starthome-logo 無料ゲーム
starthome-logo

英国は誰が殺人犯になるを予測する「殺人予測プロジェクト」をテスト中


英国政府が進める「殺人予測プロジェクト」は、膨大な個人データを解析して将来的な犯罪者を特定し、重大犯罪の予防を目指すものです。しかし、既に多くの市民情報が収集され、プライバシー侵害や人権への懸念が高まっています。このプロジェクトは、犯罪歴やメンタルヘルスのデータを使い、殺人を起こす可能性が高い人物を早期に特定しようとしていますが、差別や誤判定のリスクが指摘されています。また、既存の警察データにバイアスが含まれている可能性が高いことから、AIがそれらを学習すると差別的な結果を再生産する恐れがあると批判されています。プロジェクトは研究段階とされていますが、技術の進展次第で実用化が進む可能性があり、社会全体での慎重な議論が求められています。

英国政府が極秘に進めている「殺人予測プロジェクト」が、今、大きな議論を巻き起こしています。

プロジェクトの狙いは、警察や司法当局が持つ膨大な個人データ――犯罪歴や被害経験、さらにはメンタルヘルスや依存症の情報まで――を解析し、“これから殺人を起こすかもしれない人物”を事前に特定しようというもの。 

すでに英国の一部警察が何十万という市民情報を提供したという事実が明らかになり、プライバシーや人権への懸念が一気に高まっています。

犯行に至る前の段階でリスクの高い人を見つけ出し、重大犯罪を未然に防ぐ――このアプローチは確かに魅力的に映るかもしれません。

しかし、一方で「まだ罪を犯していない人」を“危険人物”とラベリングすることの是非は、社会全体に大きな衝撃と疑問を投げかけています。

このテクノロジーは本当に、私たちを安全に導く切り札になるのでしょうか、それとも新たな差別と誤判断の火種となり得るのでしょうか。

目次

  • 殺人予測プロジェクトとは何か?
  • 膨大な個人データで“犯行予兆”を割り出す仕組み
  • “AIで殺人を減らせるのか”メリットと未来予想
  • AI監視社会の到来? 根深いプライバシーと差別の問題

殺人予測プロジェクトとは何か?

英国は誰が殺人犯になるを予測する「殺人予測プロジェクト」をテスト中
英国は誰が殺人犯になるを予測する「殺人予測プロジェクト」をテスト中 / Credit:Canva

イギリス政府が密かに進めてきた「殺人予測プロジェクト」は、名前からして刺激的ですが、その実態を覗いてみるとより衝撃的な内容が浮かび上がります。

いったい何をしているのかというと、警察や司法当局が持つ膨大な個人データ――たとえば犯罪歴や被害者としての記録、さらには心の病や依存症の情報まで――を広範囲に集め、将来「殺人を起こすかもしれない人物」を統計的に洗い出そうとしているのです。

このプロジェクトは首相官邸からの依頼を受けてスタートしたとされ、主導するのは英国司法省(Ministry of Justice, MoJ)や内務省(Home Office)。 

データの提供元として、グレーター・マンチェスター警察やロンドン警視庁といった主要な警察組織も協力しているため、対象となる市民の数は数十万単位にものぼると見られています。

この計画が世に知られるようになったのは、人権団体ステートウォッチ(Statewatch)が情報公開請求(FOI)を通じて極秘資料を入手したことがきっかけでした。 

公開された文書には、犯罪歴だけでなく、被害者として警察に通報した記録や健康関連の個人情報まで分析対象に含まれる可能性があること、さらには自殺未遂や自傷行為、依存症といったきわめてプライベートな情報が「予測」を行う上で重要だとされていることがはっきりと示されています。

しかも、書類には「まだ犯罪を犯したことのない人」や「被害者になったことがある人」、さらには「目撃者や行方不明届の対象になった人」まで含まれる見込みだとも読み取れるのです。

