銀行口座から光熱費を支払い、趣味に少しお金を使って、たまには旅行に出かける。
そんな日々の金融行動が、将来の認知症リスクを早期に知らせる「サイン」になっているかもしれません。
このほど、英ノッティンガム大学(University of Nottingham)らの最新研究で、銀行データに表れる行動変化が最大10年前から認知機能の低下を示している可能性があると発表されました。
では、お金の使い方がどのように変化したら、認知機能が低下している兆候を言えるのでしょうか?
研究の詳細は2025年6月13日付で学術誌『JAMA Network Open』に掲載されています。
目次
- 「お金の使い方」に認知症のサインがあった⁈
- 認知症と診断される10年前から異変が?
「お金の使い方」に認知症のサインがあった⁈
研究の対象となったのは、2009年から2023年のあいだに収集されたイギリスの大手銀行による約14年分の金融データです。
分析では、認知機能の低下により成年後見制度(※)を利用することになった人々1万6742人と、年齢や性別、収入などの条件を一致させた対照群5万人超の金融行動が比較されました。
(※ 成年後見制度とは、認知症や知的・精神障害などによって判断能力が不十分な人を保護・支援するための制度のこと。
具体的には、本人の代わりに銀行の財産を管理したり、契約などの法律行為を行ったり、不利益な契約を取り消したりする。)
データ分析の結果、後見登録の5年前の時点ですでに、微細ながらも明確な行動の違いが現れていたのです。

たとえば、のちに認知症と診断された人々には次のような金融行動の変化が観察されました。
・旅行への支出が9.6ポイント減少
・趣味(園芸など)への支出が7.9ポイント減少
・衣類など身の回り品への支出が9.1ポイント減少
・オンラインバンキングの月間ログインが平均1回減少
一方で、以下のような行動はむしろ増加していました。
・家庭の光熱費への支出が5.1ポイント増加
・動物保護団体などへの寄付が1.1ポイント増加
・暗証番号(PIN)の再設定やカード紛失の報告が顕著に増加
これらはすべて、日々の生活のなかで当人や周囲が「気づきにくい変化」でありながら、確実に金融的な判断力や注意力の衰えを映し出していたのです。
研究者らは「外出や趣味といった社会的活動への関与が減り、自宅にこもる傾向が強まることが、認知機能低下の表れ」と解釈しています。
それにより、光熱費などが増加しやすくなったと考えられます。
認知症と診断される10年前から異変が?

本研究では「詐欺被害の報告数の増加」や「暗証番号(PIN)リセットの頻度上昇」など、金融的なミスや脆弱性の兆候も明らかになっています。
とくに驚くべきは、こうした異変が、正式に認知症と診断されて治療介入が始まるより最大10年前から少しずつ始まっていたという点です。
つまり、家族や医師が気づくよりもずっと早く、銀行のデータ上には“異常”が現れていた可能性があるのです。
これを受けて研究主任のジョン・ギャザーグッド教授は次のように語っています。
「社会として、もっと早くから金融能力の喪失リスクに気づき、支援を始める必要があります。銀行が持つ行動データは、早期発見の鍵になり得るのです」
もちろん、個人のプライバシーやデータ利用の倫理的配慮は欠かせません。
しかし、もしも適切な制度設計と運用ができれば、銀行データという場所が未来の認知症予防の最前線になるかもしれません。
参考文献
Banking data reveals early warning signs of cognitive decline in older adults
https://medicalxpress.com/news/2025-06-banking-reveals-early-cognitive-decline.html
元論文
Early Behavioral Markers of Loss of Financial Capacity
https://doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2025.15894
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部