー(疲れ)を取り戻すには、空間に逃げた熱をすべて回収するという、ラプラスの悪魔じみた不可能を超えなければなりません。
しかし反発する磁石を押すために使用したエネルギーは、磁石の反発による押し戻しによって全てキレイに跳ね返ってきます。
もし今回観測された抵抗が単なるN極とS極の引き合いにすぎないのなら、力はきれいに返ってきて差し引きゼロになるはずです。
しかしそうでなく、板を動かすのに使用したエネルギーが熱として逃げ続けるなら、それはもう、磁石の単純な引き合いでは説明がつきません。
研究者たちもこの点には十分注意して、実験を組み上げました。
まず使用した2枚の板にはそれぞれ工夫が込められています。
下の板には小さな円柱形の磁石が格子状にびっしり固定され 向きも位置もピクリとも動きません。
一方で、上の板にも同じように磁石が並んでいますが、こちらの磁石は1つ1つが金属の軸に刺さっていて、コマのようにクルクルと向きだけを自由に変えられる仕組みになっています。
次にこの2枚を、磁石同士は触れないよう少し浮かせた状態で、上の板を横方向へゆっくりとスライドさせていきます。
すると上の板と下の板の間には磁石が引き合う力がしっかり働いており、板を動かそうとすれば、その引き合いと向き合う形で確かに力が必要であることがわかりました。
「やっぱり摩擦じゃなくて磁石の話では?」
と思いたくなりますが、そうではありません。
ここを理解する鍵は、「動かすのに使った力は、そのあとどこへ行くのか」という問いにあります。
先に述べたように、磁石の引き合いや反発は、触れたとおり、ばねと同じ仲間の力であり、縮めるときに使ったエネルギーは、手のひらを押し返す形できれいに返ってきます。
エネルギーは一時的に磁石やばねに”預けられた”だけで、最終的には差し引きゼロに戻るのです。
では今回の実験ではどうだったのか。
研究者たちは上の板を前に動かし、同じ経路を使って元の位置まで戻す、という往復運動を7周期ぶん繰り返しながら、力を測定するセンサーで一瞬ごとの値を記録しました。
もし板の間に働いているのが磁石の引き合いと反発だけなら、行きで消費されたエネルギーは帰りに同じ額だけ返ってきて、一周ぶんの差し引きはゼロになるはずです。
ところが実際に起きたのは違いました。
往復させるたびに、どうしても埋まらない”消えたぶん”が残ったのです。
行きに使ったエネルギーの一部が、帰りに戻ってこない。
板はまったく触れ合っていないのに、エネルギーは確かに熱として周囲に逃げていき、二度と返ってきませんでした。
そこで研究者たちはこの消えたぶんを精密に計算してみました。
すると使用した力の行き先を「ばねのように往復で釣り合う力」と「一方通行で熱に変わっていく力」の2つに分けて取り出すことに成功しました。
後者こそが、今回発見された「触れていない摩擦」の正体です。
前者――つまり磁石同士の単純な引き合いや反発――は昔から知られている現象で、物理学者にとっては新しさのない話です。
驚くべきだったのは、そのよく知られた引き合いの陰に隠れて、往復すると熱になって逃げていく力が静かに紛れ込んでいた、という事実でした。
ではその”消えたぶんのエネルギー”は、具体的に何に変わったのでしょうか。
熱に変わったのは間違いありませんが、その熱はどこで生まれたのでしょうか?
何が摩擦熱に変わったのか?

熱に変わるエネルギーはどこから生まれたのか?
