ブラジルのリオグランデ・ド・ノルテ連邦大学(UFRN)で行われた臨床試験によって、吸入型の幻覚剤DMTを一度きり投与したところ、治療抵抗性うつ病の患者71%が翌日までに寛解レベルに達し、深刻な自殺念慮を示す人はゼロになったことが示されました。
効果は最長3か月持続し、従来薬よりはるかに速い“即日改善”を示唆しています。
この画期的な結果は、既存の治療で改善しない治療抵抗性うつ病に対する新たな希望として注目を集めています。
いったい、従来の治療と比べて何が“決定的に”違うのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年4月22日に『Neuropsychopharmacology』にて発表されました。
目次
- 効かない薬に終止符を打つ一手
- 20分で“死にたい”が消えた──吸入DMTが難治性うつを一発逆転
- 超短時間×長期改善の理由を探る
効かない薬に終止符を打つ一手

世界では推計1億8500万人以上がうつ病に苦しんでおり、その約3割は少なくとも2種類の抗うつ薬に反応しない「治療抵抗性うつ病(TRD)」です。
従来の抗うつ薬は効果が出るまでに数週間かかり、効果が乏しい場合も多く、特に切迫した自殺念慮への即効性のある対処は困難でした。
この緊急の課題に対し、近年、サイケデリック(幻覚剤)と呼ばれる薬物に注目が集まっています。
サイケデリック薬は脳内のセロトニンなど神経伝達に作用して意識や知覚を劇的に変化させ、過去の研究ではシロシビン(マジックマッシュルーム成分)などが従来薬に反応しないうつ病で長期の症状改善をもたらす可能性が示されています。
しかしシロシビンやLSDなど既存のサイケデリック療法は幻覚作用が数時間続くため、治療には専門施設で半日〜1日がかりの監督下セッションが必要でした。
そこで脚光を浴びているのがDMT(N,N-ジメチルトリプタミン)です。
DMTは特定の植物に含まれ、人の脳内でも少量が産生される自然由来の幻覚物質で、アマゾンの伝統的な嗜好飲料アヤワスカの主成分として知られています。
DMT単独の作用時間は極めて短く、吸入(気化)による投与では効果のピークがわずか2〜5分で現れ、約20分ほどで体内から消失します。
一方アヤワスカではDMTの分解を遅らせる植物成分を一緒に摂取するため、幻覚作用が何時間も続きます。
吸入型DMTであれば短時間で深い幻覚体験を誘導でき、非侵襲的で時間効率の良い治療アプローチになり得ると期待されています。
研究チームは、このような超短時間の幻覚体験によって治療抵抗性うつ病に苦しむ人々に速効かつ持続的な改善がもたらせるかどうかを検証しました。
「私たちのチームは過去20年近くサイケデリック、特にアヤワスカとDMTを研究してきました。吸入型DMTではごく短い時間枠で非常にディープで強烈な幻覚体験が起こる点に興味を惹かれました。適切に支援された環境下で、これほど短い介入でも治療抵抗性うつ病の人々に有意義な変化をもたらせるのか知りたいと思ったのです」と、本研究を主導したブラジル・リオグランデ・ド・ノルテ連邦大学脳研究所の神経科学者、ドゥラウリオ・デ・アラウジョ教授は語っています。
20分で“死にたい”が消えた──吸入DMTが難治性うつを一発逆転

アラウジョ教授らの研究チームは、ブラジルにて治療抵抗性うつ病(TRD)の患者14人を対象にオープンラベルのフェーズ2a試験(プラセボ対照なし)を実施しました。
参加者は中等度から重度のうつ病と診断され、複数の従来型抗うつ薬で効果が得られなかった人々です。
試験では医療管理下の病院環境で吸入型DMTを単回セッションで2回投与しました。
まず慣らし用の低用量15 mgを吸入し、約90分後に高用量60 mgを再度吸入します。
投与前後には臨床心理士らによる入念な準備セッションと統合セッションが設けられ、投与中は照明を落とした静かな部屋でリラックスできる音楽を流し、精神科医・心理士・看護師がバイタルサイン(心拍や血圧)や参加者の安全をモニタリングしました。
