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高齢者の80%近くがトキソプラズマを保有している可能性がある


近年、社会の中で「高齢者のトラブル」が注目される場面が増えています。

消費者センターの相談件数では2022年時点で、65歳以上の高齢者が約30%を占めており、全年齢層で最多となっています。

店頭で直接店員に文句を付けていたり、電車内などで直接相手に注意をしてトラブルになっている高齢者を見かけたという人も多いかもしれません。

もちろんすべての高齢者に当てはまる問題ではありませんが、「高齢になると怒りっぽくなったり、衝動的な言動が増える」という印象は、現代に限らず社会全体で共有されており、その行動の背景には、加齢による脳の萎縮や前頭葉の働きの変化、また世代による価値観の変化などが複雑に絡んでいると考えられています。

しかし、この問題にはこれまで予想されてきた内容とは、まったく異なる“意外な要因”が潜んでいる可能性があるかもしれません。

ドイツのライプツィヒ大学(Leipzig University)のマルコ・ゴツォル(Marco Goczol)氏は、トキソプラズマ・ゴンディイ(Toxoplasma gondii)というごくありふれた寄生虫が、人間の性格や行動に微妙な影響を与えている可能性について報告しています。

その中で、彼は特に高齢者の感染率は50%を超える可能性があり、その感染が「攻撃性の増加」や「衝動性の強まり」といった行動の変化と結びついているかもしれないと報告しています。

この研究の詳細は、2025年5月付けで科学雑誌『Frontiers in Psychiatry』に掲載されています。

目次

  • 性格を変化させる寄生虫トキソプラズマ
  • 寄生虫トキソプラズマは高齢者ほど保有率が高い

性格を変化させる寄生虫トキソプラズマ

Credit:Canva

トキソプラズマ・ゴンディイ(Toxoplasma gondii)は、ネコを“本来の宿主”とする寄生虫です。しかし、実際にはネコだけでなく、人間を含む多くの哺乳類にも感染することがわかっています。

この寄生虫は通常、加熱不十分な肉や猫の糞に触れた手を通じて体内に入ります。しかも感染しても健康な人には症状がほとんど出ないため、感染に気づかずに一生を過ごす人が多いのです。

そのため、ネコが生活に深く入り込んでいる人間社会では、気づかぬうちにこの寄生虫が入り込んでおり、日本では成人の約10〜20%、ヨーロッパでは成人の約32%が感染敷いているという報告もあります。

とはいえ、何も症状がないなら別にいいではないか、と思えますが、実のところこのトキソプラズマ、ただの“おとなしい寄生虫”ではないようです。

驚くことに、脳に入り込み、長期間にわたって神経に寄生し続けることで、人間の行動や性格に影響を与えているかもしれないというのです。

特に注目されているのが、リスクを取りやすくなったり、衝動的になったり、時には攻撃性が高まるような変化です。

もともとこの不思議な行動変化は、動物で先に観察されていました。

たとえば、ネズミがトキソプラズマに感染すると、天敵である猫の尿のにおいを恐れなくなります。

普通のネズミなら猫の気配に敏感に反応し、逃げようとするはずですが、感染したネズミはむしろ好奇心を示し、近づいてしまうことがあります。

そのためこの現象は「致死的な魅力(fatal attraction)」と表現されることもあります。

トキソプラズマにとって、ネズミが猫に食べられれば、自分がまた猫の腸内に戻れて繁殖できる。つまり、宿主(ネズミ)の行動を巧みに操ることで、自分の生存と拡散を図っているわけです。

そして今回の研究では、人間にも似たような“微妙な行動の変化”が起きている可能性を掘り下げようとしました。

研究を行ったのは、ライプツィヒ大学(Leipzig University)のマルコ・ゴツォル(Marco Goczol)氏です。

彼は過去に行われたさまざまな研究報告をもとに、トキソプラズマ感染と人間の性格や行動の関連性について総合的に分析を行いました。

特に注目されたのは、「ドーパミン」と呼ばれる脳内物質との関係です。

ドーパミンは、人がやる気を出したり、報酬を感じたり、衝動的な行動を取るときに関わる神経伝達物質です。

トキソプラズマは、このドーパミンの産生を刺激する酵素を持っており、感染した細胞内でドーパミンを増やしてしまう可能性があるのです。

つまり、感染によって脳内のドーパミン量が変わることで、人の性格や反応の仕方に変化が起こるかもしれないというわけです。

ゴツォル氏らは、過去の複数の疫学調査や神経行動学のデータを再検討し、感染者に見られる傾向として、リスクを避けずにとる傾向、反応速度の低下、衝動的な判断、抑制の効かない衝動的行動や攻撃性の増加などが挙げられると指摘しています。