まず、思い出してほしいのは、上の板に並んだ小さな磁石たちは、金属の軸に刺さったコマのような構造をしているという点です。
方位磁針をイメージしてもらうとわかりやすいかもしれません。
針は台座に固定されていて動けませんが、針自体は外からの磁気に応じて向きを変えます。
あれと同じです。
なぜかというと、磁石の向きには「こっちを向いていれば楽な向き」と「こっちを向いているとしんどい向き」があるからです。
針はいつも、いちばん楽な向きに落ち着こうとします。
上の板に並んだコマ磁石たちも、周りの状況に応じて、一瞬一瞬「いちばん楽な向き」を選び直しながら、その向きに落ち着いているわけです。
ここで上の板を横方向にゆっくりとスライドさせ始めます。
すると、上のコマ磁石の真下にある下の固定磁石の位置が、少しずつずれていきます。
下の固定磁石の位置が変われば、上のコマ磁石にとっての「楽な向き」も変わります。
さっきまでは右を向いているのが楽だったのに、板が少しずれた瞬間、今度は左を向いているほうが楽になる――そんなことが起きるのです。
上の板のミニ磁石たちは、それぞれが自分の真下の状況を見ながら、一斉に向きを調整し続けることになります。
このとき、向きを変えるたびにごくわずかな熱は生まれています。
ですが、その量は取るに足らないほど少なく、摩擦の大きさとしてはほとんど無視できるレベルにとどまります。
コマ磁石たちがスムーズに、滑らかに向きを変えていけるかぎり、逃げていく熱は驚くほどささやかです。
ところが、話はここで終わりません。
ある条件が重なると、このささやかな熱が突然、無視できない量へと跳ね上がる瞬間がやってきます。
上のコマ磁石は、自分の真下にある下の固定磁石のことだけを気にしていればよいわけではありません。
実は自分の真横にいる、同じ上の板のお隣のコマ磁石のことも、同時に気にしなければならないのです。
なぜなら、磁石同士はお互いに影響し合うので、真下だけでなく、真横にいる仲間の向きも、自分の「楽さ」に影響してくるからです。
ここで、2つの要求が同時にコマ磁石にのしかかります。
ひとつめは、下からの要請です。
「真下にある固定磁石と仲良く向き合える向きになりたい」。
ふたつめは、横からの要請です。 「真横にいる隣のコマ磁石とケンカにならない向きになりたい」。
やっかいなのは、この2つの要請が、多くの場面でお互いに矛盾することです。
下の言うことを聞けば隣とケンカになるし、隣の言うことを聞けば下とケンカになる。
下と隣が正反対の向きを要求してくる、そんな状況が頻繁に発生してしまうのです。
会社員にたとえるなら、「上司の言うこと」と「同僚の言うこと」が真逆で、どちらか片方しか満たせないような状況を想像してみてください。
上司に従うと同僚から白い目で見られる。 同僚に合わせると上司に叱られる。
正解のないまま、右往左往するしかありません。
コマ磁石たちはいま、それとそっくりな板ばさみの中にいます。
そして、コマ磁石は”我慢の限界”で突然「キレる」ことになります。
キレたコマ磁石は「もう一方の妥協案」へ飛び移る

下を優先すれば横が悲鳴をあげ、横を優先すれば下が悲鳴をあげる。
どちらの声も無視できません。
まるでどこかで聞いた話が上の板のコマ磁石たちに起こります。
そしてある瞬間コマ磁石たちが「キレ」ます。
両方の要求が限界まで蓄積すると、どこかの瞬間、「妥協した向きはもう無理」という感じで、コマ磁石はパチリと音を立てる勢いで、それまでとは別の向きへ急に飛び移ってしまうのです。
たとえば板がスライドし始めた直後、コマ磁石はたとえば下を優先する向きで踏ん張っているとします。
板が進むにつれて下からの要請がじわじわ変わっていき、その向きで踏ん張るのがどんどんしんどくなっていく。
そして、もう本当に耐えられないという瞬間が訪れたとき――コマ磁石は下を優先する向きを諦めて、もう一方の妥協案である「横を優先する向き」へ、パチリと音を立てる勢いで一気に乗り換えるのです。
人間的に例えれば、上司からの圧力と同僚からの圧力の両方がある状況で、環境全体(板全体)の移動に合わせて、上司の意向を一切無視して、同僚への対応だけに振り切る感じです。
この急激な不連続なジャンプが、板のスライドにあわせて次々と、上のコマ磁石たちのあちこちで繰り返されていくことになります。
このとき、なめらかな調整とは比べものにならないほどのエネルギーが、一気に熱として逃げていきます。
これは「単に勢いよく動いたから熱くなった」というものではありません。
コマ磁石を無理な姿勢に押しとどめるために、上の板を動かしている手は少しずつ余計なエネルギーを使っています。
ではそのエネルギーはどこへ消えるかというと、消えていません。
コマ磁石のなかに少しずつ蓄えられているのです。
