私たちが当たり前のように思い描く「青い海」や「青い惑星・地球」は、実は地球史のすべてに当てはまるわけではないかもしれません。
最近の研究からは、約30億年前から6億年前頃にかけて、地球の海の多くが今とは違う“緑色”を帯びていた可能性が強く示唆されています。
当時、海には還元型の鉄(Fe(II))が豊富に溶け込んでおり、やがて酸素を放出するシアノバクテリアなどの光合成生物によって酸化されることで、微細な酸化鉄が海水を漂うようになりました。
これらの粒子が紫外線や青い光を強く吸収し、水自体は赤色光を吸収するという特性が重なった結果、緑色の光だけが海の深い場所に届く“グリーンライト・ウィンドウ”が生まれたと考えられるのです。
「なぜ海が緑色だったのか?」「そこでどのような光合成が営まれていたのか?」――こうした疑問を突き詰めていくと、地球の環境が生物を変え、生物がさらに環境を変えていくという大きな連鎖が見えてきます。
本記事では、名古屋大学で行われた研究をもとに“緑色の海”という壮大な仮説と、その舞台裏で進んでいるシミュレーションや実験を紹介しつつ、私たちの宇宙観にもつながる興味深い示唆について探っていきます。
研究内容の詳細は2025年2月18日に『Nature Ecology &Evolution』にて公開されました。
目次
- 古代海の謎:なぜ地球の海はかつて緑色だったのか?
- 古代海が緑色に見えた証拠
- 青い海の星ではなく緑の海の星を探せ
古代海の謎:なぜ地球の海はかつて緑色だったのか?
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地球の海が「青く」見える理由は、太陽光が水や大気で散乱・吸収される際に、主に青い光が残るためだとされています。
また、宇宙空間から見下ろした地球が淡い青に映るのも、空気中の分子によるレイリー散乱などが大きく関わっています。
そのため、私たちにとって“地球=青い惑星”というイメージは、ほぼ疑う余地のない常識になってきました。
しかし近年の研究によれば、地球が誕生してしばらくは大気に酸素が乏しく、海にも二価の鉄(Fe(II))が大量に溶けていた時期があるとされます。
特に、太古代(約40億~25億年前)から原生代前期(24億~16億年前)の時期にかけては、還元的な海洋環境が長く続いていた可能性が高いのです。
ところが、約30億年前ごろから、酸素を発生する光合成生物が徐々に広まり始めました。
彼らの活動によって海中の鉄は酸化され、三価の鉄(Fe(III))となって微粒子化し、海水中を漂うようになります。
こうした粒子は青や紫外線の波長を吸収しやすいため、海の奥深くには緑色光が届きやすい環境――いわゆる“緑の海”――が生じたのです。
さらに、緑の海で生きる生物の視点から見ると、クロロフィルだけでは十分に光を活用できません。
そこで登場するのが、シアノバクテリアが持つ「フィコビリン」という色素です。
フィコビリンは緑色光を吸収し、葉緑素に効率よくエネルギーを渡すための“大型アンテナ(フィコビリソーム)”を形成します。
もし太古代の海洋が緑色光中心の光環境だったのなら、フィコビリンを活用できる生物が有利に繁殖し、酸素の産生をさらに促していた可能性があるわけです。
縞状鉄鉱床(バンド鉄鉱層)と呼ばれる地層からは、「大量の鉄と酸素が反応して生成した」という痕跡がはっきりと読み取れるため、海水中で何らかの形で酸化が起きていたことが確かめられます。
こうした地質学的証拠や、シアノバクテリアの分子系統学的分析、さらに環境再現実験などを総合すると、「昔の海が緑色だった」という見方は、単なるロマンではなく非常に具体的なストーリーを持つ説得力ある仮説として浮上してきました。
古代海が緑色に見えた証拠
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研究チームはまず、海洋中の鉄濃度と光の波長ごとの吸収率を数値シミュレーションし、太古の海でどの程度緑色の光が生き残ったかを理論的に検証しました。
シミュレーションの結果、酸素が乏しい状態で存在する二価の鉄(Fe(II))が三価の鉄(Fe(III))へと酸化される際、海水中には微細な酸化鉄の粒子が漂うようになることが示されました。
これらの粒子は紫外線や青い光を効率よく吸収し、水自体が赤い光を吸収するという性質とも相まって、最終的に海中では緑色系の光が相対的に優勢になると分かったのです。