効果の評価には標準的なうつ病評価尺度(MADRSなど)を用い、投与直後から経過を追跡しました。
投与翌日、1週後、2週後、1か月後、3か月後にも症状の変化を測定しています。
結果、DMT吸入からわずか1日後にうつ病の症状が大幅に改善しました。

重症度評価スコア(MADRS)は平均で21ポイントも低下し、参加者の多くが「重度のうつ」から「軽度」あるいは症状がほとんどない水準にまで改善したのです。
臨床的に有意な改善(症状が50%以上軽減した「レスポンダー」)が見られた患者は全体の約79%にのぼり、約64%がうつ症状がほとんど消失する寛解状態に達していました。
その効果は少なくとも1週間持続し、7日後の時点でレスポンス率は約86%に上昇し、参加者の半数以上(約57%)が寛解を維持していました。
さらに驚くべきことに、追加のDMT投与を行わずとも3か月後には57%が依然として効果に反応し、36%が寛解状態を保っていたのです。
以下はその驚きの効果の具体例です。
迅速な効果発現: 抗うつ効果は24時間以内に現れ、7日間の平均でMADRSスコアが21ポイント低下しました。
多くの患者で重度の抑うつ状態から軽度または症状なしの状態へ大きく改善が見られました。
高い寛解・応答率: 翌日までに約79%が有意な改善(レスポンス)を示し、約71%で症状の寛解(完治でないものの症状が消えたこと)に到達しました。
1週間後にはおよそ86%が効果に反応し、そのうち57%が寛解を維持していました。
(※より少人数のパイロット研究でも、翌日(Day 1)までに約83.33%がレスポンスを示し、約66.67%が寛解に到達しました。)
持続する抗うつ効果: 3か月後のフォローアップ時点でも57%が効果を維持し、36%が寛解を持続しており、長期間の改善が確認されています。
自殺念慮の劇的な減少: 治療開始前、参加者の約9割が何らかの自殺念慮(死にたいと考える気持ち)を抱え、そのほぼ半数は「計画が具体的になるほど深刻」なレベルでした。
しかし治療翌日には重度の自殺念慮を示す参加者は一人もおらず、自殺念慮のスコアも大幅に減少しました。
軽度から中度の自殺念慮を示す患者も21%に大幅に減少しました。
その後3か月間の追跡期間でも多くの参加者で自殺念慮の軽減効果が維持されていました。
特筆すべきは、こうした自殺念慮の低下が気分(うつ症状)の改善と軌を一にしており、抗うつ効果が自殺リスクの低減につながっている可能性が示唆されました。
安全性と副作用: DMT吸入セッションは安全に実施でき、深刻な有害事象は報告されていません。
投与直後に一時的な血圧・心拍数の上昇が見られましたが、適度な運動時と同程度の生理的変化であり、一過性で問題はありませんでした。
主な副作用は吸入時の喉の刺激感や咳込みで、いずれも短時間で治まりました。
一部の参加者は翌日に軽い頭痛や不快感を訴えましたが、こちらもすぐに消失しています。
また興味深いことに、研究チームによれば、幻覚体験中に見られるビジュアルが複雑で鮮烈であるほど改善度が高まる傾向も示唆されました。
一方で、幻覚の強さ(主観的な「トリップ」の強度)と治療効果との間に明確な相関は認められず、必ずしも「強く幻覚を見れば治療効果が高い」というわけではないようです。
興味深いことに、DMTの体験時間は10〜20分程度と非常に短いにもかかわらず、ほぼ全員に安定して顕著な改善が見られた点は研究者にとっても驚きでした。
アラウジョ教授は「DMT体験自体はわずか10〜20分ですが、それにもかかわらずこれほど一貫して強い臨床効果が得られたことに驚いています。
多くの参加者はセッション中に感情的なブレイクスルー(突破体験)を経験しただけでなく、たった一度の投与で気分や展望に持続的な変化が現れたのです。
