小さな生物に秘められた力は、よりミクロなシーンでこそ真価を発揮するのかもしれません。
オーストラリア、RMIT大学(RMIT University)の研究チームは、ノミなどの昆虫が驚異的なジャンプ力を発揮する秘密のタンパク質「レジリン」を人工的に模倣し、それを使った抗菌コーティングを開発。
このコーティングは細菌の付着を100%防ぎ、医療機器における感染リスクを大幅に低下させる可能性があります。
研究の主催は、2025年5月7日付の『Advances in Colloid and Interface Science』誌に掲載されました。
目次
- ノミの跳躍タンパク質「レジリン」を模倣
- 細菌を100%跳ね返すコーティングの開発に成功
ノミの跳躍タンパク質「レジリン」を模倣
医療機器における感染リスクは、現代の医療における深刻な課題の一つです。
とくに体内に埋め込まれるインプラントに付着する細菌は感染症をもたらす場合があります。
感染対策を講じたとしても、手術後のインプラントに細菌が見つかることがあるのです。

そこで近年注目されているのが、「そもそも細菌を表面に寄せ付けないコーティング」の開発です。
今回の研究チームが着目したのが、昆虫の関節に存在する“レジリン(Resilin)”というタンパク質でした。
レジリンは、ノミやバッタ、ハチなどの関節部分に存在し、驚異的なジャンプや羽ばたきを可能にする高弾性タンパク質です。
例えばノミのいくつかの種は、自身の体長の200倍もの高さにジャンプすることができます。
その際に脚の関節に蓄えられたレジリンがバネのようにエネルギーを開放することで、この離れ業を可能にしています。
また、ミツバチや蚊のような小さな昆虫が毎秒何百回も羽ばたくことができるのも、レジリンの存在が大きく関わっています。
こうした天然レジリンの持つ機能性を参考に、研究チームは人工的に合成された「レジリン模倣ポリペプチド(RMP)」を設計し、抗菌コーティング剤としての応用が試みました。
細菌を100%跳ね返すコーティングの開発に成功

新しく開発された「レジリン模倣ポリペプチド(RMP)」は、天然のレジリンと同じく、優れた弾力性と生体適合性を持っています。
しかも人工的に作られているため、特定の目的に合わせて調整することも可能です。
そこで研究チームは、このRMPを利用していくつかの種類の抗菌コーティングを開発しました。
そして、これらのコーティングの性能を試しました。
院内における細菌感染の一般的な原因である大腸菌に24時間曝したのです。
その結果、あるコーティングでは安全に細菌を100%撃退できると分かりました。

コーティング剤は表面への細菌の付着を防ぎ、人体への毒性も示さなかったのです。
このコーティング剤はインプラント、創傷被覆材、カテーテルなどへの応用が期待されています。
とはいえ研究チームによると、他の有害な細菌に対してどんな効果を発揮するかを確認する必要もあり、今後更なるテストが必要とのことです。
小さなノミの脚に秘められたバネの力が、ミクロの世界で命を守る防御壁へと進化する——。
そんな未来に期待したいものです。
参考文献
100% of bacteria bounce off surfaces coated with “flea-jumping protein”
https://newatlas.com/medical-tech/resilin-mimetic-surface-coating-antibacterial/
Insect protein blocks bacterial infection
https://www.rmit.edu.au/news/all-news/2025/jun/antibacterial-resilin
元論文
Nano-structured antibiofilm coatings based on recombinant resilin
https://doi.org/10.1016/j.cis.2025.103530
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部