もしこの解放がゆっくりと行われるなら、貯金されたエネルギーは丁寧に手のひらに返ってくるはずです。
ばねを縮めた手をゆっくり戻していけば、ばねに貯めたエネルギーは差し引きゼロできれいに返ってくるのと同じことです。
ところが、パチリの一瞬はあまりにも速すぎます。
上の板を動かしている手が「お、エネルギーを返してもらえるな」と受け取る暇もないまま、コマ磁石は新しい向きまで一気に跳んでしまうのです。
受け取り手のいないまま解放されたエネルギーは、行き場を失って、コマ磁石を支える軸まわりのわずかな摩擦に注ぎ込まれます。
そしてその摩擦は、その場であっという間に熱として散ってしまうのです。
あるいは、カチッと跳ねるタイプの古い電灯のスイッチを思い浮かべてもいいでしょう。
レバーをじわじわ押していくと、最初は手応えがあって動きませんが、ある角度を超えた瞬間、スイッチは手の制御を離れて勝手にカチンと反対側へ倒れます。
あの「勝手に動く感じ」こそ、内部のばねに貯まっていたエネルギーが、手の手綱から外れて一瞬で解放されている瞬間です。
だからこそ、ゆっくり押しているのにある瞬間からは”自分の手では止められない動き”になるのです。
物理学ではこの現象を「ヒステリシス」と呼びます。
今回の論文の中でも、まさにいま説明した「我慢→蓄え→パチリ→解放→熱」のサイクルを指す言葉が使われています。
これで、「触れていないのになぜ摩擦が生まれるのか」の答えがようやく見えてきました。
触れていない2枚の板の間に熱を生み出していたのは、磁石同士が引き合う力そのものではなかったのです。
引き合う力自体は、ばねのように行きと帰りで差し引きゼロになり、熱にはなりません。
また、コマ磁石がなめらかに向きを変えているだけでも、熱はほんの少ししか生まれません。
熱を本当にまとめて生んでいたのは、上のコマ磁石たちが抱え込んだ下からの要請と横からの要請の矛盾でした。
その矛盾のせいで、コマたちは板がスライドするたびに「じわじわ我慢して、限界でパチリと飛び移る」という不連続な動きを繰り返さざるを得ず、その飛び移りの一回一回がまとまった熱を生み出していく。
その熱の積み重ねこそが、上の板を動かす手から奪われ続けていた”戻ってこないエネルギー”の正体だったのです。
磁石の引き合いという、昔から誰もが知っていた単純な現象。 その陰に隠れて、引き合いの組み合わせが矛盾を抱えた瞬間にだけ顔を出す、まったく別種の力が静かに働いていた――それが、コンスタンツ大学のチームが今回明らかにした「触れていない摩擦」の中身でした。
これが摩擦なのか?

ここまで読んできて、こう感じた方もいるのではないでしょうか。
「触れていない、削れない、すり減らない、ギザギザもない――それを果たして”摩擦”と呼んでいいのだろうか?」と。
ところが物理学者にとって、彼らがある現象を摩擦と呼ぶかどうかを決めるとき、見ているのは「こすれ合っているかどうか」ではありません。
見ているのは、動かそうとする力に逆らっているか、そして動かしたぶんのエネルギーを熱として失わせる現象かどうか、という2点だけです。
この見方からすると、今回の場合の判定もとてもシンプルになります。
動きを邪魔してくるか? <はい>
動かしたエネルギーは熱になって戻ってこないか? <はい>
だったら、それは摩擦です。
素材が何でできているか、表面がどうなっているか、そもそも触れているかどうか、といった事情はすべて二次的な問題で、本質はこの2つの条件を満たしているかどうかにかかっています。
今回コンスタンツ大学のチームが見つけた現象は、この2つを完璧に満たしています。
だから物理学者たちは、ためらいなくこれを”摩擦”と呼んでいるのです。
実は、こうした「触れていないけれど摩擦と呼ばれているもの」は、今回が初めてではありません。
物理学の世界には、昔からそう呼ばれてきた仲間が何種類もあります。
たとえば、銅の板のそばで磁石を動かすと、不思議な抵抗を感じて止まろうとします。
銅は鉄ではないので、磁石にくっついたりはしません。
なのに磁石を動かしてみると、まるで水あめのなかを動かしているかのような、ねっとりとした抵抗を感じるのです。
ここでもう一度、2つの条件を当てはめます。
動きに逆らっているか? イエスです。
手のなかの磁石は、銅板に近いところを動かそうとすると、はっきりと「動かしにくい」と訴えてきます。
エネルギーは熱になって戻ってこないか? これもイエスです。
磁石を動かし続けていると、銅板はじわじわ温かくなっていきます。
手を離して銅板から熱を回収しようとしても、もう手遅れで、温度は空気中へ散っていきます。
これも立派な摩擦の一種として教科書に載っています。
渦電流による摩擦と呼ばれていて、新幹線や電車のブレーキの一部にも応用されている有名な現象です。