従来の精神科治療では、こうしたことは通常見られません」と述べています。
超短時間×長期改善の理由を探る

今回の試験結果は、吸入型DMTによる超短時間の幻覚セラピーが、従来治療が無効だったうつ病に対して即効性かつ持続的な効果をもたらしうることを示しています。
研究チームは「たとえごく短時間のサイケデリック体験でも、安全で支援的な環境下で行えば、うつ病を急速かつ持続的に改善できる」という点を本研究の主要な発見だと位置付けています。
中でも「24時間以内に多くの参加者で深刻な自殺念慮が解消し、その効果が数か月後にも持続していた」ことは特筆に値し、「緊急性の高い臨床状況で極めて価値がある可能性がある」と強調しています。
実際、自殺リスクの高い患者に対しては即座に効果を発揮する治療が求められますが、現行の抗うつ薬ではこのニーズに応えるのが困難でした。
DMTによる療法は、この「すぐ効いて命を救う」という点でも大きな期待を集めています。
さらに吸入DMT療法には実用上の利点も数多くあります。
他の長時間型サイケデリック(例えばシロシビンやLSD)では一回のセッションに数時間かかるため、専門施設での長時間監督が必要とされますが、DMTは効果が短いため準備・投与・事後ケアまで含めても1日で治療が完結する可能性があります。
患者は入院せずに外来通院で受けられるうえ、医療従事者の付き添い時間が短くて済むため、治療コストも抑えやすいと指摘されています。
またDMTは薬理学的相互作用リスクが比較的少なく、今回の試験では一部の患者が抗うつ薬を継続しながらでも安全にセッションを受けられました。
言い換えれば、吸入DMT療法は他の治療を中断せずに併用しやすい点でも現実的です。
以上のように、吸入型DMTはこれまでのサイケデリック療法にはなかった「超短時間・外来完結・即効&持続」という三拍子が揃った抗うつ治療の新たな候補と言えます。
研究チームも、今回の知見はこの手法が「治療抵抗性うつ病治療のゲームチェンジャー(ゲームの流れを変える存在)になり得る」と示唆していると評価しています。
とはいえ、現時点では小規模(14人)の予備的研究結果であり、慎重な解釈が必要です。
本試験は偽薬対照のないオープンラベルデザインで行われたためプラセボ効果の影響を完全には排除できず、研究陣も「フェーズ2a段階の予備的研究で参加者数も少ないため、結果の解釈には慎重さが求められる」と述べ、過度な楽観は戒めています。
今後はプラセボ対照を組み入れたランダム化比較試験で結果を検証し、再現性を確かめることが大きな課題です。
また、複数回のDMT投与時の効果持続や、安全性プロファイル(心血管系への影響など)の詳細、患者の期待度や過去の幻覚剤使用歴、併用薬との相互作用といった要因も検討が必要となります。
それでも今回の成果は、従来は数週間かけても得られない改善を「たった1日で」達成し、それが数か月続く可能性を示した点で画期的です。
DMT吸入セラピーが今後の大規模試験で有効性と安全性を確立できれば、慢性的なうつ病に苦しみ既存治療に望みを失った多くの患者にとって、真の意味でのゲームチェンジャーとなるかもしれません。
研究者らは、この新アプローチが将来的に公的医療システムにも組み込みやすいコスト効率の高い治療として普及し、必要とする人々により迅速な救済をもたらすことを期待しています。
元論文
Rapid and sustained antidepressant effects of vaporized N,N-dimethyltryptamine: a phase 2a clinical trial in treatment-resistant depression
https://doi.org/10.1038/s41386-025-02091-6
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部