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幸せを目指すと不幸になるのは「周りとの比較」のせいではなかった


カナダのトロント大学の研究は、「幸せを強く求めると、かえって不幸感が増し不健全な行動に陥りやすくなる」という現象を明らかにした。この「幸せのパラドックス」と呼ばれる逆説は、幸福の追求が意志力を枯渇させ、結果として甘い誘惑に屈しやすくなることが原因である。研究によると、幸福を意識することが自己コントロール能力を消耗させる可能性が高く、結果として無意識に不幸を招く行動をとりがちになる。また、幸せを目標にするのではなく、現在あるものに感謝することや受け入れる姿勢が、持続的な幸福への鍵とされている。

「もっと幸せになりたい」という素直な願いが、実は逆に私たちを不幸へと導いているかもしれません。

カナダのトロント大学(University of Toronto)による研究によって、幸福を強く求めれば求めるほど意志力が枯渇し、甘い誘惑に負けて不健全な行動を取りやすくなるという“幸せのパラドックス”の存在が明らかになりました。

幸せを追いかける行為そのものが思考や感情を調整しようとする余力を奪い、結果として不幸を招く行動に没頭しやすくなるのです。

果たして私たちは、どうすればこの矛盾に満ちた幸福探求の罠から抜け出すことができるのでしょうか?

