スーパーでレジに並んでいるとき、ついチョコレートを手に取ってしまったことはありませんか?
あるいは、ホテルに宿泊した際、「タオルを再利用すると環境に良い」という小さなメッセージを見て、思わずタオルを使い回したことがあるかもしれません。
「強制せずとも、自然と行動が変化する」
この現象を生み出しているのが「ナッジ(nudge)」という行動経済学、行動科学の概念です。
この記事では、ナッジとは何なのか、実際にどのように活用されているのか、またどのように自分でナッジを活用できるのかを具体例とともに解説します。
目次
- ナッジとは?選択を変える小さな工夫
- ナッジの活用例
- ナッジを自分で活用するには?
ナッジとは?選択を変える小さな工夫
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ナッジとは、私たちの選択の自由を尊重しながらも、望ましい行動を自然に選びやすくする仕組みのことです。
「ナッジ(Nudge)」という言葉の本来の意味は、「(合図のために)肘で小突く」「そっと突く」というもの。
つまり、ナッジを利用するなら、チョンチョンと小突くかのように相手の行動を変化させることができるのです。
ナッジは、リチャード・セイラー(Richard Thaler)氏とキャス・サンスティーン(Cass Sunstein)氏が2008年に提唱し、多くの政策やビジネス戦略に応用されています。
彼らの著書『Nudge』では、ナッジが政策やマーケティングにどのように応用できるかが紹介され、多くの国で政策決定の参考にされるようになりました。
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例えば、ナッジの代表的な成功例として、オランダの空港のトイレに描かれた「ハエの絵」があります。
男性用小便器に小さなハエの絵を描くことで、利用者がそこを狙うようになり、周囲の汚れを大幅に削減できたのです。
この単純な工夫は、強制ではなく、人々の自然な行動を利用したナッジの典型例とされています。
ナッジはほんの少しの変更で、人々の行動を改善する強力な手法となるのです。
では、他にもナッジをどのように利用されているのでしょうか。
ナッジの活用例
ナッジは、さまざまな分野で実際に活用されています。
健康に役立つナッジ
健康に良い選択肢を増やすことで、人々の行動を改善できます。
例えば、学校や企業の食堂では、健康的な食品を目立つ位置に配置することで、より多くの人が健康的な食事を選ぶようにしています。
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さらに、階段の利用を促進するために、ステップごとに「消費カロリー」を表示する取り組みもあります。
この方法は、特にオフィスビルや駅構内で広く採用されており、利用者の健康増進に貢献しています。
人々はその表示を見かけるたびに、「最近太ってきたし、健康のためにもエレベーターを使うのではなく、階段を登ろう」と行動を変えるのです。
環境保護に役立つナッジ
エコブランディングの手法では、商品のパッケージに環境負荷の情報を明示することで、消費者がエコ製品を選びやすくする工夫がなされています。
また、ホテルでは「タオルの再利用が環境に良い」と強調する表示をすることで、宿泊者が自然とタオルを再利用するよう誘導します。
これにより、洗濯にかかる水やエネルギーの消費を削減することに成功しています。
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さらにデンマークでは、2011年以来、街中に設置されたゴミ箱に対して、「ゴミ箱までの足跡を示す」取り組みが導入されています。
この簡単な取り組みにより、ゴミ箱の周囲に落ちているゴミの量は40%も削減されました。
購買意欲を高めるナッジ
ナッジは、マーケティング分野でも効果的に活用されています。
例えば、スーパーのレジ横に小さな商品を配置することで、消費者がつい追加で購入してしまう仕組みが取り入れられています。
また、オンラインショッピングでは、「この商品を購入した人は、こちらの商品も買っています」といったレコメンド機能が、購入を後押しするナッジとして役立っています
消費者たちは誰かに強制されたわけではありませんが、ついつい誘導され、購入してしまうのです。
では、このようなナッジの理論を、私たちが利用するには、どうすればよいでしょうか。
ナッジを自分で活用するには?
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ナッジを効果的に活用するには、適切なプロセスを踏むことが重要です。
1. 分析と設計
最初のステップは、ナッジによって影響を与えたい行動を特定することです。
広範な行動ではなく、具体的な小さな行動に焦点を当てることで、効果が出やすくなります。
例えば、「運動の習慣を増やす」というテーマは広すぎるため、 「エレベーターではなく階段を使う」といった具体的な行動に焦点を当てると良いでしょう。
2. テストと改善
ナッジを導入する際、環境や文化によって効果が異なるため、 試行錯誤しながら最適な手法を見つけることが必要です。
例えば、以下のようなナッジのテクニックがあります。
- リマインダーを送る(例:健康診断のお知らせを繰り返し行う)
- 選択肢を事前に設定する(あらかじめいくつかの選択肢を提示する)
- 楽しさを加える(楽しさや笑いを生み出し、行動を誘発する手法例。例:ストックホルムのフォルクスワーゲンが実施した YouTube の「The Fun Theory」キャンペーン)
- 社会的比較を活用する(例:近隣の電力消費量を個々の電気料金表に含める)
- 情報の提示方法を変える(例:自転車レーンをカラフルにすると、自転車レーンを利用する人が増える)
これらの方法を組み合わせながら、効果的なナッジを実装することができます。
3. 結果の評価
最後に、ナッジがどの程度の影響を及ぼしたかを評価する必要があります。
具体的な指標としては、利用者数の増加、インフラの利用率向上、 サービスへの登録率などを測定することが考えられます。
ナッジの影響を正確に把握するためには、 対象者の行動を一定期間観察し、実験を繰り返すことが重要です。
このように、ナッジは計画的に設計・テスト・評価することで、 いっそう効果的なものへと改良できます。
あなたもナッジを活用することにより、自分や他の人を、自然に、意図した方向へと誘導できるかもしれません。
参考文献
Understanding Nudge in 10 minutes
https://d-k.io/en/ressources/l-eco-branding-communication-et-marketing-responsable
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部