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呼吸術は脳活動を同期させ「集中と記憶」を容易にする


最新の研究により、呼吸と脳活動の密接な関係が科学的に解明され始めています。ブラジルのリオグランデ・ド・ノルテ連邦大学の研究によれば、鼻呼吸のリズムが脳内の神経細胞を同期させ、記憶・情動・集中力に影響を与える可能性が示されています。呼吸によって生じるリズムは、脳内の様々なレベルの活動に影響を与え、特に鼻からの呼吸が重要な役割を果たしていることがわかってきました。また、深呼吸が情動や認知機能にポジティブな影響を与えることから、呼吸エクササイズが集中力や記憶力を高める手段としての可能性が注目されています。これらの発見は、深呼吸が心身に及ぼす効果に科学的な裏付けを与えるものです。

深呼吸をすると気持ちが落ち着き頭が冴える――そんな経験はありませんか?

実はこれは気のせいではないようです。

呼吸と脳活動の意外な関係が、最新の神経科学研究で明らかになってきました。

ブラジルのリオグランデ・ド・ノルテ連邦大学(UFRN)で行われた研究によって、鼻から吸って吐くリズムが脳内の神経細胞が同期し、その結果として記憶や情動、集中力といった高次機能に影響を及ぼしている可能性があるのです。

私たちが無意識に繰り返す「息」が、脳全体にリズミカルな波を送り、文字通り「全集中」を生み出しているのかもしれません。

研究内容の詳細はに2025 年 4 月 9 日『Nature Reviews Neuroscience』にて発表されました。

目次

  • ヨガの知恵をサイエンスで解剖:呼吸×脳波研究の最前線
  • 深呼吸一つで脳が覚醒する――最新研究が示す呼吸術の科学
  • “脳メトロノーム”としての呼吸——応用は瞑想から仕事術まで

ヨガの知恵をサイエンスで解剖:呼吸×脳波研究の最前線

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Credit:clip studio . 川勝康弘

古くからヨガや座禅などで「呼吸に意識を向ける」ことで心身を整える技法が知られてきました。

近年になって科学者たちは、こうした呼吸法の効果に脳科学的な裏付けを求め始めました。

かつて脳のリズムと言えば脳内部で生み出される脳波(アルファ波やガンマ波など)が注目されていましたが、呼吸という身体のリズムが脳活動に影響を与えるという視点が徐々に注目を集めるようになったのです。

呼吸と脳のつながりに注目する動きは、嗅覚の研究から始まりました。

動物は匂いを嗅ぐ際に鼻で呼吸し、そのリズム(いわゆる「スニッフ(sniff)」)に合わせて嗅球という脳部位で神経活動の振動が生じることが以前から知られていました。

しかし2010年代に入り、嗅覚とは無関係と思われる脳領域でも呼吸に同期した振動が見つかり始めます。

2014年にはマウスの体性感覚野(ヒゲからの感覚を処理する皮質領域)で、呼吸と連動したデルタ波やガンマ波活動が報告されました。

これは嗅覚や呼吸の制御に直接関与しない領域でも、呼吸リズムにロックした(同調した)脳波が生じうることを示した先駆的な発見でした。

その後の研究で、この「呼吸同期」現象は脳の広範な領域に及ぶことが判明します。

2016年前後には、マウスの海馬(記憶形成に重要な領域)で呼吸に伴う独自のリズムが検出され、従来知られていたシータ波とは異なることが示されました。

また前頭前野(意思決定や注意に関わる領域)でも、呼吸に由来する約4Hzの振動活動が見つかかっています。

2018年には、自由に行動するラットで嗅球の呼吸リズムにさまざまな離れた皮質領域の活動が位相同期していることが示され、呼吸位相(吸う・吐くのタイミング)が脳全体に広がるグローバルな同期信号となりうることが示唆されました。

こうした個別の発見が積み重なり、「呼吸のリズムが脳活動をグローバルに調整している」という見方が強まってきたのです。

この流れを受け、ブラジルのAdriano Tort博士ら国際チームが2025年にまとめたのが『Nature Reviews Neuroscience』誌掲載の総説論文「Global coordination of brain activity by the breathing cycle」(呼吸周期による脳活動の全球的協調)です。

本総説の目的は、近年蓄積された呼吸と脳波・行動に関するエビデンスを整理し、呼吸リズムがどのように脳内の様々なレベルの活動を同期させるか、その生理学的な仕組みと意義を論じることにありました。