研究内容の詳細は『Applied Psychology: Health and Well-Being』にて発表されました。

目次

  • 幸せになろうと思っうと不幸になる理由
  • 幸せになりたい人は「幸せそのもの」を目指してはいけない

幸せになろうと思っうと不幸になる理由

幸せを目指すと不幸になるのは「周りとの比較」のせいではなかった
幸せを目指すと不幸になるのは「周りとの比較」のせいではなかった / Credit:Canva

「幸せのパラドックス」は、幸福を強く望むほど逆に不幸感や不足感が高まってしまうという逆説的な現象として、ここ十数年にわたって研究の焦点となってきました。

たとえば、先行研究では「幸せになりたい」という思いが時間的な焦りやストレスを増幅させ、結果的に満足度を下げることが指摘されています。

幸せになろうと努力した人の多くが不幸になるというのは、恐ろしい現象です。

そこで今回トロント大学研究チームはこの「幸せのパラドックス」についてより深く掘り下げることにしました。

その目的は近年になって注目されている「意志力」の枯渇です。

人間は何かを成し遂げようとするときに、意思の力を使いますが、その力は無限ではありません。

また他の研究では、意志力を使い果たすと、誘惑に負けやすくなったり意味のない行為に没頭したりと、良くない結果を引き起こすことが報告されています。

そこで今回研究者たちは

「幸せを追求することが自己コントロールを枯渇させるのではないか?」

と考え、この仮説を検証するために、合計4つの実験が行われました。

【自己報告調査と行動測定(スタディ1 &2)】

最初の2つの研究(スタディ1・スタディ2)では、参加者が日常的にどの程度「幸せになること」を重視しているかを測定いたしました。

同時に自己コントロールの強さを調べたり、商品購入の場面を想定した選択タスクに費やす時間を計測することで、実際の行動面の指標も得られました。

結果として、幸せを強く求めると回答した人ほど、自己コントロールスコアが低かったり、タスクへの取り組み時間が短かったりする傾向が確認されました。

興味深いことに、こうした関連は単なる一時的な気分(「今日は調子がいい」「今日は調子が悪い」)の影響だけでは説明できないと考えられます。

つまり、根本的に「幸せを意識すること」が自己コントロール資源を消耗させる可能性が示唆されたのです。

【プライミング実験(スタディ3)】

続く3つ目の実験では、参加者を2つのグループに分け、「幸せ」という文言を含む広告を見せ、もう一方のグループには特に幸福を想起させない広告を提示いたしました。

その後、チョコレートの味見テストと称して「好きなだけ食べてよい」と伝え、実際に食べた量を測定いたしました。

その結果、「幸せ」と書かれた広告を見たグループはより多くのチョコレートを口にしたことが確認されました。

つまり、ごく短時間の「幸せ暴露」でも、自己コントロールが弱まり、欲望を抑えにくくなる可能性があると考えられます。

【ゴール比較実験(スタディ4)】

最後の4つ目の実験では、2つの条件を設定いたしました。

1つは「より幸せになれそうな選択」をするよう指示するグループであり、もう1つは「個人的な好み(正確さ)」に基づいた選択をするよう指示するグループでございます。

参加者は日用品や飲み物などのペアを提示され、どちらを選ぶかを判断した後、アナグラム(文字並べ替えパズル)を解くタスクに取り組みました。

ここで注目したのは、どれだけ粘り強くパズルを解き続けるかという「持続力」の差でございます。

その結果、「より幸せになる選択」を意識したグループは早くギブアップする傾向がみられ、幸福を追求している最中に意志力が消耗されることが明確に示唆されました。

総じて4つの実験は、幸せを求める行為が自己コントロールを疲弊させるという一貫したパターンを示しております。

幸せの追求そのものが心理的レバレッジを奪い、日々の意思決定や誘惑への抵抗力を弱めることが、まさに「幸せを願うリスク」の核心であるといえます。

この結果は、幸せになろうと努力することや何らかの幸せに暴露させられることが、人間の意思力を急激に消耗させ、自己コントロール能力を奪っていることを示しています。

「もっとポジティブな気分にならなければならない」「これくらいでは満足してはいけない」と意識的に自分を変えようとするほど、そのためのエネルギーを消耗し、結果として自制心や集中力を失いやすくなります。

そしてその結果として、幸せを実現させるのとは正反対な行為や習慣に引きずられてしまい、不幸に陥るのです。

幸せな人と比較して不幸を感じる場合は基本的に、相対的な不幸であり絶対的な没落とは異なります。

しかし意志力を消耗して誘惑に負けたり無意味な行為に没頭するのは直接的に不幸を呼び込む行為です。

他人と比べて収入が少ないことに不幸を感じるより、幸せを目指す過程で意思力を失い、仕事に行かなくなり失職するほうが、より直接的かつ絶対的な不幸です。

そういう意味では「幸せを目指して不幸になってしまう本当の原因」は、他人との比較ではなく、意思力の消耗による没落と言えるでしょう。

幸せになりたい人は「幸せそのもの」を目指してはいけない

幸せになりたい人は「幸せそのもの」を目指してはいけない
幸せになりたい人は「幸せそのもの」を目指してはいけない / Credit:Canva

幸せのパラドックスの背景にある自己コントロール資源の枯渇は、私たちに「幸福の追求」という行為を再考すべき大きな示唆を与えています。

まず言えるのは、「幸せを目指すな」という極端な主張ではなく、目標としての「幸せ」を掲げるのではなく、「すでにあるもの」に目を向け、そこから楽しみや感謝を見出す姿勢が重要であるということです。

意図的にポジティブな感情を得ようと奮闘するよりも、目の前の生活や人間関係を受容し、今ある資源を味わう――いわば「肩の力を抜く」ことが、結果として持続的な幸福につながる可能性が高いと考えられます。

一方、近年のセルフヘルプ産業は「こうすればすぐ幸せになれる」というメソッドを大量に生み出し、その中で「あなたの幸せはあなた次第」とのメッセージを発信しています。

もちろん、自分の力で幸福を築く前向きさは悪いことではありませんが、過剰な楽観や過度な責任感は意志力を消耗させ、逆に幸福感を損なうリスクがあります。

また、SNSをはじめとしたメディア環境も、より優れた「ハッピーライフ」をアピールし合う構造を促しており、われわれが「幸せ競争」に巻き込まれやすい状況を生み出しているのです。

このような社会的・文化的背景が、幸せを目指す人々をさらに疲弊させる原因となっている可能性は否めません。

また、文化的要因にも目を向けると、個人主義的な社会では「自分の幸せは自分でコントロールすべきである」というプレッシャーが一層強まりやすいです。

一方で、集団主義が色濃い文化圏では「共同体の調和」や「みんなと幸せを共有する」という価値観が優先され、自分を過度に追い詰める必要が少なります。

今後は、国や文化圏ごとに「幸せを願うリスク」の度合いがどのように異なるのかを探る研究が進められることが期待されます。

「幸せの追求」そのものが無意味であるというわけではありません。

大切なのは、幸福を目的として身を粉にするのではなく、結果として訪れるものとして受け止める姿勢です。

人や物とのつながり、日常生活のささいな喜びを味わうことこそが、意志力を過度に消耗することなく、持続的なウェルビーイングを支える鍵となるでしょう。

研究チームが提唱する「Just chill.(リラックスして)」というメッセージは、一見シンプルですが、現代社会において失われがちな「ほどほど」の感覚を取り戻すための重要なヒントとなるでしょう。

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元論文

Happiness depletes me: Seeking happiness impairs limited resources and self-regulation
https://doi.org/10.1111/aphw.70000

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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