さらに天文学の世界では、銀河のなかを進む星が周囲の重力にひっかかって減速していくタイプの「摩擦」が知られています。
たとえば、ある星が銀河のなかを進んでいくと、その星の重力にまわりの星たちが少しだけ引きずられ、進んできた方向の真後ろにわずかに集まる、という現象が起こります。
後ろにかたまった星たちは今度は逆に、進んでいる星を重力で引き戻すように働きます。
結果として、進んでいる星はまわりの重力に引っかかってじわじわ減速していくのです。
ここでも条件を当てはめましょう。 動きに逆らっているか? イエスです。
進もうとする星に対して、まわりの星たちが重力で引き戻すようにブレーキをかけています。
エネルギーは戻ってこないか? これもイエスです。
減速したぶんのエネルギーは、まわりの星たちのランダムな動き――専門的には熱と同じものだと考えてかまいません――として星団全体に散らばっていき、もとの星には二度と戻ってきません。
これも物理学の世界では、れっきとした摩擦として扱われています。
力学的摩擦という名前があって、銀河の進化を計算するときには欠かせない概念になっています。
素材が水でも金属でも星でも、こすれ合っていてもいなくても、近くても遠くても、「動きに逆らう+エネルギーを熱として失わせる」という2つさえ満たせば、物理学者はそれを摩擦と呼んでいるということです。
私たちが「摩擦」と聞いて頭に浮かべるのは、たいてい靴底と地面のような場面ですが、実は物理学の側はもっとずっと広い意味でこの言葉を使ってきました。
今回コンスタンツ大学のチームが見つけた「磁石の板ばさみが生む熱」も、その長い系譜のいちばん新しい仲間として、列記されることになったのです。
300年の法則が崩れたもうひとつの理由

研究チームをさらに驚かせたのは、板同士の距離を変えたときの挙動です。
板と板を近づけると、磁石同士が引き合う力が強まり、上の板が下の板にぐっと押しつけられる形になります。
そしてアモントンの法則は「摩擦力とすべり接触面に加えられた垂直荷重(押さえつけの力)との間に、単調な関係がある」と述べています。
ですから板を近づけるほど――つまり押しつけの力が強くなるほど――摩擦も単調に増えていくはずです。
ところが結果は違いました。
板を大きく離したときも、ぐっと近づけたときも、どちらも摩擦は弱い。
そして両者のちょうど中間――実験では約9ミリメートル付近――でだけ、摩擦は急峻なピークを描いたのです。
グラフは、山なりの曲線になりました。
研究者もこの点について、アモントン則からの「明確な逸脱(clear deviation)」だと結論しています。
ではなぜ中間距離で最大になるのか。
それは、先ほどの2つのしがらみの強さがちょうどこの距離で綱引きのように引き合うからです。
板が近いときは下の磁石の影響が圧倒的に強く、コマたちは素直に下とそろえて一糸乱れず進んでいく。
遠いときは下の影響が弱まり、コマ同士は隣との関係だけを気にして静かに落ち着いてしまう。
どちらの場合もコマたちはあまり迷わず、エネルギーはほとんど失われません。 ところが中間距離では「下とそろえたい」と「隣とそろえたい」の両方が同じくらいの強さで引っ張り合い、コマたちは決断できないまま向きを切り替え続ける羽目になる。
いちばん多くのエネルギーが熱に変わるのは、この板ばさみの距離なのです。
これは要するに、距離を変えるだけで効きを調節できる、減らないブレーキを作れる、ということを意味します。
このようなブレーキは磁石どうしが触れていないので、磁石のあいだでは、いくら動かしても部品がすり減ることはありません。
また効き具合を遠隔から調節できる道もひらけます。 研究チームも、この性質がナノサイズの精密機械や磁気軸受、振動吸収装置など、幅広い応用先を見込めると述べています。
アモントンの法則は、物と物が触れ合う日常の世界ではいまも正しいままです。
ただ、触れ合わない磁石たちの世界では、それとはまったく別のルールが静かに働いていたのです。
参考文献
Challenging a 300-year-old law of friction
https://www.psychologie.uni-konstanz.de/en/working-group-renner/news/news/news-detail/challenging-a-300-year-old-law-of-friction/
元論文
Non-monotonic magnetic friction from collective rotor dynamics
https://doi.org/10.1038/s41563-026-02538-1
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