もともとは「ホミサイド(殺人)予測プロジェクト」というストレートな名称で進められていたこの取り組みですが、批判の声が高まり始めると、イギリス政府は途中から「共有データによるリスク評価(Sharing data to improve risk assessment)」という名に変更しました。

「殺人を予測する」というセンセーショナルな表現を避けたい思惑があるのか、それとも分析対象をより幅広くするために名称を修正したのかは定かではありません。

いずれにせよ、プロジェクトのコアとなる目標は、過去の犯罪データやその他の個人情報を総合的に分析して、将来的に殺人を犯すリスクが高まる人を早期に見つけ出し、重大事件を未然に防ぐことにあります。 

こう聞くと「すごい技術だ」「これなら凶悪犯罪が減るかもしれない」と期待する人もいるでしょう。

しかし一方で、まだ何もしていない人を「将来の殺人犯」として示唆する可能性をはらんでいるため、プライバシーと人権に関わる問題や、偏見・差別の助長という深刻なリスクを抱え込むことになります。

しかも、捜査や逮捕の実績が多い地域ほどデータ量が多いため、結果的に特定の人種や社会的弱者が高リスクと判断されやすくなるのではないかという懸念も拭いきれません。

ステートウォッチは、英国の警察が「制度的な人種差別を内包している」という指摘を踏まえれば、そもそも差別の温床となっている既存データを材料に未来を予測する行為自体が危険だ、と強く批判しています。

とはいえ、当局は「まだ研究段階であり、実運用は考えていない」と説明しています。

しかし、研究と実用との境目は曖昧です。

過去にもイギリス政府が開発した「再犯予測ツール(OASys)」が、裁判の量刑や保釈判断に使われることで、データの偏りがそのまま差別を強化する結果を招いたという研究報告もあります。

殺人予測プロジェクトが同じ道をたどる可能性は否定できないでしょう。

このように、プロジェクトが生まれた背景には「殺人を減らしたい」「重大犯罪を未然に防ぎたい」という切実な思いがあります。

一方で、守られるべき人権やプライバシー、そして社会的バイアスの増幅をどう防ぐかという根本的な問いも突き付けられています。

結局のところ、膨大な個人データを巧みに扱う技術そのものは画期的であっても、誰が、どのように、どこまで使ってよいのか、その線引きはとても難しい問題だからです。

こうした経緯を踏まえると、社会全体で議論を深める必要があるのは明らかです。

なぜなら、このプロジェクトが本当に進められていくなら、私たち全員が「潜在的な予測対象」となる可能性を孕んでいるからです。

すでに公表されている資料を読むだけでも、そのスケールと影響力の大きさは一目瞭然。

プロジェクトの背景を知ったうえで、私たちはこの“殺人予測”という新しい試みにどう向き合っていくべきなのか――大いに考えさせられるところではないでしょうか。

膨大な個人データで“犯行予兆”を割り出す仕組み

英国は誰が殺人犯になるを予測する「殺人予測プロジェクト」をテスト中
英国は誰が殺人犯になるを予測する「殺人予測プロジェクト」をテスト中 / Credit:Canva

「殺人予測プロジェクト」では、膨大な個人データを用いて“将来、重大な暴力犯罪に至る可能性が高い人物”を炙り出そうとしています。

ここで鍵となるのは、一口に「犯罪履歴」といっても、決して“逮捕された”か“前科がある”かといった単純な情報だけではないという点です。

実際には「警察に何らかの形で相談したことがある」「事件の被害者や目撃者になった」「メンタルヘルスの問題を抱えている」「家庭内暴力に巻き込まれた」「自傷行為の履歴がある」など、多岐にわたる個人的情報がすべて“リスク要因”として考慮され得るのです。 

たとえば、グレーター・マンチェスター警察(GMP)が同プロジェクトに提供したデータの中には、100,000人から500,000人という大量の市民情報が含まれているといわれています。

