人間がそうであるように、イヌも個々に異なる気質をもっています。
周囲の状況を落ち着いて受け止めるイヌがいる一方で、些細な刺激に強く反応してしまうイヌもいます。
こうした気質の違いは、家庭犬としての相性だけでなく、警察犬や介助犬など特定の役割への適性にも大きく関わります。
とはいえ、現在の多くのテストは、人間がイヌの様子を見て点数をつける方式です。
そのため、「評価する人によって見方が違うのではないか」という心配も残ります。
韓国の慶北大学校(KNU)の研究チームは、行動観察に加えてイヌの唾液中に含まれる生理物質に注目することで、気質をより客観的に評価できる可能性を示しました。
この研究は、2026年2月4日付の『PLOS ONE』で発表されました。
目次
- イヌの唾液で「気質」を判断する研究
- イヌの唾液に見られるコルチゾール値は「気質テスト」の結果と関連している
イヌの唾液で「気質」を判断する研究
イヌの気質を評価するため、これまでさまざまな行動テストが用いられてきました。
その代表例がWesen(ヴェーゼン)テストです。
このテストでは、見知らぬ人との接触や突然の大きな音、不安定な足場、飼い主との一時的な分離といった状況を意図的に作り出し、イヌがどのように反応するかを観察します。
しかし、こうした行動テストには根本的な課題があります。
評価が人間の観察と判断に依存するため、同じ行動であっても評価者によって解釈が分かれてしまう点です。
ある人には「慎重」に見える反応が、別の人には「過度に怖がっている」と映ることもあります。
そこで研究者たちは、行動評価の結果を裏付ける客観的な指標として、生理学的なデータに着目しました。
特に注目されたのが、ストレス反応に関わるホルモンであるコルチゾールと、情動や行動の安定に関与する神経伝達物質であるセロトニンです。
これまでの研究では、コルチゾールが高いイヌほど不安や緊張を示しやすいことや、セロトニンが低いイヌほど攻撃性や情動の不安定さと関連する可能性が示されてきました。
今回の研究では、犬種や飼育環境の異なる24頭のイヌを対象に、改変したWesenテストを実施しました。
テストの前後でイヌの唾液を採取し、そのうちコルチゾールは前後2回のサンプルから測定。
一方、セロトニンはテスト前の唾液だけを使いましたが、唾液量が足りた16頭分で測定しました。
唾液を用いる方法は、イヌにとって身体的な負担が少なく、行動テストと組み合わせやすいという利点があります。
その結果、気質評価の点数が高いイヌほど、コルチゾールの値が低く、ストレス反応が比較的穏やかである傾向が確認されました。
また、セロトニンについても、テストの成績上位と下位の間には有意な差があると分かりました。
これらの結果が示す意味については、次項でより詳しく見ていきます。
イヌの唾液に見られるコルチゾール値は「気質テスト」の結果と関連している
まず注目されるのが、コルチゾールの変化です。
気質評価が低いイヌでは、テスト前の時点ですでにコルチゾールが高めであり、テスト後にはさらに大きく上昇していました。
一方で、気質評価が高いイヌでは、テスト後のコルチゾール上昇が小さく、全体として安定した値を保っていました。
これは、同じ刺激を受けたとしても、イヌごとに生理的なストレス反応の出方が大きく異なることを示しています。
研究者たちは、この違いが視床下部―下垂体―副腎系と呼ばれるストレス調節システムの働きと関係している可能性を指摘しています。
気質が安定しているイヌでは、このシステムが過剰に反応せず、強いストレス状態に陥りにくいと考えられます。
セロトニンについては、全体の点数との単純な相関は強くありませんでした。
しかし、気質評価が高いグループと低いグループを比較すると、高得点グループのほうがセロトニン濃度が有意に高いことが分かりました。
特に、動作の安定性や落ち着いた行動を評価する項目では、セロトニンとの関連がよりはっきりと現れていました。
これらの結果は、セロトニンがイヌの情動や行動を安定させる方向に関与している可能性を示唆しています。
ただし、今回測定されたのは唾液中のセロトニンであり、脳内の状態を直接示すものではありません。
そのため、結果の解釈には慎重さが求められます。
また、この研究には明確な限界もあります。
対象となったイヌの数は24頭と少なく、セロトニンはそのうち16頭分しか測定できていません。
ホルモンの状態が気質を形作っているのか、あるいは気質の違いがホルモン反応として表れているのかは、今後の研究によって検証される必要があります。
それでもこの研究は、「唾液だけでイヌの気質を判断できる」可能性を示しました。
将来的には、より多くのイヌを対象とし、年齢や飼育環境、時間経過を考慮した研究が進むことで、気質評価の精度はさらに高まると考えられます。
イヌの唾液は、私たちが見逃しがちな内面の安定性を映し出す、新たな手がかりになるのかもしれないのです。
参考文献
The Chemistry of a Very Good Boy: Can a Simple Saliva Test Predict a Dog’s Personality?
https://www.zmescience.com/ecology/animals-ecology/dog-saliva-test-study/
Well-behaved dogs generally have lower cortisol and higher serotonin, study finds
https://phys.org/news/2026-02-dogs-generally-cortisol-higher-serotonin.html
元論文
Associations between canine temperament and salivary concentrations of cortisol and serotonin
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0337781
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

