友達の面を持つ相手が一番厄介でした。
アメリカのニューヨーク大学(NYU)で行われた研究により、ネガティブな人間関係が多い人ほどDNAレベルでの老化、つまり生物学的な体内年齢の進行が速まり、体が実年齢より老けていることが明らかになりました。
中でも、友人(フレンド)と敵(エネミー)の要素を併せ持つフレネミーと呼ばれる存在が、純粋に敵対的な関係以上に老化を進める効果が強いことが分かったのです。
また研究では具体的な老化の数値も算出されており、ネガディブなつながりが非常に多い場合の影響度は、健康面では老化だけでなく、うつ病・不安症状や体内の炎症、肥満など多方面に悪影響が及ぶと報告されています。
研究者たちはこのような影響が喫煙の有無にも匹敵するほど大きい可能性があると警鐘を鳴らしています。
私たちの周りにいる「困った人々」は、なぜそこまで身体に大きな影響を与えるのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年7月3日に『medRxiv』にて発表されました。
目次
- 「曖昧な友人」が健康に与える意外な影響
- 人間関係の「質」が老化速度を左右する
- 人間関係を「断捨離」することで細胞から健康になる
「曖昧な友人」が健康に与える意外な影響

毎日の生活の中で、人と人との繋がりに疲れたり、ストレスを感じたりすることはありませんか?
心を許せる友人とのおしゃべりや家族との食事は、心を穏やかにし気持ちを安定させる一方で、苦手な相手との交流は気持ちを沈ませ、場合によっては翌日まで気分を引きずることさえあるでしょう。
このように、人間関係はまさに「両刃の剣」と言えます。
人との繋がりが大切だとはよく言われますが、すべての人間関係が私たちの健康に良い影響を与えるとは限りません。
これまでの研究では、家族や友人など身近な人々との交流が、私たちの身体と心の健康を保つことを明らかにしてきました。
社会的な繋がりは、孤独感を和らげたり、精神的ストレスを軽減したりすることで、心臓病や免疫機能の低下などを防ぐ効果があると言われています。
しかし、これらの研究はポジティブな関係、つまり「支えになる人々」の良い面ばかりに焦点を当てており、対人関係の負の側面は十分に検討されてきませんでした。
実際には、人間関係の中には明らかにネガティブな影響を与える関係もあります。
頻繁に批判してくる相手や、何かと問題を起こす相手と接することで慢性的なストレスが蓄積されると、それが身体の中に「目に見えない負荷」をかけてしまいます。
この負荷は専門的には「アロスタティック負荷」と呼ばれ、日々の小さなストレスが積み重なり、細胞レベルで徐々に体を老化させていくものです。
例えば、夫婦の不和や孤独感が続くと、細胞の寿命を司るテロメアというDNAの一部分が短くなったり、遺伝子の働きを調節する仕組み(エピジェネティクス)が変化したりすることも知られています。
こうした変化は、心臓病や糖尿病、免疫力の低下など、実際の病気のリスクを高めることが分かっています。
それにもかかわらず、これまで私たちが日常的に経験する「ネガティブな人間関係」による影響は見過ごされてきました。
身近にいる人から受けるストレスが、長期的に健康にどれほど悪影響を与えるかを詳しく調べた研究はまだ少ないのです。
最近の研究では、私たちの周りに存在するこうした「困った人々」が実は想像以上に多く、日常の慢性的なストレスの主な原因になっている可能性が指摘されています。
「ハスラー(hassler)」と呼ばれるこうした相手は、職場のストレスや経済的な不安のように慢性的なストレスを生じさせ、体内の炎症反応を強めたり、心臓病などのリスクを増加させたりすることが示されています。
さらに興味深いことに、単純にネガティブなだけの関係だけではなく、「良い面と悪い面が混在する複雑な関係」の方が、健康に与える悪影響が大きいことが明らかになっています。
この複雑な関係は専門的には「アンビバレントな関係」と呼ばれていますが、一般的にはフレンド(友人)とエネミー(敵)を組み合わせた「フレネミー(frenemy)」という言葉で知られています。
フレネミーとは、普段は友人として支え合ったり協力したりすることもある一方で、批判や嫉妬、対抗心など、ネガティブな感情やストレスも抱えてしまうような相手のことです。
例えば、親しいはずの友人が時折あなたの欠点を指摘してきたり、同僚と仕事を協力しながらも密かに競い合っていたりするような状況がこれにあたります。
また、家族や昔からの友人など、簡単に関係を断つことが難しい間柄ほど、こうした複雑な関係が生じやすいと言われています。
これまでは、「明らかに敵対的な関係」、例えば明確ないじめや嫌がらせを受ける場合については詳しく研究されていましたが、支えになることもある複雑な関係が私たちの健康や老化に与える影響については十分に知られていませんでした。
ポジティブな関係が健康を守り、完全にネガティブな関係が健康を害するという単純な理解では説明できないこの問題に対して、今回の研究者たちは、「複雑で曖昧な関係性が老化や健康に与える影響」を明らかにしようと考えました。
果たして、このフレネミーと呼ばれる「味方でもあり敵でもある」複雑な相手が、私たちの体に与える影響はどの程度のものなのでしょうか?