その内訳は、犯罪の容疑者や被害者のデータはもちろん、失踪騒ぎや家庭内トラブルといった警察へ一度でも接触したことのある人の情報まで及ぶ可能性があるのです。

しかも、そこで収集されるのは名前や生年月日といった基本情報にとどまらず、「最初に警察と関わったときの年齢」「これまでの生活環境」「犯罪に至った経緯」など、その人の人生背景を詳細に知りうる内容まで含まれます。

さらに特徴的なのは、精神的な健康状態、依存症や自傷行為の既往歴などが“特に強い予測因子として期待される”と内部文書で明言されている点です。

ある種のアルゴリズムでは、薬物依存や深刻なうつ病が高いレベルで関連していると推計されると、当局は「この人は今後、暴力犯罪や殺人に発展するかもしれない」と見なす材料に使うわけです。

こうした「健康マーカー」の取り扱いは、医療情報の秘匿性やプライバシー保護の観点からとりわけセンシティブであり、多くの人権団体が懸念を示す重要なポイントとなっています。

アルゴリズムそのものは、統計学と機械学習を組み合わせた複雑な仕組みです。

大量のデータをインプットし、「過去に殺人を起こした人たちのパターン」と「現在リスクがあると思われる人の特徴」を比較し、数学的な方法でリスクの高低を数値化するのです。 

具体的には、前科や家庭環境、メンタルヘルス状況などを数多くの変数(変動要素)として取り込み、そこに重みづけを施して「殺人リスク」のスコアを算出します。

たとえば、同じ前科を持っていても、家庭内暴力の経歴や極度のアルコール依存症がある場合には、よりハイリスクと判断される、といった具合です。

すでにイギリス司法省の中には「OASys(Offender Assessment System)」という再犯予測ツールが存在し、実際に裁判や保釈の判断で使われています。

ただし、この既存ツールは「刑務所や保護観察を通じた実際の罪状や違反行為」を主な指標としています。

一方、この“殺人予測プロジェクト”は、それよりも幅広い領域のデータ――警察への相談実績や、心身の健康、社会的弱者としての支援履歴など――を組み合わせているため、より詳細かつ多面的なリスク分析を行おうとしているのが特徴です。 

研究段階だと当局は言っていますが、過去にはデータ解析の研究成果がすぐに実務へ転用された事例が多数存在します。

今回も同様に、もしアルゴリズムの精度がある程度高いと判断されれば、判決や保釈判断、もしくは警察による「事前の要注意人物リスト」の作成に使われるかもしれません。

そうなった場合、ほんの少しでも「リスク」が示唆される情報を持っている人たちは、一気に当局の監視対象になってしまう恐れがあります。

こうしたアルゴリズムによる予測の問題点は、基盤となるデータに既存の偏見やバイアスが含まれている可能性が極めて高いことです。

たとえば、特定の地域や特定の人種・所得層の人々は、警察への検挙や通報が多いためデータベースに蓄積されやすく、その結果として高リスクに分類される確率が高まる――という「仕組みとしての不公平」が懸念されているのです。

つまり、精度と公平性のバランスをいかに取るかという、非常に難しい課題に直面しているわけです。

まとめると、このプロジェクトにおいて重要なのは「どんなデータを使っているのか」「それをどういうロジックでリスクに変換しているのか」という透明性の確保です。

個人のメンタルヘルス情報や、被害者・目撃者としての経歴まで材料にするのであれば、アルゴリズムの結果がどれほど正確かだけでなく、そこに含まれる価値観やデータのバイアスをどう扱うのかが大きなポイントとなります。

結局、数字や機械学習の“客観性”が、社会的な偏見と結びつきやすいという現実がある以上、単純に「大量のデータを使うから安全だ」と言い切れるものではないのです。

“AIで殺人を減らせるのか”メリットと未来予想

英国は誰が殺人犯になるを予測する「殺人予測プロジェクト」をテスト中
英国は誰が殺人犯になるを予測する「殺人予測プロジェクト」をテスト中 / Credit:Canva

