約3億年前の海を泳いでいた「最古のタコ」。
そう信じられてきた化石が、実はタコではなかったと判明しました。
この化石は2000年に発見され、「ポールセピア・マゾネンシス(Pohlsepia mazonensis)」と名付けられました。
しかし英レディング大学(University of Reading)の最新研究により、その正体はタコではなく、オウムガイ類と見られるまったく別の生物であることが明らかになったのです。
研究の詳細は2026年4月8日付で学術誌『Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences』に掲載されています。
目次
- 3億年前の地層から見つかった化石
- 小さな歯が覆した「化石の正体」
3億年前の地層から見つかった化石
問題の化石は、アメリカ・イリノイ州のメイゾン・クリーク化石層から発見されました。
この化石が「タコ」と判断された理由は、一見するとタコの特徴に見える構造がそろっていたためです。
具体的には、8本の腕のような形状、目に見える構造、さらに墨袋と解釈された部分が確認されていました。
これらはタコの典型的な特徴であり、当時の研究者たちは合理的に「タコである」と結論づけました。
その結果、「タコの起源は約3億年前の石炭紀までさかのぼる」と考えられるようになったのです。
しかし、この解釈には当初から疑問もありました。
ただし、それを決定的に検証する手段が長らく存在しなかったのです。
今回、研究チームはシンクロトロンX線イメージングという最先端技術を用い、化石の内部を非侵襲的に詳しく調べました。
この技術は、通常の医療用X線とは比べものにならないほど高輝度で、岩石内部の微細な構造まで可視化できます。
その結果、これまで誰も見たことのなかった「決定的な証拠」が見つかりました。
それは、一直線に並んだ小さな歯の列でした。
小さな歯が覆した「化石の正体」
発見された歯の列は、「歯舌(ラドゥラ)」と呼ばれる構造でした。
これは軟体動物に特有の微小な歯が並んだ舌状の器官で、食物を削り取るために使われます。
ここで重要なのは、この歯の「数」と「形」です。
タコの歯舌は通常、1列に7個または9個の歯を持ちます。
一方、オウムガイ類では13個です。
今回の化石では、約11個の歯が確認されました。
数としては中間ですが、その形状は明らかにオウムガイ類に近いものでした。
さらに、これまで墨袋と考えられていた構造についても、決定的な否定がなされました。
本来、墨袋には色素の痕跡(メラノソーム)が残るはずですが、それが確認されなかったのです。
また、この歯の特徴は、同じ地層から知られているオウムガイ類「パレオカドムス・ポーリ(Paleocadmus pohli)」と一致していました。
つまりこの化石は、新種のタコどころか、既知のオウムガイ類の一個体だった可能性が高いのです。
【世界最古のタコに見えたオウムガイの死骸の復元イメージがこちら】
では、なぜここまで「タコらしく」見えたのでしょうか。
その理由は、化石化の前に生物が大きく腐敗していたことにあります。
体が崩れ、形が歪んだ結果、腕のような構造や墨袋のような痕跡が偶然生まれ、タコに見えてしまったのです。
この誤認は、いわば「3億年前の腐敗が生んだ錯覚」でした。
そしてこの修正は、タコの進化の歴史そのものを大きく書き換えることになります。
これまで石炭紀と考えられていたタコの起源は、ジュラ紀(約2億〜1億5000万年前)へと大きく後ろにずれる可能性が示されました。
一方で、オウムガイ類の軟組織の化石記録は、約2億2000万年も前にさかのぼることになります。
科学は「間違い」を更新し続ける
今回の研究は、「世界最古のタコ」という有名な事実が、実は誤りだったことを示しました。
しかし重要なのは「間違いがあったこと」ではありません。
むしろ、技術の進歩によってその間違いが修正されたことにこそ、科学の本質があります。
25年前、研究者たちは当時の最良の証拠に基づいて判断しました。
そして現在、新しい技術によって、より正確な姿が明らかになったのです。
3億年ものあいだ岩の中に隠れていた、わずかな歯の列。
その小さな手がかりが、タコの進化の歴史を根本から塗り替えました。
科学とは、完成された知識ではなく、更新され続ける過程そのものなのです。
参考文献
World’s Oldest Known ‘Octopus’Turns Out to Be An Entirely Different Animal
https://www.sciencealert.com/worlds-oldest-known-octopus-turns-out-to-be-an-entirely-different-animal
‘Oldest octopus’ fossil is no octopus at all, scans reveal
https://www.eurekalert.org/news-releases/1122545
元論文
Synchrotron data reveal nautiloid characters in Pohlsepia mazonensis, refuting a Palaeozoic origin for octobrachians
https://doi.org/10.1098/rspb.2025.2369
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部
