イルカは地球上で最も知能の高い動物の一種です。
彼らは多彩な鳴き声を駆使して、仲間たちと複雑なコミュニケーションを取り合っています。
では、もしそんなイルカたちと“会話”できるようになったとしたらどうでしょう?
そんな夢のような研究が今、現実に近づいています。
このたび、米Google社を中心とする研究チームは、イルカの鳴き声を理解して、即座に意味のある返答ができるAIモデル「DolphinGemma(ドルフィン・ジェマ)」を開発したと発表しました。
このAIは一体どのように動作するのでしょうか?
目次
- イルカの言語を40年かけて収集・分析
- イルカと会話できるAIモデルを開発
イルカの言語を40年かけて収集・分析
研究チームはAIモデル「DolphinGemma(ドルフィン・ジェマ)」を開発するにあたり、野生のイルカの言語データ収集から開始しました。
調査対象としたのは、中米のバハマ海域に生息している「タイセイヨウマダライルカ(学名:Stenella frontalis)」の個体群です。

イルカのコミュニケーションは、笛のような音(ホイッスル)、クリック音、バーストパルス(短く連続する音)などから成り、まるで音楽のように複雑に構成されています。
これまでの研究で、母子間で用いられる「シグネチャー・ホイッスル(個体名)」や、ケンカ中に出される「バーストパルス音」、求愛や狩りの際の「クリック音のバズ」などが特定されています。
こうした音と行動の関係を40年にわたり調査してきたのが、野生イルカの調査団体「ワイルド・ドルフィン・プロジェクト(WDP)」です。
彼らは非侵襲的なアプローチで、タイセイヨウマダライルカの自然な生活環境を乱さずに、膨大な水中映像と音声データを収集してきました。
この調査により、イルカの鳴き声とそれに対応する行動との関係を分析して、求愛、個体名、ケンカなどの行動と特定の音声の関連性を明らかにすることに成功しています。
チームは、40年かけて収集・分析したこの言語データを用いて、今回のAIモデルを開発しました。
イルカと会話できるAIモデルを開発
今回開発されたDolphinGemmaは、Googleの軽量AIモデル群「Gemma」の技術を応用し、約4億のパラメータをもつ音声特化型の大規模言語モデル(LLM)です。
WDPが数十年にわたり収集したタイセイヨウマダライルカの音響データを学習し、野生イルカの音声を入力情報として受け取り、それを解釈した上で、次に出る可能性の高い音を予測・出力する仕組みをもっています。
このモデルの特徴は、イルカの音声を細かく分解・符号化する技術を使用している点にあります。
この技術により、AI側もイルカの自然な発声パターンを忠実に再現できるのです。

チームは、AIだけに頼ったイルカとの会話のみならず、テクノロジーを活用したイルカと人との「双方向のやり取り」も模索しています。
この取り組みの中で開発されたのが「CHAT(クジラ類聴覚補助テレメトリ)」というシステムです。
CHATシステムは水中専用の「会話補助装置」であり、その目的はイルカと簡単な“単語”レベルのやり取りを可能にすることです。
その仕組みは、自然なイルカの鳴き声とは異なる「人工的な笛音」を特定の物体に結びつけることから始まります。
例えば、イルカの好物とする「エビ」にあたるホイッスル音を人工的に作り、それをイルカに学習させて、イルカ側も発音できるように訓練します。
そしてイルカがそのホイッスル音を発すれば、人側が実際のエビを差し出すというように、言語を介した生産的な異種間コミュニケーションが実現できると期待されるのです。
このように、長年にわたるフィールドワークとAIを融合させた今回の試みは、イルカのみならず、他の動物とのコミュニケーションにも革命をもたらすかもしれません。
私たちが異種の動物たちに「こんにちは」と声をかけ、彼らが「こんにちは、元気ですよ」と言葉で返してくる日も、そう遠くはないかもしれません。
参考文献
Google made an AI model to talk to dolphins
https://www.popsci.com/technology/dolphin-talking-google-ai/
DolphinGemma: How Google AI is helping decode dolphin communication
https://blog.google/technology/ai/dolphingemma/
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部