いくつかの研究では、トキソプラズマに感染している人ほど、リスクの高い運転行動や他人との衝突を起こしやすいことが報告されています。

そして気になるのが、トキソプラズマの年齢層における感染率の違いです。

寄生虫トキソプラズマは高齢者ほど保有率が高い

Credit:Canva

今回の研究をまとめたゴツォル氏は、過去の疫学調査を引用しながら、年齢とともに感染率が高まる傾向があることを指摘しています。

これは決して不思議なことではありません。

というのも、トキソプラズマに一度感染すると、たとえ症状がなくても体内には長期間にわたって寄生虫が残り続けるためです。

感染しても気づかず、そのまま年齢を重ねれば重ねるほど、感染者として統計に含まれる可能性が高くなっていくのです。

実際調査によっては、ヨーロッパの一部の国では、高齢者の最大80%近くが感染している可能性があるという報告もあります。この数字はあくまで一部の国の高齢層に限定した予想ですが、それでも高齢者ほど感染率が高い可能性があるという傾向は無視できません。

そして、ここで重要なのは「年齢を重ねること」と「トキソプラズマの感染」が、どちらも行動や感情のコントロールに影響を与える可能性を持っている、という点です。

高齢期になると、脳の前頭葉の働きが弱まってきて、感情の抑制が難しくなったり、判断のスピードが落ちたりすることが知られています。

そこにもし、トキソプラズマ感染によって脳内ドーパミンの調整が変化していたら――

たとえば、ちょっとしたことでカッとなったり、強い言葉を投げつけてしまったり、冷静な判断がしにくくなるといった変化の背景には、加齢だけでなく、こうした見えない寄生虫の影響も関わっているのかもしれません。

また、Flegrら(2002)のケース–コントロール研究では、潜在感染者は非感染者に比べて交通事故を起こすリスクがおよそ2倍になることが報告されています。

Credit:Canva

もちろん、高齢者の行動の変化がすべてトキソプラズマのせいで起きる、というわけではありません。

先程述べた通り、加齢による脳の萎縮や前頭葉の働きの変化、また世代による価値観の変化などが複雑に絡んでいるのは確かです。

ただあくまで高齢に従い「怒りっぽさ」や「衝動性」が増加する要因の1つとして、トキソプラズマの影響は注意すべきかもしれません

これまで「年のせい」「性格の問題」「脳の衰え」とされてきた行動の一部が、実は“生物学的な感染”によって影響を受けているとしたら、それは私たちの見方を大きく変えることになるでしょう。

そしてこの研究は、私たち自身の行動や、身近な人の性格の変化について、より多角的に理解するヒントを与えてくれます

では、トキソプラズマの感染を防ぐにはどうすればよいのでしょうか。

これは基本的には猫の糞に含まれるオーシスト(原虫が外殻で包まれ、土壌中で数カ月生存する形態)が感染源になります。そのためガーデニングや猫のトイレ掃除の際には手袋を使い、手洗いを徹底することが感染リスクを下げる可能性があります。

公園の砂場は、よくネコの糞便が警戒されていますが、ここも感染源になる可能性があります。

現在、トキソプラズマの完全な除去を目的とした治療法は存在しておらず、感染してもほとんどの場合は無症状のまま経過します。

ですが、だからこそ「感染しているかもしれない」という前提で、自分の行動や思考の変化に敏感になることも、現代を生きる私たちにとって必要なのかもしれません。

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参考文献

Toxoplasma Parasite Influences Personality and Aggression

Toxoplasma Parasite Influences Personality and Aggression
https://neurosciencenews.com/brain-parasite-personality-29480/

元論文

Sexually aggressive behavior triggered by parasitic infection – how parasites can influence our personality
https://doi.org/10.3389/fpsyt.2025.1555024

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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