米はふつう、春に植えられ、秋に収穫されると、そのまま役目を終えます。
だから稲作では、毎年新しい苗を植えなおすのが当たり前です。
けれど世の中には、リンゴやブドウのように、同じ株が何年も実をつける植物があります。
木でなくても、イチゴやブルーベリーのように、毎年くり返し実る植物はあります。
もし米もそうなれたら、農業の景色は大きく変わるはずです。
中国科学院(CAS)と上海科技大学(ShanghaiTech)などの研究チームが見つけたのは、米が収穫後にもう一度成長を始めるか、それともそこで終わるかを左右する、いわば「若返りスイッチ」のような仕組みです。
研究チームは、その仕組みを普通の米に組み合わせ、収穫後も生き続ける「野生に近い稲」を作るところまで進みました。
未来の田んぼが、毎年ゼロからやり直す場所ではなく、果樹園のように同じ株と長く付き合う場所になるかもしれません。
研究内容の詳細は2026年3月19日に『Science』にて発表されました。
目次
- そもそも、なぜ今の米は一年で終わるのか?
- 稲を若返らせる遺伝子の秘密
- 「長生きする米」を実際につくりだすことに成功した
そもそも、なぜ今の米は一年で終わるのか?

米の祖先にあたる野生イネの仲間には、何年も生き続けるものがあります。
ところが、人間が長い時間をかけて栽培化を進める中で、今の米は「一年でしっかり実る」性質を強くしてきました。
その結果、たくさん収穫できるかわりに、長く生きる力は後ろへ下がっていったと考えられます。
たとえるなら、長く走れる選手を、何代にもわたって短距離向きに育て続けたようなものです。
研究者たちが注目したのは、収穫のあとに驚くほど元気に枝を伸ばす特別な株でした。
普通の栽培イネでも、収穫後に脇から小さな枝が出ることはあります。
ですが、通常は少し伸びるだけで、そのまま終わります。
ところが注目された株では、収穫後に次々と新しい枝が出て、その数はふつうの栽培イネの十本前後を大きく超え、主に実らないものの七十本以上の二次分げつになりました。
まるで収穫後に「第二の人生」が始まったような伸び方です。
しかもこの株では、一度は花をつける方向に進んだ芽が、再び葉や枝を伸ばす方向へ戻っていました。
これは、卒業式を終えたあとに、なぜかまた新学期が始まるようなものです。
研究者たちは、この「成花逆転」と呼ばれる現象が、野生イネの長生きの重要な鍵だと考えました。
つまり、米を長生きさせるには、ただ長く保つだけでなく、収穫後にもう一度「育つモード」へ戻せるかが大事だったのです。
稲を若返らせる遺伝子の秘密

研究チームは、この不思議な性質の原因をたどり、植物の遺伝子の中にある重要な場所へ行き着きました。
そこにあったのは、二つ並んだ小さなRNA遺伝子です。
ふつうの栽培イネでは、この仕組みは花がつくころに弱まり、植物は「もう成長は終わり」という段階に入ります。
ところが野生イネでは、一度弱くなったこの働きが、花が咲いて種をつけたあとにもう一度強まりました。
すると植物は、再び葉や枝を伸ばし始めます。
つまり、成長の流れを巻き戻すように若返っていたのです。
さらに研究者たちは、遺伝子そのものだけでなく、その周りの状態まで調べました。
遺伝子は、いつでも同じように働けるわけではありません。
本棚の扉が閉まっていれば本を取り出しにくいように、遺伝子も閉じた状態では働きにくくなります。
今回の研究では、野生イネではこの部分が開きやすくなっていました。
そのため、若返りに関わる仕組みが、収穫後にもう一度動きやすくなっていたのです。
今回の成果が重要なのは、ただ「若返る遺伝子」を見つけただけでなく、それがなぜ再び動き始めるのかまで踏み込んで示した点にあります。
言いかえれば、米を長生きさせるための「部品」だけでなく、「その部品をいつ動かすか」というタイミングの仕組みまで見えてきたのです。
「長生きする米」を実際につくりだすことに成功した

研究者たちは次に、この仕組みを普通の米でも再現しようとしました。
そこで、野生イネに見つかった若返りの仕組みを交配で取り込み、さらに地面を這うように広がる性質も組み合わせました。
すると、できあがった稲は見た目も育ち方も野生イネにかなり近づきました。
枝が横に広がり、節から新しい根を出しながら、イチゴのように増えていったのです。
論文では、この特別な稲を「類野生稲」と呼んでいます。
この類野生稲は、海南島の温暖な試験環境で少なくとも二年以上生き続けました。
普通の米なら一度の収穫で終わるところを、この稲は成長をくり返したのです。
ここまでくると、「一度植えたら何度も収穫できる米」という未来像も、ただの空想ではなくなってきます。
ただし、ここですぐに「毎年植えなくてよい理想の米が完成した」とは言えません。
少なくとも今回の系統では、新しく伸びた多くの枝がうまく実をつけませんでした。
長く生きることと、毎年しっかり収穫できることは、まだ別の問題なのです。
それでも、この研究が大きな意味を持つことは変わりません。
一年で終わる米を、何年も収穫できる作物へ変えていくための手がかりが、かなり具体的な形で見えてきたからです。
もし改良が進めば、田植えや耕作の負担を減らし、米づくりの姿そのものを変える可能性があります。
土を何度もいじる回数が減れば、環境への負担を軽くできる可能性もあります。
しかも、この仕組みは米だけの話で終わらないかもしれません。
研究チームは、似た仕組みがほかの穀物にも関わる可能性を見ています。
この研究は、その第一歩としてとても興味深いものです。
米は毎年植え替えるもの――そんな常識は、これまであまり疑われてきませんでした。
ですが今回の研究は、その当たり前が、じつは変えられるかもしれないことを示しています。
元論文
Resetting of a tandem microRNA156 enables vegetative perennial growth in rice
https://doi.org/10.1126/science.adv2188
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
