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あなたの記憶は本物?脳が作り出す“偽の思い出”の恐怖


エリザベス・ロフタス博士の研究は、人間の記憶がいかに容易に変容しうるかを科学的に示しています。彼女の代表的な実験「ショッピングモール迷子実験」では、被験者に架空の出来事を語らせ、多くがこれを実際の体験と信じ込みました。これは記憶が外部情報や質問の仕方に影響され、誤った記憶が形作られる「誤情報効果」の存在を示すものです。この知見は司法の目撃証言の信頼性を問う重要なもので、1980年代に起きたスティーブ・タイタス氏の冤罪事件でもこの影響が明らかになりました。記憶の変容は司法だけでなく心理療法にも重大な影響を及ぼす可能性があります。

私たちは日々の出来事を記憶し、それをもとに判断や意思決定を行います。

しかし、その記憶が必ずしも正確でないとしたらどうでしょうか?

米国の心理学者エリザベス・ロフタス(Elizabeth Loftus)博士の研究は、記憶がいかに容易に変容し、時には全くの虚偽の記憶が形成されてしまう恐ろしい事実を報告しています。

彼女の代表的な実験である「ショッピングモールで迷子になった記憶の植え付け」は、記憶の脆弱性と操作可能性を明らかにしました。

私たちは「思い出した!」と言う感覚を掴んだときその記憶を確かなものに感じます。しかし、記憶は録画のような完全な記録とは異なります。人の記憶の危うさを見ていきましょう。

目次

  • 誤った証言で大量の冤罪が生まれた70年代
  • 「迷子の記憶」は本当にあった?ショッピングモール実験の衝撃

誤った証言で大量の冤罪が生まれた70年代

ロフタス博士の研究が本格的に始まった背景には、誤った目撃証言による冤罪事件の増加がありました。

科学捜査が未熟な1970年代のアメリカでは、証言が唯一の証拠となることも珍しくなく、証言のみに基づいて有罪判決が下されるケースが多くありました。

しかし、証言の信憑性を疑う声は当時からありました。そのため、このような社会的背景の中でロフタス博士は記憶の信頼性に関する科学的研究に取り組んだのです。

彼女の研究で注目されたのが誤情報効果(misinformation effect)です。これは、記憶が外部情報に影響を受けることを実験的に示したものでした。

彼女の初期の研究では、交通事故の映像を被験者に見せ、その後の質問で使う言葉遣い(例:「衝突した(smashed)」vs「ぶつかった(hit)」)を変えることで、被験者の記憶がどのように変化するかを調査しました。

その結果、「衝突した」と言われたグループは、実際よりも激しい事故を目撃したと報告する傾向が見られたのです。

これは質問の仕方を変えるだけで、自動車事故の速度推定が20km/hも変化することを示していました。

多くの人が質問の仕方で事故状況の記憶が変化した/Credit:canva

この研究は、司法の場における目撃証言の信頼性に大きな影響を与えました。

裁判では、証人が見たと信じる内容が証拠として扱われることが多いですが、検事の質問の仕方などによってその記憶が操作される可能性があるとすれば、冤罪のリスクが高まります。

彼女の研究が影響を与えた事件として有名なのが、1980年に起きたスティーブ・タイタス冤罪事件です。

1980年12月、ワシントン州に住むレストラン支配人のスティーブ・タイタス氏は、レイプ事件の容疑者として逮捕されました。

彼の車が犯人のものと似ていたため、被害者に複数の写真を見せたところ、「この人が一番近い」とタイタス氏の写真を指差したのです。

その後、裁判で被害者は「この人で間違いない」と証言し、彼は有罪となってしまいます。

この裁判中の証言が、「近い」から「間違いない」に変化した理由についてロフタス博士は誤った記憶を引き出している可能性を主張したのです。

この研究は証言に頼っていた司法制度の問題点を明らかにした/Credit:canva

そしてこの事件は見直されることになり、結果的に地元の新聞記者の調査で真犯人が別にいることが判明し、タイタス氏は82年に無罪となり釈放されました。

残念なことに、彼はこの冤罪によるストレスで健康を損ね、数年後に心臓発作で亡くなってしまいましたが、この事件を契機に目撃証言の脆弱性が注目されるようになったのです。

80年以降DNA鑑定技術が進歩したことで、過去の目撃証言に基づく事件も再検証されることになりますが、米国無罪プロジェクト(Innocence Project)の分析では、DNA鑑定で無罪が証明された事件の75%が虚偽記憶に基づく誤認捜査であったと報告しています。

