「青いバラ」は存在しないという話はよく耳にします。
そのため青いバラは“夢や奇跡の象徴”とされ、詩や小説にも登場しました。
バラの品種改良が驚くほど進んだ現代においても、真に青いバラはいまだ作られていません。市場で「青いバラ」として売られているものの多くは、白い花を人工的に染色したものです。
2004年には日本のサントリーとオーストラリアのフロリジン社が共同開発した「アプローズ(Applause)」というバラが、世界で初めて青色色素デルフィニジンを導入した遺伝子組み換え品種として発表されました。しかし、これも「青紫」に近い色合いであり、一般的にイメージされる鮮やかな青ではありません。
これはなぜなのでしょうか? なぜ赤や黄、白のバラはあるのに、「青いバラ」だけは長らく不可能だったのでしょう?
その答えを探るには、そもそも自然界に「青」は少ないということ、そして「青」という色がどのように作られているのかを理解する必要があります。
ここでは、「自然界に青が少ない」理由と、それを解き明かそうとしてきた科学者たちの試みを紐解いていきます。
目次
- 自然界には「青が少ない」
- 生物にとって青色を作ることが難しい理由
自然界には「青が少ない」

空や海のように、自然界には青く見える風景は多くありますが、実際に「青い色素」を持つ生物となると、極端にその数は限られます。
この事実は、19世紀から20世紀にかけて博物学や植物学の分野で経験的に知られていました。たとえば、被子植物の中で青い花を咲かせる種は全体の10%未満しかなく、また青く見える動物の多くから、「青い色素が見つからない」という観察も文献上に記録されており大きな謎となっていました。
青い色素がないという理由については、20世紀後半の光物理学が進歩したことで、生物の羽や鱗の表面にある微細な構造が光の干渉によって作る色「構造色」であることがわかってきました。
このように、「生物には青い色素がほとんど存在しない」という事実は、長年の観察から研究者の間で経験的に指摘されてきました。
そして012年に、フランス・ソルボンヌ大学(Sorbonne University)とナミュール大学(University of Namur)の研究者、プリシラ・シモニス氏とセルジュ・ベルティエ氏が、実際に自然界に存在する青の発現メカニズムごとに「青く見える生物」を整理し、生物の青の発色には、光の干渉や散乱によって青色を生み出す「構造色」と、色素分子による「化学的発色」による2系統に大きく分類でき、自然界で観察される“青い色”の大半が、実は構造色によるものであることを系統的に明示したのです。
つまり、「青い生物が少ない」という経験的な指摘は、統計的にも正しく、実際に生物は青の色素を作ることが難しく、それゆえ構造色が代替手段として進化上選ばれていたことがわかったのです。
この観点から「なぜ青色だけが希少なのか」を改めて問い直した研究が、2021年に発表されたイギリスのジョン・イネス・センター(John Innes Centre)による分子植物学の報告です。
この研究は、植物が青色を生み出す際に要求される化学的条件が、他の色に比べてはるかに複雑であることを分子レベルで実証しました。
では具体的に、どのような条件で生物は青を生み出すことが難しくなっているのでしょうか?
生物にとって青色を作ることが難しい理由
現在、植物の花弁において“青く”見える色をつくる代表的な色素は、アントシアニン(anthocyanin)と呼ばれる水溶性色素です。その中でも特に、デルフィニジン(delphinidin)というタイプのアントシアニンが青色を発現する鍵を握っているとされています。
ところが、このデルフィニジンで安定した青色をつくり出すには、いくつもの条件が同時に満たされなければなりません。

第一に重要なのは、植物の細胞内にある液胞(細胞の中にある袋状の構造)のpH(酸性度)が、ややアルカリ性(=弱い塩基性)であることです。多くの植物では液胞は弱酸性であるため、それだけで青色は発色しにくくなります。
第二に、デルフィニジンは金属イオン――たとえばマグネシウム(Mg²⁺)やアルミニウム(Al³⁺)など――と結合して「錯体(さくたい)」と呼ばれる化学構造を作る必要があります。この結合が安定すると電子の状態が変化して青色の光を反射しやすくなることがわかっています。
第三に、他の色素分子や補助分子、たとえばフラボノールやフェノール酸などと協調して働く「共色素作用(きょうしきそさよう/copigmentation)」が不可欠です。これは色素だけでは実現できない発色を、他の分子と協力して達成するしくみで、微妙な分子の配置やバランスがものをいいます。
つまり、青色を発現するには
- 液胞のpHバランス
- 金属イオンの存在
- 他分子との精緻な相互作用
この3つの条件が「同時に」「適切に」整わなければなりません。
ジョン・イネス・センターの研究によれば、こうした条件は自然界ではきわめて稀にしか整わないため、青い花は全体の中でも非常に少数派にとどまっていると報告されています。
また、遺伝的にデルフィニジンを作れる植物であっても、上記のような生理的環境が整っていなければ、青ではなく赤紫やピンクなどに発色してしまいます。
ここで注目すべきは、赤や紫、黄色の発色に比べて、青ははるかに“面倒”であるという点です。 赤や紫は、液胞が弱酸性であれば比較的安定して発色しますし、黄色をつかさどるカロテノイドという色素も、細胞内で自然に蓄積されやすく、特別な金属イオンや共色素との結合を必要としません。
つまり、青だけが、分子構造、化学反応、細胞環境など、いくつもの条件が揃わなければ見えない「特別扱いの色」なのです。
このように、青は単なる「色のバリエーション」ではなく、分子レベルで極めて精密な生化学的条件がそろったときようやく現れる色なのです。

私たちが自然界で見ている「青」という色は、思っている以上に特別な存在です。
青い色素は分子レベルで繊細な化学的相互作用が必要あり、青いヤドクガエルや、モルフォ蝶のような青く見える生物の報告はありますが、これらは表面の微細構造が作る構造色という光のマジックです。
これは青い色素を生むより、青が表現したければ構造色を使った方が進化上も容易だったということを意味するでしょう。
青いバラが存在しない――それは単なる未発見の花ではなく、生命の設計原理そのものに深く関わる、生物学的な必然だったのです。
だからこそ、人工的に青を再現しようとする試みが、今なお研究者たちを魅了し続けているのかもしれません。
元論文
Natural Blues: Structure Meets Function in Anthocyanins
https://doi.org/10.3390/plants10040726
The blue palette of life: A comprehensive review of natural bluish colorants with potential commercial applications
https://doi.org/10.1016/j.foodres.2024.115082
How Nature Produces Blue Color
http://dx.doi.org/10.5772/32410
ライター
朝井孝輔: 進化論大好きライター。好きなゲームは「46億年物語」
編集者
ナゾロジー 編集部