人間関係の「質」が老化速度を左右する

「フレネミー」と呼ばれる複雑な人間関係は、私たちの体をどれほど老化させるのか?
この問いを科学的に明らかにするため、研究者たちは米国のインディアナ州で暮らす幅広い年齢層の成人約2,200名を対象に、詳細な調査を行いました。
まず最初に、参加者は自分の身の回りの人間関係について振り返り、直近の半年間に頻繁に交流した人の名前を思いつく限り挙げました。
その後、挙げられた人々について具体的な質問がなされました。
その中でも特に重要な質問は、「この人はどれくらいの頻度であなたを困らせたり、問題を引き起こしたり、あなたの生活を困難にしていますか?」というものです。
回答は、「全くない」「めったにない」「時々ある」「しばしばある」の4つの選択肢でなされました。
研究者たちは、この質問に対して「時々」または「しばしば」と答えられた人を「ハスラー(困らせ役)」として分類し、参加者にネガティブな影響を与える人物として記録しました。
たとえば山田さんというひとがあなたに「時々」あるいは「しばしば」ネガティブな影響を与える場合、山田さんは「ハスラー」として分類されます。
一方で、全くない、またはめったにないと答えられた人物は、ネガティブな影響がほとんどない非ハスラーと判断されました。
次に研究者たちはハスラーを二種類に区別しました。
1つは「単純な敵」であり、助けてくれることはなくただただストレスや困難を与えてくる人です。
もう1つは先にも上げた「フレネミー」で、助けることもあるものの批判や嫉妬、ストレスを与える人です。
次に、研究者たちは参加者全員から唾液のサンプルを採取し、そこからDNAを抽出しました。
DNAには、私たちの年齢や健康状態を反映するさまざまな生物学的情報が記録されています。
具体的には、DNAに刻まれた「メチル化」という分子レベルの目印(タグ)のパターンを解析することで、研究者たちは各参加者の「生物学的年齢」を測定しました。
この生物学的年齢とは、実際の年齢(カレンダー上の年齢)とは異なり、体の中の細胞や組織がどれくらい老化しているかを示す指標です。
たとえば、実際の年齢が40歳であっても、生物学的年齢が45歳ならば、体は実際の年齢より5歳老けていることになります。
今回の研究では、最新の「エピジェネティック時計」という技術を使い、このDNAのメチル化パターンの情報をもとに各人の生物学的年齢を算出しました。
この方法によって、「人間関係の特徴が生物学的な老化とどのように関係しているか」を客観的に調べることが可能となったのです。
では、実際にネガティブな人間関係は、生物学的な老化を加速するのでしょうか?
調査の結果は研究者の予想を超えるものでした。
まず明らかになったのは、ネガティブな影響を与える人物が非常に多くの人の身近に存在するということでした。
参加者のうち約60%近くが、少なくとも1人の困らせ役(ハスラー)を抱えていることが分かったのです。
また、参加者の身近な人々のうち、平均すると約4人に1人(25%)が何らかの形でストレスや困難を与える人物でした。
(※その内訳は単純な敵が5.1%でフレネミーは18.8%でした)
このことは、人間関係におけるストレスが特別なケースではなく、日常生活にありふれた問題であることを示しています。
そして、生物学的老化への影響はハスラー全般で見ても明らかでした。
まずハスラー全般として見ると、その人数が増えるごとに生物学的老化(GrimAge2)は平均で約0.213年(約2.5ヶ月)加速していました。
また、ハスラーの割合が50%を超えると、生物学的老化はさらに顕著に加速し、特に極端なケース(100%がハスラー)では約1.74年(約1年9ヶ月)という非常に大きな老化促進が確認されました。
(※周囲の人間関係の半数(50%)がハスラーである場合、生物学的な老化は平均で約0.51年加速しました)
しかし、この結果をさらに詳しく分析すると、全てのハスラーが同じように老化を進めているわけではありませんでした。
「単純な敵」は、生物学的な老化(GrimAge2指標、DunedinPACE指標)との関連が統計的に有意ではなく、生物学的な老化に目立った影響を与えていませんでした。
一方、支援もあるがストレスも与えてくる「フレネミー」は、生物学的老化と統計的に有意で明確な関連を示し、老化速度を加速させていました。
普通に考えれば「単純な敵」が老化の支配要員になりそうですが、実際にはハスラーの中のフレネミーこそが老化の主要因だったのです。
この理由として、研究者は心理的な要素を指摘しています。
単純に敵対的な相手なら心理的に距離を置きやすいため、ストレスを軽減しやすいのに対し、フレネミーは支援的な面もあるため心理的に離れづらく、慢性的なストレスが続き、細胞レベルでの老化を強める可能性があるのです。