次に、理論で示された「緑色の光しか届かない環境下でも生物は光合成できるのか」を確認するため、研究者たちはシアノバクテリアを用いて実験を行いました。
クロロフィルに加えてフィコビリン系色素を持つ菌株と、そうでない菌株とを比べたところ、緑色光の波長帯のみを照射した条件ではフィコビリン色素を備えた菌株のほうが圧倒的に成長率が高いことが分かりました。
これは、もし太古の海が緑色の光に満ちていたならば、そうした色素を持つ生物が自然選択を受けて有利に繁栄した可能性を支持する結果です。
さらに、モデルや実験だけでなく、現代の類似環境として日本の薩南諸島・硫黄島近海も調査されました。
ここでは海底の熱水活動によって供給された鉄が酸化され、浅い水深でも酸化鉄粒子が多いおかげで、波長スペクトルは「緑色優勢」となる部分が確認されたのです。
そこで採取されたシアノバクテリアを分析すると、実際にフィコビリン系の色素を多く持ち、緑光を効果的に利用している形跡が見られました。
このように、数値シミュレーション・培養実験・現地調査を組み合わせたアプローチによって、「かつて地球の海が緑色だった」という仮説は、より一貫性のある理論として強化されたのです。
青い海の星ではなく緑の海の星を探せ
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今回の研究は、昔の海の色が単に違っただけでなく、生物と環境が互いに影響を与え合う複雑なフィードバックの存在を浮き彫りにします。
シアノバクテリアが放出する酸素が鉄を酸化し、海を緑色の光が豊富な状態に変える。
その環境で緑色光を活用できるシアノバクテリアがさらに増え、酸素の生産が一層加速される――いわば「生物の活動が環境を変え、その環境が生物を選択する」というサイクルです。
こうした視点で見ると、大酸化イベント(GreatOxidationEvent、約24億年前)につながるプロセスも、単なる「シアノバクテリアの増殖」だけでは説明しきれない、海洋化学と微生物生態系の相互作用によって推し進められたのではないかと考えられます。
この“緑の海”仮説は、地球外生命探査においても新しい示唆を与えます。
これまで「大気中の酸素」や「メタン」などのガス成分ばかりに注目されがちでしたが、もし惑星の海の色合いが生物活動によって特徴的に変化するなら、そのスペクトル観測は生命のサインを見いだす重要な手がかりになるかもしれません。
実際、NASAのHabitableWorldsObservatory(HWO)などでは、大気ばかりでなく海洋スペクトルを詳細に測定する技術開発が進められています。
地球以外にも「酸化鉄が漂う浅瀬が緑色に染まった惑星」があるとすれば、そこではシアノバクテリア的な生物が光合成を営んでいる可能性も考えられます。
とはいえ、「どれほどの鉄濃度があれば海全体が緑色になったのか」「海のどの深さまで緑色の光が優勢だったのか」など、依然として精密に検証すべき点は残されています。
海洋化学・地質学・生物学といった多様な分野の連携がさらに進めば、太古代の海がいつ、どこまで緑色に染まっていたのか、どのように大気への酸素放出とリンクしていたのかがより明確になるでしょう。
それでも、シミュレーション・実験・現地調査を組み合わせて「昔の海は今とは違う色をしていたかもしれない」という説を強化している点は、とても意義深いといえます。
これまで「青い海」が当たり前だと思っていた私たちですが、数十億年という長いスパンで地球の歴史を眺めると、“緑色の海”こそが当たり前だった時代がかなり長く存在したかもしれないのです。
こうした視点は、大酸化イベントや真核生物の出現、さらには多細胞動物誕生の背景を再評価する糸口にもなり得るでしょう。
参考文献
太古の昔、生命を育んだ海は「緑色」だった!? ~25億年前の地球と光合成生物の進化の解明~
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2025/02/-25.html
元論文
Archaean green-light environments drove the evolution of cyanobacteria’s light-harvesting system
https://doi.org/10.1038/s41559-025-02637-3
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部