地球の中心部にある核は、わたしたちの足元よりはるかに豊富な金や白金族元素を蓄えた“究極の金庫”だと考えられています。
地球全体の金のおよそ99.999%以上が、厚さ約3000 kmのマントルの下に隠れた金属核に集中しているという推定もあります。
ところが、この巨大な金庫からごく微量の貴金属成分が漏れ出し、深部マントルを経てハワイの溶岩にまで到達している可能性が浮上しました。
ドイツ・ゲッティンゲン大学(UGOE)の研究チームは、ハワイ島の火山岩に含まれるルテニウムとタングステンの同位体比を超高精度で測定し、核由来の貴金属ルテニウムを“指紋”として初めて確認したと報告しました。
核由来の貴金属が地球表面に含まれている結果は、かつて地球の奥深くに沈んだと思われていたものたちが、予想よりも遥かに表層部に出現できることを示しています。
ある意味で地球表面は予想以上に核と物質のやり取りをしていたと言えるでしょう。
研究者たちはこの発見を「文字どおり金脈を見つけたようだ」との言葉で表現し、地球内部ダイナミクスへの新たな窓を開いたと強調しています。
研究内容の詳細は2025年5月21日に『Nature』にて発表されました。
目次
- 金はどこへ消えた? 隕石説 vs. リーク説の最終ラウンド
- 核に沈んだはずの貴金属が地表に出てくる
- 掘れない金、動く地球—深層リークが語る資源と惑星進化
金はどこへ消えた? 隕石説 vs. リーク説の最終ラウンド

地球の内部は大きく分けて核・マントル・地殻の三層構造になっています。
中心部の核は主に鉄とニッケルなどの金属でできており、岩石質のマントルと明瞭に性質が異なります。
実は、私たちが普段目にする金などの貴金属のほぼすべては、この金属核に集中していると考えられています。
地球がまだ「溶けた火の玉」だった46億年前、鉄はマグマの海を沈みこみ、金やルテニウムなど貴金属を道連れにして核をつくりました。
そのため核は途方もない貴金属庫となり、もし掘り出せれば地球全土を50 cmの金メッキで包めるとまで言われます。
では、地表に存在するわずかな金は一体どこから来たのでしょうか?
従来の説は、地球形成後期の隕石の衝突によって後から供給されたというものです。
一方で近年になって現れたもう1つの説では、地球内部からの“リーク”、つまり核そのものから金属が漏れ出してマントルを通じ運ばれてきたというものです。
例えばカナダ・バフィン島の火山岩からは通常よりヘリウム3が多く検出され、タングステンにも異常が見つかっています
これまでヘリウム(3He⁄4He)やタングステン(182W⁄184W )などの同位体の異常から「核の匂い」として議論されましたが、これらはマントル由来でも起こり得るため決定打になりません。
そこでドイツ・ゲッティンゲン大学のニルス・メスリング氏ら研究チームは、核とマントルで明確に濃度の違う元素に着目しました。
それが白金族の希少な金属元素で、地球の核に濃縮されているルテニウムです。
研究チームは、この元素のごくわずかな“指紋”を追跡することで、核からの物質がマントルや火山を通じて地表に達しているかどうか確かめようとしたのです。
核に沈んだはずの貴金属が地表に出てくる

ハワイ諸島は太平洋プレート上の「ホットスポット」と呼ばれる地点に位置し、地球深部から湧き上がるマグマの柱(マントルプリューム)が地表に現れる場所だと考えられています。
そのためハワイの火山岩は、地球内部の奥深く、場合によっては核付近に由来する物質を含んでいる可能性があります。
メスリング氏らはハワイで産出した玄武岩質の溶岩サンプルを採取し、最新の分析技術を用いてその同位体組成を調べました(※同位体: 原子は同じ元素でも中性子の数が異なると質量が変わり、違う「同位体」として区別される)。
特に注目したのは、ルテニウム元素の中でも質量数100の同位体「ルテニウム100」です。
これらの同位体は地球の核とマントルとで存在比にわずかな差があることが予測されていました。
するとハワイの火山岩ではルテニウム100の割合(同位体比)がわずかに高いことが明らかになりました。
この微小なズレ(同位体比の違い)は、溶岩が地球深部の特殊な物質を取り込んだ“痕跡”であると考えられます。
実際、地球の核には地殻やマントルよりもわずかに多い割合のルテニウム100が含まれているため、核由来の物質が混ざれば溶岩中のルテニウム同位体比に影響を及ぼすはずです。
今回ハワイの試料から見つかったわずかに高いルテニウム100の信号は、その岩石が核—マントル境界付近に起源を持つことを示すものです。
さらに同じ試料ではタングステン182の同位体比にも通常のマントルでは説明できないわずかな偏り(非放射性寄りの組成)が検出されました。
タングステン自体は核に豊富ですが、182W/184W 比が核とマントルでわずかに異なります。
ルテニウムとタングステン、二つの元素の指紋がそろって示すもの──それは地球の核から漏れ出した物質がハワイのマグマに混ざっていたという結論でした。
掘れない金、動く地球—深層リークが語る資源と惑星進化

このことは地球化学的な好奇心を刺激するだけでなく、私たち人類にとって身近な貴金属資源にも意外なルートがあった可能性を示唆します。
例えば、私たちが日頃利用している金や白金(プラチナ)などの一部は、太古の地球の核に閉じ込められていたものが何億年もの歳月を経てマントルから里帰りしてきたものなのかもしれません。
もっとも、だからといって核から漏れ出た金が今すぐ大量に採掘できるわけではありません。
これらの元素が地表にもたらされるのは非常にゆっくりとしたプロセスであり、現実的に人類が地下2900kmの核まで掘り進んで宝を取り出すこともできないでしょう。
それでも、この発見は地球内部のダイナミクスを理解する上で大きな一歩です。
メスリング氏は「今日観測されたようなプロセスが過去にも作用していたかどうかは、まだ証明が必要です。しかし我々の発見は、私たちの惑星の内部ダイナミクスの進化に関して、まったく新しい視点を提供します」と述べています。
今後、ハワイ以外のホットスポット火山(例えばアイスランドや日本列島)の岩石を詳しく調べれば、核からマントルへの“リーク”がどれほど普遍的な現象なのか、さらに理解が深まるかもしれません。
もしかするとこの地球深部からの貴重な贈り物という現象は、地球だけでなく他の岩石惑星にも共通するメカニズムなのかもしれません。
地球という惑星の内側には、まだまだ未知のドラマが隠されているようです。
参考文献
Tapping into the World’s largest gold reserves
https://www.eurekalert.org/news-releases/1084960
元論文
Ru and W isotope systematics in ocean island basalts reveals core leakage
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09003-0
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部