「この人、信頼していいのかな?」
そんな問いの答えは、その人の“育ち”にあるのかもしれません。
カナダ・ブリティッシュコロンビア大学(UBC)の最新研究により、私たちは他人を信頼するかどうかを判断する際、その人が「お金のない家庭で育った」かどうかを非常に重視していることが明らかになりました。
裕福な出自よりも、苦労して育った過去が他者の信頼を呼ぶようです。
研究の詳細は2025年5月の心理学雑誌『Journal of Personality and Social Psychology』に掲載されています。
目次
- 1900人以上に「信頼ゲーム」を実施
- 貧乏育ちほど信頼されやすかった
1900人以上に「信頼ゲーム」を実施
「信頼は健全な人間関係にとって不可欠です。信頼がなければ、人間関係は破綻し、職場環境も悪化し、社会の分断が進んでしまいます。
では、そもそも何が人に信頼を寄せさせるのでしょうか?」
こう語るのは、ブリティッシュコロンビア大学の心理学教授で本研究主任のクリスティン・ローリン(Kristin Laurin)博士です。
そこで研究チームは今回、この疑問に答えるため、1,900人以上の参加者を対象とした実験を行いました。
焦点となったのは、ある人の「育った環境」や「現在の経済状況」が、他者からどれほど「信頼できそう」と見なされるかという点です。
実験で、参加者は「信頼ゲーム」に参加するよう求められました。
彼らは実際には存在しない架空の人物を「他の実験参加者」と思い込み、その人たちの架空のプロフィールを見せられます。
架空のプロフィールには、公立学校に通っていたりアルバイトをしていたりするなど「お金のない家庭で育った」ことを示すものと、私立学校出身でヨーロッパに旅行に行った経験があるなど「裕福な家庭で育った」ことを示すものがありました。

次にゲーム段階では、参加者(信頼者と呼ばれます)は10枚のくじ引き券を持ってスタートし、2枚の100ドルギフトカードが当たる抽選に参加できるという設定でした。
彼らは、そのくじ引き券のいくつか(あるいはすべて)を、グループ内の「信頼できると思う人物(受託者)」に渡すことができました。
ルールとして、信頼者から受託者に渡されたくじ引き券は3倍に増やされ、受託者はその一部または全部を信頼者に返すことができる、というものでした。
この実験では、「信頼」は2つの側面から分析されました。
ひとつは「行動としての信頼」— 自分のリスクを取って他者に賭ける行動として、つまり何枚のくじ引き券を他人に渡したかで測定されました。
もうひとつは「期待としての信頼」— 相手が誠実に返してくれるという信念です。これは「10枚すべて渡して30枚になったら、そのうち何枚を返してくれると思うか?」という質問で測定されました。
別の実験では、架空のプロフィールを「(過去は入れず)現在だけの経済状況」に合わせて調整し、参加者に他者の道徳性の評価も求めました。
果たして、結果は…?
貧乏育ちほど信頼されやすかった
データ分析の結果、人々は「過去でも現在でも経済的に恵まれない人々」に対して、行動面ではより大きな信頼を示しました。
しかし「本当に信頼できる」と思われていたのは、現在ではなく「過去に貧しい家庭で育った人」に限られていたのです。
「人々は、誰かの“子ども時代”と“今の状況”を明確に区別していることがわかりました」とローリン氏は語ります。
「一般的に、低所得家庭で育った人はより道徳的で信頼できると見なされていました。
一方で、現在貧しい人に対しては、行動としては信頼を寄せることもあるけれど、その信頼が報われるとは必ずしも信じていなかったのです」
この傾向についてチームは「苦労人=誠実」というステレオタイプ的な考えが働き、「苦労した人は誠実」「困難を乗り越えてきた人は信頼できる」といったイメージが持たれやすくなっていたと指摘します。
逆に、裕福な育ちの人に対しては「特権階級=自己中心的」というバイアスが働き、「努力せずに得をしてきたのでは?」「甘やかされて育ったのでは?」といったネガティブな先入観が働いたとが考えられます。

この研究は、人間関係において信頼が重要な場面では、自分の出自をどう見せるかが「戦略的」になる可能性を示唆しています。
「たとえば、ずっと裕福な家庭で育ってきた人は、その背景を強調するより、今どういう人間かにフォーカスしたほうがいいかもしれません。
一方で、経済的に苦労して育った人は、その“謙虚なルーツ”をあえて明かすことがプラスに働く可能性があります」と同氏は述べています。
なおローリン氏は、今回の研究が「低所得者出身の人を信頼しやすい」という傾向を示した一方で、「その人たちが本当に信頼できるかどうか」までは調べていないと注意を促します。
「私たちは、子ども時代や現在の階級が、その人の実際の行動にどう影響するかまでは調べていません」と彼女は話します。
「これは今後の研究課題です。特に、信頼が誤って寄せられる場合や、逆に本来信頼されるべき人が見過ごされる状況を明らかにするために必要です」
実際に、貧乏育ちの人が本当に信頼できて、お金持ち育ちが信頼できないとは限りません。
しかし他者から信頼を得たいなら、小さい頃は貧乏だった人はそれを不自然にならない範囲でアピールし、お金持ち育ちの場合は隠しておいた方がいいのかもしれません。
参考文献
Why we trust people who grew up with less
https://phys.org/news/2025-05-people-grew.html
元論文
Trust and Trust Funds: How Others’ Childhood and Current Social Class Context Influence Trust Behavior and Expectations
https://doi.org/10.1037/pspi0000497
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部