では、イギリス政府が「まだ犯罪を犯していない人」までも分析対象に含めようとしてまで、この殺人予測プロジェクトを進めるのはなぜなのでしょうか。

表向きの答えとしては、「重大犯罪を未然に防ぐため」というきわめて切実な目的が挙げられます。

人命にかかわる凶悪事件を減らすことは、社会全体にとって計り知れない恩恵があるはずだからです。

ここでは、そうした取り組みがどのような形でメリットをもたらすと想定されているのか、そして今後どのような展望が開けるのかを考えてみましょう。

  1. 重大犯罪の未然防止

一つめの大きな期待は、何と言っても「殺人などの深刻な事件を事前に食い止める」という点です。

従来の警察活動は、犯罪が起きてから捜査し、犯人を逮捕するという“事後対応”が中心でした。

しかし、AIやビッグデータを活用することで、「将来的に重大な暴力行為を起こしやすい要因」を事前に洗い出し、リスクの高い人へ早期介入を図ることが可能になると考えられています。 

たとえば、メンタルヘルスや家庭内暴力などのデータを活用することで、事件を引き起こす前段階――すなわち、まだ軽度のトラブルやサインが現れている段階で適切な支援や監視を行い、結果的に命を守ることにつなげようというわけです。

  1. 警察・司法当局のリソース効率化

二つめのメリットとしては、限られたリソースの効果的活用が挙げられます。

現場の警察官や司法当局は、常に膨大な案件に追われています。

それら全てに対して、同じレベルの監視や支援を行うのは事実上不可能です。

しかし、もしAIによる予測で「この人物は大きな暴力犯罪を起こす可能性が高いかもしれない」という示唆が得られれば、優先順位を定めた介入やモニタリングを行うことができるようになります。 

たとえば2009~2013年の研究をまとめたMoJの報告書では、暴力再犯予測のAUCが約0.70~0.73という結果が示唆されています。

(※AUCが0.5ならば「まったく予測できない」レベル、0.7を超えると「そこそこ有用」とされます)

またダラム警察が導入した機械学習ベースの再犯予測ツールにおいても似た結果が得られています。

このツールの試験運用初期に公表された論文や報道では、「高リスクと判定されたグループが実際に再犯に至る割合」が約60~65%程度などと報じられました。

このように取りこぼされがちな高リスク者への対応を重点的に行い、比較的低リスクと判定された人々には別のアプローチを用いるなど、より柔軟で効率的な運用が期待できるのです。

  1. 法務・司法システムの近代化

三つめのメリットとして考えられるのは、法務・司法システムそのものの近代化です。

データやAIを使ったリスク分析は、刑務所の管理や保護観察などにも応用が可能です。

現にイギリスでは、OASys(再犯予測ツール)を使って量刑や保釈の判断に活かす試みがすでにありますが、今回の殺人予測プロジェクトはその延長線上に位置づけられます。

これまでにも犯人の再犯率を裁判官が経験や直感に頼って予測し、量刑を判断していました。

再犯の可能性というのも下される刑の重さにおいて考慮すべき重要な問題だからです。 

しかしこのような人間に頼った判断を、統計解析やアルゴリズムで補強することで、より客観的かつデータドリブンなジャスティス(正義の執行)が行えるのではないか――という期待感が当局にはあるのです。

  1. より良い社会を目指して

現時点では「研究目的にとどまる」と説明されているこのプロジェクトですが、もし一定の成果を上げれば、今後は多方面で実務利用される可能性があります。

たとえば、地域の福祉機関と連携した早期支援プログラムに活かすことも考えられるでしょう。

アルゴリズムが「この人は危機的状況に陥りつつある」と判断すれば、福祉や医療といったケアを手厚くすることで深刻な事件に発展するのを防ぐ――という構想です。 

最終的には、社会のなかで孤立する人や、助けを必要としていながら放置されてきた人を早期に拾い上げ、より安全で安心なコミュニティを築こうという青写真が描かれています。

