都市のヒートアイランド現象、冷房費の高騰、そして水不足。
こうした悩みが当たり前になりつつある今、「屋根に塗るだけで家が涼しくなり、水まで生み出してくれる」という技術が現実になろうとしています。
オーストラリア・シドニー大学とスタートアップ企業Dewpoint Innovationsの研究チームが発表したのは、太陽光の97%を遮断し、空気中の水分を“水”として集めることができる新しい塗料です。
この画期的な発明の詳細は、2025年10月30日付の科学誌『Advanced Functional Materials』に掲載されました。
目次
- 「塗るだけで涼しく、水までできる」新しい塗料のしくみ
- 1日4.7L集める屋根へ。様々な用途で活躍するかも
「塗るだけで涼しく、水までできる」新しい塗料のしくみ
今回の研究が目指したのは、「エネルギーを使わず、建物を冷やし、しかも空気中の水分を効率よく集める」ことです。
背景には、世界各地で深刻化する水不足、そして都市部を悩ませるヒートアイランド現象の問題があります。
これまでにも、白い塗料で屋根を覆うことで太陽光を反射し、室温上昇を防ぐアイデアはありました。
しかし従来の塗料は主顔料として酸化チタンなどを使って紫外線を反射しており、経年劣化や環境負荷の問題がつきまとっていました。
今回登場した塗料は、一見すると同じような白いペンキのようですが、中身はまったく異なる仕組みでできています。
主成分「ポリ(フッ化ビニリデン-co-ヘキサフルオロプロピレン),PVDF-HFP」で作られた多孔質コーティングです。
この塗料には無数のナノサイズの微細な孔があり、これが光をあらゆる方向に拡散して、太陽光の97%を反射します。
しかも、熱を電磁波として宇宙空間に放射する「放射冷却」も効率よく行えるため、真夏の直射日光下でも塗った面は外気温より最大6℃低く保たれるのです。
そしてこの温度差により、空気中に含まれる水蒸気が塗料表面に小さな水滴となって現れます。
これはちょうど、お風呂上がりに鏡が曇るのと同じ仕組みです。
この塗料のもう一つの特徴は、「水滴が滑らかに転がり落ちる」ような表面構造を持っていること。
そのため、できた水滴は自然に集まり、屋根やパネルの端に設置した集水システムに効率よく流れ込むよう設計されています。
では、この「空気から水を集める」塗料は、どれほどの水を生み出すのでしょうか。
1日4.7L集める屋根へ。様々な用途で活躍するかも
この塗料の効果を検証するため、シドニー大学の研究チームは、大学の屋上で6か月間の野外実験を行いました。
実験では1平方メートルあたり最大390mLの水が1日に集まりました。
12平方メートルの屋根であれば、1日あたり約4.7L、つまり成人1人の1日分の飲み水をまかなえる以上の量です。
この「結露による水の収穫」は、1年のうち約32%(3日に1回以上)の頻度で観測され、雨が降らない期間でもいくらか安定的に水が得られることが分かりました。
さらに重要なのは、オーストラリア特有の厳しい直射日光や天候のもとでも塗料の性能劣化が見られなかったことです。
顔料に頼る従来の白塗料と比べて、紫外線に強く、表面のギラつきも抑えられているため、都市部の住宅やビル、工場の屋根にも安心して使えます。
この塗料で集めた水は、日常生活の飲み水として使えるだけでなく、農業や工場、さらには新しい産業分野でも役立つと期待されています。
たとえば作物や動物への給水、工場でのミスト冷却、水素製造用の原料水など、多様な分野で活用できる可能性があります。
特にオーストラリアでは、すでに200万世帯以上が雨水タンクを利用しているため、この塗料を組み合わせれば「屋根が水工場」に変身する未来も夢ではありません。
現在、Dewpoint Innovations社がこの新しい塗料の製品化を進めています。
「屋根や壁に塗るだけで、涼しさと水を手に入れる」
そんな画期的な発明の今後に期待です。
参考文献
This roof paint blocks 97% of sunlight and pulls water from the air
https://newatlas.com/materials/roof-paint-blocks-sunlight-collects-water/
Cooling paint harvests water from thin air
https://www.scimex.org/newsfeed/cooling-paint-harvests-water-from-thin-air
元論文
Passively Cooled Paint-Like Coatings for Atmospheric Water Capture
https://doi.org/10.1002/adfm.202519108
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部
