アメリカのカンザス州立大学(KSU)で行われた研究によって、NASAが誇るジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の最新観測データから、にわかには信じがたい――しかし非常に魅力的な仮説が再び浮上しています。
それは「私たち自身の宇宙が、実はブラックホールの内部にあるのではないか」というものです。
遠く離れた銀河の回転方向を分析した結果、これまでの常識とは異なる“偏り”が見つかったことで、宇宙は果たして一様かつ等方的なのかという疑問が新たに生まれつつあります。
もし本当にブラックホールの中に私たちが住んでいるとすれば、ブラックホールが持つ強大な重力や回転(スピン)が、巨大なスケールで銀河分布を決定している可能性も考えられます。
これまでの宇宙論が説明に苦しんできた「宇宙膨張の速度(ハッブル定数問題)」や「ダークマターの正体」に関する一連の謎も、こうした視点によって思わぬ解が見つかるかもしれません。
NASAの新データがもたらしたこの大きな問いは、宇宙の始まりと終わり、そして私たちの存在そのものを大きく揺るがしていますが、果たして私たちは本当にブラックホールの中にいるのでしょうか。
研究内容の詳細は『Monthly Notices of the Royal Astronomical Society』にて発表されました。
目次
- 意外と知らない“回転”の重要性
- 奇妙な偏りは私たちがブラックホールの中に住んでいることを示す
- 宇宙像を塗り替える新仮説
意外と知らない“回転”の重要性

私たちの宇宙は、どの方向を見ても同じような構造を持つ――これを「等方性」と呼び、現在の標準的な宇宙論では当然の前提とされています。
ところが、もしある方向に回転する銀河が偏って多い、もしくは少ないとわかったらどうでしょう。
宇宙をまんべんなく観測したつもりでも、何らかの“ゆがみ”が潜んでいるかもしれません。
銀河の回転方向は、その“ゆがみ”を見つけるうえで非常に重要な手がかりになるのです。
従来の地上望遠鏡による観測でも、銀河の回転方向に偏りがあるらしいという話はたびたび持ち上がってきました。
しかし、当時は観測データが少なかったり、画像の解像度や解析方法もさまざまだったりして、「これだ」と断言できるレベルには届きませんでした。
それでも近年、宇宙の初期段階にすでに巨大な銀河が存在していたり、ハッブル定数(※1)の値が理論予測と食い違ったりといった、標準宇宙論にとって都合の悪い(あるいは刺激的な)事例が増えています。
これらの謎の解決策として、宇宙そのものがブラックホールの内部にある、という大胆な仮説が再評価され始めたのです。
ブラックホールは極めて強い重力と回転(スピン)を持ちます。
もし宇宙全体がブラックホールの中にあるのだとしたら、その回転軸が銀河たちの並び方や回転方向にも影響を与えているのかもしれません。
そう考えると、これまで説明しきれなかった数々の現象も、新しい角度で理解できる可能性があります。
実際、「ブラックホール内宇宙」という発想をとると、暗黒物質(※2)や暗黒エネルギー(※3)に頼らずに銀河の回転や宇宙膨張を説明できるかもしれない、という議論もあるのです。
そこで今回、研究者たちはジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の大型観測プロジェクト「JWST Advanced Deep Extragalactic Survey(JADES)」によって得られた深宇宙の写真を徹底解析し、膨大な数の銀河が実際に「どちら向きに」回転しているのかを調べることにしました。
(※1)ハッブル定数: 宇宙がどれくらいの速度で膨張しているかを示す値。観測方法によって異なる値が得られ、「ハッブル・テンション」と呼ばれる大きな議論を呼んでいる。
(※2)暗黒物質(ダークマター): 銀河の回転速度などを説明するために想定された目に見えない物質。直接観測ができないため謎が多い。
(※3)暗黒エネルギー(ダークエネルギー): 宇宙の加速膨張を説明するために仮定されたエネルギー。これも正体不明で、観測ではその影響だけが見える。
奇妙な偏りは私たちがブラックホールの中に住んでいることを示す