もちろん、実際にうまく機能するかどうかは未知数ですし、メリットだけを強調するのは危険です。

次のセクションで触れるように、データに基づく予測には必ずバイアスやプライバシーの問題がつきまといます。

それでもなお、技術の進歩と社会の要請が合わさることで、この殺人予測システムが“犯罪抑止の切り札”として脚光を浴びる可能性は大いにあるのです。

AI監視社会の到来? 根深いプライバシーと差別の問題

英国は誰が殺人犯になるを予測する「殺人予測プロジェクト」をテスト中
英国は誰が殺人犯になるを予測する「殺人予測プロジェクト」をテスト中 / Credit:Canva

前のセクションでは「殺人予測プロジェクト」によるメリットや期待される効果を紹介しましたが、当然ながらこうした取り組みには大きなリスクや懸念も伴います。

特に、人権・プライバシーの保護や差別的なバイアスの問題など、社会的に看過できない課題が山積しているのです。

ここでは、それらのポイントを整理してみましょう。

まず大きな懸念は、誰がどこまでの個人情報をどのように扱うのか、そしてその管理体制は本当に安全なのかという点です。

今回のプロジェクトでは、犯罪歴や家庭内暴力のデータだけでなく、メンタルヘルス、依存症や自傷行為の履歴など、非常にセンシティブな情報までもが統合される可能性があります。

従来であれば医療機関や福祉機関の守秘範囲にあったようなプライベートな内容を、警察や司法当局がどの程度まで入手し、アルゴリズムに投入するのかは明らかになっていません。

また、一度集められたデータが今後どのように保管・二次利用されるのかも問題です。

仮に「研究目的だ」として集められた情報が、いつの間にか警察やその他の機関で常用されるようになる可能性も否定できません。

こうしたケースは「情報の目的外利用」と呼ばれ、本人の同意を得ることなくデータが流用される危険性があります。

しかも、不正アクセスや情報漏えいといったセキュリティ事故のリスクもつきまとうため、プライバシー面でのリスクは決して小さくありません。

次に、アルゴリズムやデータ自体が持つ偏見(バイアス)の問題が挙げられます。

実際、イギリスの警察は「制度的な人種差別を内包している」との批判を長年受けてきました。

たとえば全く同じ条件にある人物が白人と黒人の場合、裁判官や捜査当局が黒人のほうを高リスクと判断する傾向があったという報告もあります。

こうした背景のある警察データをそのまま学習データとして使えば、既存の偏見や差別が機械学習モデルに“焼き付く”危険性があるわけです。

これは人間の判断基準がそのままAIへ移行し、機械によって再生産されるという意味で、非常に深刻な問題をはらみます。

たとえば、特定の人種や所得の低い地域、あるいは一定の社会的立場にある人々ばかりが“リスクが高い”とされてしまうかもしれません。

データ解析の結果が客観的なように見えて、実は既存の差別構造を再生産してしまう可能性もあるのです。

また、誤判定(偽陽性)が多いほど、罪を犯す意図がない人までが「潜在的な殺人犯」とみなされ、警察や司法から過度に監視される懸念も無視できません。

さらに、こうした予測ツールを使うことで「まだ殺人を起こしていない人」に先回りして介入を行う、いわゆる“予防的ポリシング(Pre-emptive Policing)”が加速する恐れがあります。 

事前に危険だと判定された人に対して、警察が特別な監視を行ったり、社会福祉の名目で行動を制限したりする事例が増えるかもしれません。

日本にも精神保健福祉法に基づく強制入院のしくみ(措置入院)があり、自他に重大な危害を及ぼすおそれがあると判断された場合に行政が介入できる仕組みがあります。

もっとも、措置入院の目的はあくまで患者の治療と周囲の安全確保であり、どの程度予測的に活用するかは慎重に考えられています。

それでも、こうした「先手を打つ」制度やテクノロジーの導入は、人権やプライバシーとの兼ね合いがきわめて難しいテーマです。

もしも誤った判定で何らかの制裁や監視が強化されてしまうと、社会的スティグマを生むばかりか、当事者の生活を大きく狂わせる要因となりかねません。

しかも、この「誤判定」が比較的起こりやすいのが、もともと警察との関わりが多いコミュニティや、精神的・経済的に厳しい状況に置かれた人々である可能性が高いのです。

そうした人たちがさらなる孤立や不信感を抱くことで、むしろ“犯罪リスク”が増幅してしまうという逆説的なシナリオも考えられます。

イギリス政府は「現段階では研究目的」と強調していますが、以前から存在しているOASysなどの再犯予測ツールが“研究段階”から“実務段階”へ移行したように、技術が完成度を高めるにつれて運用範囲が広がることは十分に考えられます。

