夏休み中は退屈で1日が長く感じたのに、気づけば最終日があっという間に来ていた――そんな経験はないでしょうか。
大人になると「年々時間が早く過ぎる」と感じる人も多いものです。
私たちは時折「時間が飛ぶように過ぎた」と驚きますが、その理由は必ずしも「退屈で何も変化がなかったから」とは限らないようです。
アメリカのカンザス大学(KU)で行われた研究によって、時間が早く感じられる現象には別のメカニズムが関係している可能性が示唆されています。
あなたにとっての“あっという間”は本当に退屈のせいでしょうか?
研究内容の詳細は『Personality and Social Psychology Bulletin』に発表されました。
目次
- 時間が加速する感覚、その意外な理由
- “あっという間”の正体:自己成長が時間を縮める心理トリック
- 時間が飛ぶのは“よく生きた証”──成長没入と憧憬が生む加速現象
時間が加速する感覚、その意外な理由

従来、この時間感覚の「加速」を説明する仮説として、主に次の2つが知られていました。
ルーティン仮説:日々が反復的で新しい出来事が少ないと、記憶に残る出来事の数が減ります。
その結果、後から振り返ると時間が空っぽに圧縮されたように感じられ、「あっという間だった」と認識されるという考えです。
成長欠如仮説:自己決定理論に基づく仮説で、自己成長を感じられない期間は「何も成長しなかった=無駄に過ごしてしまった」という思いから、その期間を短く(価値の乏しいものに)感じてしまうというものです。
(※一方で、辛さや苦しさを感じていた時期は「永遠のように感じられた地獄の日々」のように、期間が引き延ばされたような表現をされることがあります。特に抑うつ状態や無気力状態の時や孤立した状況、痛みが続く状況や疲れがある状況は、時間の進みが遅く感じたと報告されています。)
しかし、こうした説明だけでは「時間があっという間に感じる」現象を十分に説明できないのではないか――。
そう考えた米カンザス大学のMark J. Landau教授ら研究チームは、新たな実証研究に乗り出しました。
この研究では従来説の妥当性を検証するとともに、満足感やノスタルジー(郷愁)といった要因が時間知覚に影響している可能性を探っています。
“あっという間”の正体:自己成長が時間を縮める心理トリック

今回の研究では、大学生と社会人計約2,500人を対象に4件のアンケート調査が実施されました。
参加者は過去1年、大学のある学期、夏休みなど特定の期間を振り返り、それぞれの期間について以下の項目を回答しています。
①期間中の日々がどれくらいルーティン化(単調化)していたか。
②期間を通じてどの程度自己成長(自律性や有能感の向上)を感じたか。
③期間中に記憶に残る出来事がどれだけあったか。
④その期間に対する満足度はどのくらいか。
⑤その期間を振り返ったときに感じるノスタルジー(懐かしさ)の強さはどのくらいか。
そして全体として、その期間がどれほどあっという間に過ぎたと感じるか。
調査の結果、まず「ルーティン仮説」については限定的な支持しか得られませんでした。
4つの調査のうち2つでは、日々がルーティンだったと感じた人ほど時間が早く過ぎたと報告する傾向が見られましたが、他の調査ではその関連は認められなかったのです。
また、ルーティンで出来事が少ないほど記憶も少なくなるはずですが、出来事の少なさ自体は時間感覚の遅さに直結せず、場合によっては出来事が少ないほど時間が早く感じられるケースも見られました。
一方、「成長欠如仮説」(自己成長がない期間ほど時間が早く感じる)は明確に否定されました。
むしろ予想に反して、自己成長が充実していた期間のほうが「あっという間だった」と振り返る参加者が多かったのです。
この予想外のパターンを受けて、研究チームは時間知覚の仕組みについて改めて仮説を練り直すことになりました。
そこで後半の2つの調査では、期間に対する満足感とノスタルジーという感情面の要因に注目し、これらが自己成長と時間知覚の関係を説明しうるか検証しました。
分析の結果、期間への満足度が高い人、およびその期間を強くノスタルジックに感じている人ほど、時間がより速く過ぎたと感じる傾向が明らかになりました。
さらに統計モデルで満足感とノスタルジーの影響を考慮に入れると、自己成長と時間感覚との直接的な関連は消失します。
つまり、自己成長が時間の経過感に与える影響は、満足感とノスタルジーを高めることによる間接的なものだったと考えられるのです。
なお、満足感とノスタルジーでは影響力にやや差がみられ、満足感のほうがわずかに強く時間感覚に寄与していましたが、どちらの要因も有意な効果を持つことが確認されました。
時間が飛ぶのは“よく生きた証”──成長没入と憧憬が生む加速現象

こうした知見を踏まえ、研究チームは「時間があっという間に感じる」理由として新たに二つのメカニズムを提唱しています。
1つは成長没入と呼ばれる仕組みです。
自己成長につながる有意義で挑戦的な活動に没頭しているとき、人は時間の経過に気づきにくくなり、「気づけば時間が過ぎていた」という感覚が生じます。
この説では、そうした活動から得られる満足感によって時間の存在を忘れてしまい、いわば“フロー状態”のようになるため時間が飛ぶように感じられる、と説明します。
もう1つは成長への憧憬です。
自己の成長を遂げた時期を後から振り返ると、その特別で感情的に意義深い期間に対してノスタルジックな憧憬が生まれます。
その結果、その輝かしく印象深い期間がより一層儚く短く感じられるという見方です。
要するに、時間が早く過ぎると感じるのは、退屈で中身がなかったからではなく、むしろその時間が自己成長や満足感に満ちて充実していたからだと言えます。
研究者らはこの感覚をネガティブに捉えるのではなく、「その期間がよく生きられた証である」と前向きに捉え直すべきだと提案しています。
実際、研究チームは「時間が飛ぶように過ぎるのは、それだけ多くを得たからだ」と表現し、人生の加速を嘆くのではなく充実の証しとして再評価するよう強調しています。
人生の時間が駆け足に感じられるのは、ある意味では“よく生きた”結果なのかもしれません。
元論文
Why Life Moves Fast: Exploring the Mechanisms Behind Autobiographical Time Perception
https://doi.org/10.1177/01461672241285270
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部