深呼吸一つで脳が覚醒する――最新研究が示す呼吸術の科学

深呼吸一つで脳が覚醒する――最新研究が示す呼吸術の科学
深呼吸一つで脳が覚醒する――最新研究が示す呼吸術の科学 / 図1は、呼吸というシンプルな身体リズムがどのようにして脳の隅々まで波及していくかを“ズームアウト”するかたちで示したものです。まず最もミクロな視点では、吸った瞬間に鼻粘膜が機械的に刺激され、その信号が嗅球に届くと個々のニューロンの膜電位がわずかに脱分極し、スパイク(神経の「発火」)が起こりやすくなります。これが細胞レベルの揺らぎです。次に数百〜数千個のニューロンが集まる局所回路のレベルに目を移すと、それぞれの細胞が呼吸のタイミングで同時に発火しやすくなるため、デルタやガンマといった脳波の振幅や位相が吸気・呼気で揺れ動きます。さらに解像度を落として脳全体のネットワークを俯瞰すると、離れた領域同士の活動の「山」と「谷」が呼吸ごとに揃い、海馬と前頭前野、扁桃体などが同じリズムで“会話”を交わしている様子がわかります。/Credit:Nature Reviews Neuroscience

上の図は、呼吸リズムがニューロンから脳全体まで様々なレベルの活動に影響を及ぼす様子を示しています。

上段に示した波形が呼吸(吸息・呼息)のリズムです。

このリズムに同期して、細胞レベルでは単一ニューロンの膜電位が変動し(スパイクと休止状態の繰り返し)、ニューロン集団レベルでは多数の神経細胞の発火タイミングが揃っていきます。

局所回路レベルでは、脳波として観測されるゆっくりした振動(例えばデルタ波)と高速の振動(ガンマ波)が呼吸に合わせて振幅や位相を変化させます。

さらに脳全体のネットワークレベルでは、離れた脳領域同士の活動が呼吸の位相にしたがって同期し、ネットワークのつながり方にもリズミックなパターンが現れることが示されています。

言い換えれば、吸って吐くたびに生じる鼻からの感覚刺激が脳回路に波及し、ニューロン集団を呼吸の周期に同期させつつ、高周波の脳波(ガンマ波など)の振る舞いや神経細胞同士の連携(セルアセンブリの形成)、脳領域間の情報伝達を調整していると考えられるのです。

具体的な実験結果も数多く報告されています。

例えば、ノースウェスタン大学の研究では、てんかん患者の脳内電極記録を用いて人間の大脳辺縁系(扁桃体や海馬など)のニューロン活動が呼吸(特に鼻呼吸)に同期して変動することが示されました。

興味深いことに、この研究では呼吸の位相が人間の認知・感情処理に影響を与えることも明らかになりました。

被験者に恐怖表情か驚き表情の写真を一瞬見せてそれがどちらか判断させるテストでは、鼻から息を吸い込んでいる瞬間の方が、吐いている時よりも恐怖の表情を素早く正確に見分けることができたのです。

また記憶テストでは、吸気時に提示された物体の画像の方が呼気時より思い出しやすいという結果が得られました。

しかし、この効果は口呼吸の場合には消えてしまいました。

「吸う息と吐く息で脳の扁桃体や海馬の活動に劇的な差が生じることが分かりました。

吸う時には嗅内皮質、扁桃体、海馬といった大脳辺縁系のニューロンが刺激されるのです」と研究者の一人であるクリスティーナ・ゼラノ氏は述べています。

この発見は、吸気・呼気のリズムが人間の情動反応(恐怖の察知)や記憶想起にまで影響し、特に鼻呼吸が重要な役割を果たしていることを示唆するものです。

呼吸が情動に及ぼす影響としては、マウスの「恐怖凍り付き反応(フリーズ現象)」に関する報告も興味深いでしょう。

怖い刺激に遭遇したマウスは身動きを止めて固まりますが、その最中、前頭前野には約4Hzのリズミカルな活動(4ヘルツの振動)が出現します。

この4Hzの脳振動は実は呼吸の位相と同期しており、しかも鼻呼吸によって維持されていることがわかりました。

鼻腔を通さない呼吸ではこの前頭前野の振動は消失し、恐怖によるフリーズ状態の持続も妨げられたのです。

さらに近年の研究では、マウスが安全な環境でゆっくり呼吸している安静時には、呼吸由来のゆっくりした振動が脳内でより強く表れることも示されています。

このことは深くゆっくりした呼吸が脳における呼吸同期シグナルを高めうる可能性を示し、瞑想やリラクゼーションで「深呼吸」が重視される理由を生理学的に裏付けるものかもしれません。

