1987年、イタリア北部、ボローニャの古い屋敷の地下で、エメラルドグリーンの奇妙なミイラが発見されました。
この発見は考古学界に衝撃を与え、以来40年近くもの間、専門家たちを悩ませてきました。
そして今回、ローマ・トルヴェルガータ大学(University of Rome Tor Vergata)の研究チームによる最新の調査で、この“緑色のミイラ”の謎がついに科学的に解き明かされました。
研究成果は、2025年10月8日付の『Journal of Cultural Heritage』に掲載されています。
目次
- 40年謎に包まれていた緑色のミイラ
- 銅イオンがミイラを緑色に変化させていた
40年謎に包まれていた緑色のミイラ
舞台となったのは、イタリア北部の歴史ある都市ボローニャ。
1987年、古いヴィラ(別荘)の地下室で工事をしていた作業員たちは、思いがけず重厚な金属の棺を発見しました。
銅製の棺であり、これを開けると、中には丸まった姿勢のまま眠る12~14歳ほどの少年の遺体が収められていました。
そして驚くべきことに、その遺体は全身がエメラルドグリーンに染まり、皮膚や骨、筋肉の柔らかい部分までもが鮮やかな緑色をしていました。
これは通常のミイラや遺体保存例ではほとんど見られない、極めて異例な現象です。
さらに詳しく調べると、ミイラの大部分は緑色なのに対し、左脚だけがほぼ自然な色合いを保っていることが分かりました。
科学的な年代測定により、少年は1617年から1814年の間に亡くなったことが分かっています。
ちなみに、イタリア北部の富裕層が用いたと思われる銅製棺は、当時非常に高価なものでした。
では、家族たちに大切に葬られたこのミイラはなぜ全身が緑色になったのでしょうか。
なぜ左脚だけ自然な色で残ったのでしょうか。
発見から40年もの間、この「緑色のミイラ」は、考古学者や法医学者たちの好奇心と謎をかき立ててきました。
そして今回、謎の解明のため、ローマ・トルヴェルガータ大学の研究チームは最先端の科学機器を駆使しました。
まず、ミイラの骨や皮膚の一部を微量サンプリングし、赤外分光法(FTIR)、ラマン分光法、走査電子顕微鏡など、分子や元素レベルでの詳細な分析を行いました。
これにより、ミイラの骨や皮膚の内部まで、どのような物質がどの程度浸透しているのかを立体的に“可視化”することが可能になっています。
また、参考のために現代の牛骨や人間の皮膚も同じ方法で分析し、緑色になった部分とそうでない部分の違いを細かく比較するという徹底した調査が行われました。
これにより、単なる表面的な変色なのか、組織の深部まで化学反応が及んでいるのか、といった点も明らかにされています。
銅イオンがミイラを緑色に変化させていた
今回の研究で明らかになった最大のポイントは、「緑色」の正体です。
エメラルドグリーンの色は、銅合金の棺から溶け出した銅イオンが、遺体の骨や皮膚の組織に深く染み込み、銅由来の鉱物を生み出したことによるものでした。
遺体が分解する過程で、体液や分解産物が棺の内部を酸性にし、銅製の箱がゆっくりと腐食していったようです。
このとき発生した銅イオンが、遺体の軟らかい組織や骨の中にしみ込んでいきます。
時間の経過とともに、銅イオンは骨のカルシウム成分を一部置き換え、皮膚の表面では「緑色の鉱物」を作り出しました。
これはちょうど、青銅の像や古い10円玉が長年で緑色の錆(緑青)に覆われる現象と同じメカニズムです。
また、棺がもともと密閉されていたことで内部の酸素量が少なく、地下室ゆえ温度も低く保たれていました。
これが微生物の活動を抑え、遺体の分解や腐敗が極めて遅くしたようです。
左脚だけが自然な色合いを保っていたのは、後に棺の底が割れたため、棺の中でも差が生じ、左脚だけが銅イオンに直接触れなかった、あるいは乾燥した部分に位置していたためと推測されています。
この研究の意義は、銅などの重金属が人の遺体保存に及ぼす影響や、埋葬環境と死後変化の科学的な相互作用を、これまでにないレベルで解明した点にあります。
過去にも銅や青銅の装飾品による部分的な緑色変色は知られていましたが、全身にわたる現象は極めて稀です。
さらにこの発見は、古代や近世ヨーロッパにおける埋葬の社会的背景、たとえば、銅棺を使えるほど裕福だった家庭や、保存や見た目にこだわるエリート層の存在を考えるうえでも重要な手がかりとなります。
時を超えた緑色のミイラは、銅という素材がもたらす化学反応の神秘を現代に伝えています。
参考文献
Mystery of the Green Mummy Solved After Four Decades
https://www.ancient-origins.net/news-history-archaeology/green-mummy-italy-00102266
元論文
The curious case of the green-colored body: A multidisciplinary investigation of a mummy preserved in a copper-rich environment
https://doi.org/10.1016/j.culher.2025.09.013
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部