このロフタス博士の研究は、司法制度における証言の扱いを見直す契機となったのです。

しかし、彼女は後の研究でもっと衝撃的な事実を示すことになり、そちらの方が有名な研究となっています。

「迷子の記憶」は本当にあった?ショッピングモール実験の衝撃

ロフタス博士の実験の中でも特に有名なのが、1995年に発表された「ショッピングモール迷子実験」です。

この実験は、誤情報効果の研究をさらに発展させ、記憶がどこまで捏造されうるのかを探るものでした。

初期の交通事故実験では言葉の使い方が記憶に影響を与えることが示されましたが、それがより個人的な思い出にも適用されるのかを検証するため、この研究が行われました。

この実験では、24名の被験者(18歳から53歳)を対象に、それぞれの家族に協力を依頼し、実際にあった3つの思い出話とともに、架空の「ショッピングモールで迷子になった」という思い出話を語らせました。

その結果、約25%(6名)の被験者が、その架空の出来事を本当に経験したと信じ込み、細部まで思い出すようになったのです。

偽りの迷子エピソードに本人はその記憶があると述べ始める/Credit:canva

興味深いことに、一部の被験者は「迷子になった際に店員が助けてくれた」「特定の店の前で泣いていた」などの具体的な詳細を加えるなど、自己生成的に記憶を補完する傾向が観察されました。

これは、偽の情報が単に刷り込まれるだけでなく、本人の想像力によって強化されることを示唆しています。

また同類の問題を検証した研究は、ロフタス博士以外にも行われており、2002年に英国カーディフ大学のKimberley A. Wade(キンバリー・A・ウェイド)博士らが行った実験では、視覚情報を用いることで記憶が変容してしまうことが報告されています。

この研究では、被験者に子供の頃の写真を見せ、その中に合成した偽の写真を紛れ込ませました。

例えば、被験者が幼少期に熱気球に乗ったことがあるかのように編集された写真を見せたところ、被験者の約50%が、その経験を実際に体験したと信じ込み、細かいディテールを思い出し始めたのです。

この研究は、視覚的な情報がいかに記憶の捏造を促進するかを示し、ロフタス博士の研究と同様に、偽記憶が形成されるメカニズムの一端を明らかにしました。

この結果は、写真や映像などの証拠が持つ影響力の大きさを示しています。特に現代は簡単に写真を加工できるようになったため、そのリスクはかなり大きくなっていると言えるでしょう。

こうした研究報告は、心理学における「抑圧された記憶の回復」(無意識に忘れていたトラウマ的な記憶を、後に治療や催眠を通じて思い出すこと)に対しても問題になると議論が起きています。

特に、セラピーの過程で誤った記憶が植え付けられ、実際には存在しない虐待の記憶が生み出される危険性が指摘されるようになりました。

ロフタス博士の研究は、記憶の変容が単なる言葉の影響にとどまらず、より深い個人的体験にも及ぶことを示しました。

彼女の研究について『なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか』を説明できると紹介している書籍もあります。

脳はなぜ偽の記憶を作り出すのか?

このような偽記憶の形成には、脳のいくつかの重要な領域が関与していると考えられています。

特に、海馬(hippocampus)と前頭前野(prefrontal cortex)が大きな役割を果たしていると見られます。

海馬は記憶の形成と想起に関与しており、新しい情報を整理し既存の記憶と結びつける働きをします。

一方、前頭前野は情報の選択や統合を行う機能を持ち、矛盾のある情報が入ってきた場合でも、一貫した物語を作り上げようとする傾向があります。

また、脳は記憶を静的に保存するのではなく、再構成しながら思い出すという特性を持っています。

このため、外部からの誤った情報や誘導的な質問によって、脳内の記憶が書き換えられ、偽記憶が生じるのです。

実際、fMRIを用いた研究では、虚偽記憶の想起時は真の記憶とは異なる神経活動パターンが観測されると報告されています。

偽記憶が示す私たちの脳の限界

ロフタス博士の研究は、記憶が固定されたものでなく、環境や情報によって変化するものであることを明確に示しました。

司法制度や心理療法において、この知見は慎重に扱われるべきものであり、証言やカウンセリングにおける記憶の信頼性を再考する必要があります。

「絶対あった!」と思う思い出の記憶であったとしても、それは安易に信用するべきではないかもしれません。

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元論文

Reconstruction of automobile destruction: An example of the interaction between language and memory1
https://doi.org/10.1016/S0022-5371(74)80011-3

The formation of false memories.
https://psycnet.apa.org/doi/10.3928/0048-5713-19951201-07

A picture is worth a thousand lies: Using false photographs to create false childhood memories
https://doi.org/10.3758/BF03196318

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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