さらにハスラー全体としての影響は生物学的老化のみならず精神的な健康(不安やうつ症状)や身体的な健康(肥満、体内の炎症反応)にも悪影響を与えていました。
単純な敵が老化に有意差がなかった理由をもう少し詳しく解説
「単純な敵が老化に対して統計的に有意な影響を示さなかったのに、なぜフレネミーを含めた『ハスラー全体』の影響が喫煙経験の有無に匹敵するほど大きいのか?」と感じる方もいるでしょう。まず重要なのは、この研究で「ハスラー」と呼ばれている人々には、「フレネミー」と「単純な敵」が含まれていることです。しかし、この二つのグループの人数は均等ではありません。実際の調査結果によれば、ハスラー全体の中でフレネミー(支援もするがストレスも与える)が約18.8%と圧倒的多数を占める一方で、純粋にネガティブな影響しか与えない単純な敵はわずか約5.1%に過ぎません。つまり、「ハスラー全体」の影響として示された数字は、主にフレネミーが大きな割合を占めていることで強く現れているのです。これは統計的にいうと、影響のない(またはごく小さい)グループ(単純な敵)と、非常に強い影響を与えるグループ(フレネミー)を合算しているため、全体として大きな影響が統計的に検出されている状態です。単純な敵が統計的に有意な影響を示さないのにハスラー全体では有意な影響があるというのは、一見すると不思議に感じられるかもしれませんが、統計的には「全体の影響がフレネミーの強い影響で引き上げられている」のです。したがって、この研究が強調していることは、「人間関係の中で最も注意すべきは、明確に敵と認識している人ではなく、むしろ支援とストレスの両方を与えてくる複雑な人々(フレネミー)である」ということになります。
人間関係から生じる慢性的なストレスは、実際に細胞レベルで体を老化させるだけでなく、精神面や肉体面にも複合的に悪影響を与えている可能性が示されたのです。
まとめると、この研究結果が私たちに教える重要な点は、人間関係において最も注意すべきは単純に敵対的な人ではなく、むしろ支援的な面と敵対的な面を両方備えた「フレネミー」であるということです。
慢性的にストレスを与える複雑な人間関係こそが、私たちの細胞を老化させ、健康を大きく損なう可能性があるのです。
人間関係を「断捨離」することで細胞から健康になる

本研究は、人間関係の質が私たちの老化速度を左右しうることを初めて大規模データで示した重要な報告です。
以前から「友人が多い人は長生きする」「孤独は喫煙と同程度に身体に悪い」などと言われてきましたが、今回の結果はそれを裏付けつつ、新たに「友人の数だけでなく質が決定的に重要」であることを強調しています。
身の回りにいる厄介な人々の存在自体が、遺伝子レベルで老化を加速させる慢性的ストレス源になりうると証明されたからです。
興味深いことに、こうしたネガティブな関係は決して珍しくなく、大抵の人にとって日常的に直面している問題でもあります。
言い換えれば、多くの人が気づかぬうちに人間関係を通じた慢性ストレスにさらされており、それが積もり積もって体を老けさせ、様々な不調の一因となっている可能性があります。
では、この知見から私たちは何を学べるでしょうか。
まず第一に、健康長寿のためには「煙草を控えましょう」「野菜を食べましょう」といった従来の生活習慣改善に加えて、「人間関係を見直しましょう」という観点が欠かせないかもしれません。
研究者らは、ネガティブな人間関係が喫煙などの従来の健康リスク要因に匹敵するほど強力な慢性ストレス因子であり、公衆衛生上重要な課題であることを指摘しています。
特にフレネミーに関しては、当人同士では自覚しづらく断ち切りにくいだけに、一層注意が必要です。
上司や同僚といった切り離せない間柄であれば、衝突を和らげるコミュニケーション術を学んだり、適度な距離感を保ったりする工夫が求められるでしょう。
場合によっては専門家のカウンセリングを受け、人間関係に起因するストレスを減らす努力も健康投資の一つと言えるかもしれません。
研究者らは、高齢化社会において対人関係のストレスを軽減することが健康的な老化につながる可能性が高いと指摘しています。
「人に恵まれるか否か」が私たちの老化スピードに影響するという示唆は、多くの人にとって思い当たる節があるのではないでしょうか。
日々接する相手が自分に与える影響を見つめ直し、時には関係の断捨離を検討することも、健康長寿戦略の一環と言えそうです。
元論文
Negative Social Ties as Emerging Risk Factors for Accelerated Aging, Inflammation, and Multimorbidity
https://doi.org/10.1101/2025.05.23.25328261
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部