調査に当たってはまず、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の大型観測「JADES」で撮影された深宇宙の銀河画像を、まるでコーヒーに浮かんだ渦を観察するように見比べて、銀河の回転方向を次々に調べるというものです。
まず、複数の波長で撮影された鮮明な写真を用意し、銀河中心から外側に向かう光の強さの変化をチェックすることで、腕の渦がどちら向きに巻いているかを自動で判定しました。
銀河の渦は「トレーリングアーム(後ろ向きの腕)」と呼ばれる構造を持っていることが多く、その形状を利用すると回転方向が高い確度でわかるのです。
加えて、元の画像を左右反転させたうえで同じ解析を行い、もし人間の目や機械が「同じ方向ばかり選んでしまう」癖を持っていないかも検証しています。
こうして最終的に約260ほどの銀河が解析対象となりましたが、そのうち「私たちの天の川銀河と同じ方向に回転しているもの」より、「逆方向に回転しているもの」の方が、なんと50%ほど多いという衝撃的な結果が得られました。
統計的にも偶然とは考えにくい約3.39σ(p値にして約0.0007)もの有意差が出ており、明らかな偏りといえます。
特に画期的だったのは、深宇宙の高い赤方偏移領域(=宇宙の初期にあたる時代)の銀河まで大規模に比較できた点です。
宇宙が本当に「どこから見ても同じ構造をしているのか?」という問いに対して、これほど高精度かつ大量のデータで踏み込む試みは前例が少なく、「ブラックホールの内部にいるのではないか」という壮大な仮説も、実際の観測データをもとに検証し始めることが可能になったからです。
宇宙像を塗り替える新仮説

今回の観測結果が何よりも明確に示唆しているのは、宇宙の巨大なスケールにおいて、私たちが予想していた以上の「偏り」や「軸」が存在するかもしれない、という点です。
通常、ビッグバン理論に基づく標準的な宇宙モデルでは、宇宙はあらゆる方向に同じように広がっており(等方性)、銀河の分布や回転方向にも大きな偏りはないと考えられてきました。
しかし、今回のように一方の回転方向が極端に多いとするなら、この等方性が揺らぎ、単にランダムに散らばっているだけでは説明できない大規模な「構造」や「軸」が潜んでいる可能性が高まります。
こうした「ゆがみ」を説明しようとすると、これまでの理論の枠を超える発想が必要になります。
たとえば、ハッブル定数(宇宙膨張の速度)の食い違いや初期宇宙に存在するはずの巨大銀河をめぐる謎など、標準理論では説明が難しい観測結果が次々と報告されています。
これを踏まえると、「実は宇宙全体が巨大なブラックホールの内側にある」という仮説は、新たな可能性として注目に値します。
ブラックホールは強い重力だけでなく、特有の回転(スピン)をもつ天体です。
もし私たちの宇宙がそうしたブラックホール内部にあるとすれば、そのスピンが拡大され、銀河の回転方向にも一貫した傾向として現れるかもしれません。
これは暗黒物質や暗黒エネルギーのような未知の存在を仮定することなく、宇宙の観測結果を説明できる枠組みとしても議論が進められています。
似たような説は以前にも発表されています。
もちろん、今回示された銀河の回転方向の偏りが、まだよくわかっていない「回転の物理」や、観測にともなうバイアスなどによって生じている可能性も否定はできません。
今後さらなる高精度のデータを収集したり、まったく別の手法で解析したりすることで、“ブラックホール内宇宙”という大胆なシナリオが本当に有力なのか、それとも別の要因で説明できるのかが明らかになるでしょう。
それでも、「私たちがブラックホール内部にいるかもしれない」という考え方が、今回のように具体的な観測事実に基づいて議論され始めているのは注目すべき変化です。
もし本当に宇宙が“想定外の軸”をもっているのだとしたら、その軸がどのように形成され、私たちはその中でどの位置にあるのか――さらには私たち自身が何者なのかという根源的な問いにまで、新たな視点がもたらされるかもしれません。
これは単に理論を置き換えるだけでなく、宇宙の成り立ちや進化を一から見直す、大きな一歩となるに違いありません。
元論文
The distribution of galaxy rotation in JWST Advanced Deep Extragalactic Survey
https://doi.org/10.1093/mnras/staf292
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部