starthome-logo 無料ゲーム
starthome-logo

【テルマエ・ロマエ】ローマ人も“ととのってた”!? スーパー銭湯よりスゴかった古代浴場


古代ローマ人はテルマエと呼ばれる公衆浴場での入浴を大切にし、単なる身だしなみ以上に社交や文化交流、健康増進の場として利用していました。テルマエでは冷水浴室(フリギダリウム)、温水浴室(テピダリウム)、熱水浴室(カルダリウム)を巡る入浴法が一般的で、これは現代のサウナに似ています。これらの施設には庭園や図書室、運動場も備えられ、ローマ市民はここで本を読んだり運動をしたりして過ごしました。医学者アスクレピアデスやケルスス、ガレノスは入浴を健康法として認め、体の清掃以上に発汗や血行促進などの効果を論じました。入浴は現代の温泉療法の原型ともいえるものです。ローマ時代の入浴文化は、今日のサウナや温泉文化に通じる健康意識を持ち、時代を超えて日本の銭湯文化にも共通しています。

古代ローマの人々が現代の私たちと同じように入浴を楽しむ文化を持っていたことは、漫画や映画で取り上げられたこともあって知っている人は多いでしょう。

しかし古代ローマの入浴事情に関しては、あまり知らない人も多いかもしれません。

果たして古代ローマの人々はどのように入浴を楽しみ、どのような目的で入浴をしたのでしょうか?

この記事では古代ローマの公衆浴場がどのような施設であったのかや古代ローマでも入浴が健康法と結び付けられていたことについて取り上げていきます。

なおこの研究は堤亮介(2014)『元首政期ローマにおける : 「都市の健全性」と公衆浴場』 パブリック・ヒストリー. 11巻p. 17-35に詳細が書かれています。

 

目次

  • 総合レジャー施設だった古代ローマの入浴施設
  • 古代ローマでも入浴が健康法と結び付けられていた

総合レジャー施設だった古代ローマの入浴施設

フキダリウム、水風呂としてだけでなくプール代わりに使われることもあった
フキダリウム、水風呂としてだけでなくプール代わりに使われることもあった / credit:Wikimedia Commons

古代ローマの公衆浴場、すなわち「テルマエ」とは、単なる入浴施設などではありません。

テルマエは一大社交場であり、文化の坩堝(るつぼ)でした。

さて、そもそもテルマエとは何でしょうか。

それは現代日本のスーパー銭湯とは異なっているものの、どこか似たものです。

ローマ人にとって入浴は単なる身だしなみではなく、人生を豊かにする神聖な儀式であったのです。

風呂に浸かり、友と語らい、詩を詠み、時には政談を交わす。まことに雅な日常ではないでしょうか。

例えば、西暦212年にカラカラ帝によって建設されたカラカラ浴場は、驚くべき規模を誇ります。

全長225メートル、幅185メートル、高さ38.5メートルという壮麗な建築。

もはや宮殿といっても過言ではないでしょうか。

内部には冷水浴室(フリギダリウム)、温水浴室(テピダリウム)、熱水浴室(カルダリウム)が配置され、訪れる者はこれを巡り、心身ともに清めます

テピダリウムやカルダリウムで体を温めて毛穴を広げた後にフリギダリウムで汗腺を閉じるという入浴法が一般的であり、現在のサウナに近い入浴法を取っていました。

カルダリウム、浴室内は高温多湿であった
カルダリウム、浴室内は高温多湿であった / credit:Wikimedia Commons

しかし、テルマエの真骨頂は風呂だけではありません。

その周囲には庭園が広がり、図書室があり、運動場までも備えられていたのです。

ローマ市民たちはここで本を読み、体を鍛え、友と語らい、時には哲学論争すら繰り広げます。

テルマエとは、まさしく「知」と「肉体」が交差する場でした。

かくして、古代ローマのテルマエは、ただの風呂ではなく、一つの小宇宙であったのです。

古代ローマでも入浴が健康法と結び付けられていた

ケルルス、『医学論』の執筆で知られている
ケルルス、『医学論』の執筆で知られている / credit:Wikimedia Commons

しかしながら、彼らが入浴を単なる娯楽や社交の場と見なしていたわけではないという点については、まだ十分に語られていないように思われます。

なにせ、ローマ人は湯に浸かることを一種の健康法とすら考え、医学者たちがこぞってその効能を論じていたからです。

たとえば、ギリシアの医学をローマにもたらし、当時の名士たちに絶大な人気を誇った紀元前1世紀の名医アスクレピアデスは穏やかな運動、適度な食事と並んで入浴を推奨していました

彼によれば、病気とは体内の原子の動きが乱れることによって生じるものであり、適切な温度の湯に浸かることが、その運動を正常に戻す鍵だといいます。

これはいわば、テルマエを巨大な治療院と見なす理論でした。

ローマの歴史にその名を刻む医者はアスクレピアデスだけではありません。

後1世紀、百科全書的な医学書『医学論』を著したケルススもまた、入浴の効能を高く評価していました。

彼によれば、入浴は単なる体の清潔を保つ行為ではなく、発汗を促し、毒素を排出し、消化を助け、筋肉の疲れを癒す万能の健康法であるといいます。

旅の疲れを癒すために、運動後のクールダウンとして、さらには狂犬病の治療にまで湯が活用されていたとは、恐るべき入浴信仰ではないでしょうか。

現代のサウナ愛好者も顔負けの入浴信仰です。

ガレノス、医学の体系化を推進し彼の学説はルネサンス期までヨーロッパで使われた
ガレノス、医学の体系化を推進し彼の学説はルネサンス期までヨーロッパで使われた / credit:Wikimedia Commons

さらには、ローマ医学の巨星ガレノスもまた、入浴の医療的価値を説いていました。

彼は入浴を温水浴、冷水浴、湧水浴の三つに分類し、それぞれの効果を細かく分析しています

温水浴は血行を促進し、筋肉を和らげ、老廃物を排出します。

冷水浴は皮膚を引き締め、身体を鍛え、心身を活性化させるとのこと。

そして湧水浴は、含有成分によって体調を整える特別な湯治の役割を果たすといいます。

これはまさに、現代の温泉療法の原型ではないでしょうか。

 

このように、古代ローマにおいて入浴は単なる快楽のための行為ではなく、健康維持と治療のための手段でもありました

アスクレピアデスがその理論を唱え、ケルススが実用書としてまとめ、ガレノスが体系化したのです。

そして、ローマ人たちはこの医学的知見を踏まえながら、今日の我々と同じように風呂に浸かり、心と体を癒していました。

 

考えてみれば、日本の銭湯文化にも通じるものがあるではないでしょうか。

風呂に浸かることで日々の疲れを洗い流し、健康を保つという発想は、時代を超えて共通しています。

かくして、古代ローマ人と我々は、テルマエと銭湯を通じて、密かに時空を超えた親交を結んでいるのです

全ての画像を見る

参考文献

大阪大学学術情報庫OUKA
https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/66525/

ライター

華盛頓: 華盛頓(はなもりとみ)です。大学では経済史や経済地理学、政治経済学などについて学んできました。本サイトでは歴史系を中心に執筆していきます。趣味は旅行全般で、神社仏閣から景勝地、博物館などを中心に観光するのが好きです。

編集者

ナゾロジー 編集部

    Loading...
    アクセスランキング
    game_banner
    Starthome

    StartHomeカテゴリー

    Copyright 2025
    ©KINGSOFT JAPAN INC. ALL RIGHTS RESERVED.