一方、呼吸は記憶の形成や整理にも関与しているようです。

ある研究では、マウスが睡眠中に呼吸リズムを通じて海馬と前頭皮質の活動を同期させ、記憶の定着を助けている可能性が報告されました。

通常、覚えたばかりの記憶は海馬に一時保存され、睡眠中に脳全体(新皮質)へと再配置(システム固化)されると考えられています。

この過程には海馬と皮質の同期した活動(「会話」)が重要ですが、マウスにおいて呼吸がちょうどメトロノームのように海馬と前頭前野のリズムを同調させ、記憶固定を手助けしている可能性が示唆されたのです。

このように、本総説がまとめた多くの実験結果は「呼吸が全身に酸素を送るだけでなく、脳内の情報処理や状態維持にもリズムを与えている」ことを示しています。

しかもその効果は種を超えて普遍的です。

ヒトを含む様々な哺乳類で、呼吸のリズムに同期した神経活動が観察されており、それは延髄など呼吸中枢や嗅覚系だけでなく、情動や認知を担う高次の脳領域にも及んでいます。

呼吸が速くなれば脳も広範に速いリズミックな活性化が起こり、呼吸がゆっくりになれば脳波も落ち着く――そんな全身的なリンクが、生物に共通する基本原理として存在しているようなのです。

“脳メトロノーム”としての呼吸——応用は瞑想から仕事術まで

“脳メトロノーム”としての呼吸——応用は瞑想から仕事術まで
“脳メトロノーム”としての呼吸——応用は瞑想から仕事術まで / Credit:clip studio . 川勝康弘

呼吸によって引き起こされるこの「脳のグローバル同期現象」は、どのような意義を持つのでしょうか。

筆者らは論文内で、「吸う・吐く」という呼吸のリズムが進化を通じて脳内ネットワークの機能を形作ってきた可能性に言及しています。

呼吸は生命維持に不可欠な根源的リズムであり、種を超えて存在する現象です。

そのリズムが全身に影響を及ぼすよう生物は設計されてきたと考えれば、脳も例外ではありません。

呼吸によるリズム信号は、全脳に一種のタイミング基準(グローバルな拍子)を与えることで、各部位の活動を協調させる役割を果たしているのかもしれません。

例えば、危険を察知して呼吸が荒く速くなれば、脳の複数領域が同じ速いテンポで連動して働き、瞬時に戦闘モードへと切り替わる。

一方、安静時にはゆっくりした呼吸が脳全体を落ち着いたペースに揃え、記憶の整理や休息に適した状態を作り出す、といった具合です。

この仮説は、呼吸が感情や認知に与える影響とも合致します。

総説によれば、呼吸と脳機能の関連を突き止めるエビデンスは既に数多く揃っていますが、「それが行動や認知、情動のどのような変化につながるのか解明することが今後の課題だ」と著者のトート博士も述べています。

しかし一方で、応用の可能性も見えてきました。

たとえば2016年の研究では、呼吸に意識的に注意を向けるマインドフルネス呼吸瞑想によって扁桃体と前頭前野の結びつきが強まり、情動コントロールが向上することが報告されています。

これは不安やストレスを感じた際に「深呼吸すると落ち着く」といった経験則を裏付ける神経基盤と言えるでしょう。

また、呼吸が脳の広範囲を同期させ認知機能を高めるのであれば、仕事や勉強の前に数分間の呼吸エクササイズを行うことで集中力や記憶力をブーストできる可能性も考えられます。

事実、前述のゼラノ氏らの研究では鼻からの吸息時に認知性能が向上することが示されており、鼻呼吸を意識することで脳の情報処理効率を高められるかもしれません。

総説のタイトルにある「グローバル(全球的)な協調」という言葉どおり、呼吸は脳全体の協奏を司る指揮者のような存在だという視点が、今や現実味を帯びています。

普段は意識しない呼吸ですが、そのリズムに耳を傾け制御することが、脳を最適な状態にチューニングする鍵になるかもしれません。

科学者たちは今後、呼吸による脳同期が具体的に集中力や創造性、メンタルヘルスにどう活かせるかを解き明かしていくでしょう。

もしかすると、「全集中の呼吸」はフィクションの中だけの奇想天外な技ではなく、科学が認めつつある脳と体を繋ぐ自然のメカニズムなのかもしれません。

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元論文

Global coordination of brain activity by the breathing cycle
https://doi.org/10.1038/s41583-025-00920-7

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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