とくに「殺人予測」というセンセーショナルなテーマであれば、成果が多少なりとも期待できると判断されれば、早期に司法や警察の実務に反映される可能性が高まるでしょう。

このとき問題となるのは、どのような法的枠組みや統制のもとで運用されるのか、国民に対してどれだけ透明性が保たれるのか、そして予測結果が誤っていた場合の救済措置がどれだけ整備されるのか、といった点です。

アルゴリズムは社会に影響力を与える一方で、間違いを犯すこともあります。

誤判定された個人が被る不利益をどこまで是正できるのか──その部分が明確に設計されていなければ、大きな混乱や不当な権力行使につながりかねません。

このように、殺人予測プロジェクトには一見「犯罪を減らす」ための革新的アプローチという魅力がありますが、その裏にはデータの取り扱いに対するプライバシーの懸念や、差別が増幅しかねないバイアスの問題など、深刻な課題が潜んでいます。 

さらに、技術的・法的整備が不十分な段階での“予防的ポリシング”は、冤罪や不当な監視を招き、人々の基本的な権利を損なう危険性さえ秘めています。

結局、どれほど画期的なテクノロジーであっても、それをどう使うかという運用の枠組みがしっかりしていなければ、有害な結果をもたらす可能性は高まってしまうのです。

次の段階としては、こうした倫理的・社会的問題に対して十分な議論が行われ、適切なルールづくりや監督機関の設立などが求められるでしょう。

社会が技術を受け入れていく際には、メリットだけでなく大きなリスクを直視し、慎重に扱う姿勢が欠かせません。

全ての画像を見る

参考文献

UK: Ministry of Justice secretly developing ‘murder prediction’ system
https://www.statewatch.org/news/2025/april/uk-ministry-of-justice-secretly-developing-murder-prediction-system/

元論文

殺人予測プロジェクトに関する情報公開法に基づく要請への回答
https://www.statewatch.org/media/4857/uk-moj-homicide-prediction-project-foi-response-11-23.pdf

(2023年11月、pdf)

殺人予測プロジェクトに関する情報公開法に基づく要請への回答
https://www.statewatch.org/media/4877/uk-moj-foi-response-homicide-prediction-project-10-24.pdf

(2024年10月、pdf)

殺人予測プロジェクトのデータ保護影響評価
https://www.statewatch.org/media/4858/uk-moj-homicide-prediction-project-dpia.xlsx

(日付なし、.xlsx ファイル)
法務省とグレーター・マンチェスター警察、

データ共有契約
https://www.statewatch.org/media/4859/uk-moj-homicide-prediction-project-gmp-moj-dsa-05-23.pdf

(検閲済み、2023年5月18日、pdf)
法務省

内部リスク評価
https://www.statewatch.org/media/4860/uk-moj-homicide-prediction-project-internal-risk-assessment.pdf

(日付なし、pdf)
法務省、

プロジェクトタイムライン
https://www.statewatch.org/media/4862/uk-moj-homicide-prediction-project-timeline.xlsx

(日付なし、.xlsx ファイル)
法務省、

目標変数の定義
https://www.statewatch.org/media/4861/uk-moj-homicide-prediction-project-target-variable-definition.pdf

(日付なし、pdf)

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

    Loading...
    アクセスランキング
    game_banner
    Starthome

    StartHomeカテゴリー

    Copyright 2025
    ©KINGSOFT JAPAN INC. ALL RIGHTS RESERVED.