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脳の薄切りを凍らせて1週間後に蘇生することに成功!


ドイツのフリードリヒ・アレクサンダー大学の研究により、マウスの脳を凍結保存し、1週間後に解凍した際に正常に活動を再開することができた。この"ガラス化"技術は、凍結時の結晶化による損傷を防ぎ、脳のシナプス可塑性を維持したまま保存する手法を示した。研究は、液体窒素を用いた急速冷却とマイナス150℃の保存を駆使し、保存後のシナプスや細胞構造が正常に戻ったことを確認。将来的には、この技術で人間の脳の構造や人格を保存する可能性が探られている。

「もし、あなたの脳を1週間だけ“停止”させておいて、その後ふたたび動かすことができるとしたら……」

いままで、それはSF小説の中だけで語られる夢物語に過ぎないと思われてきました。

しかしドイツのフリードリヒ・アレクサンダー大学エアランゲン=ニュルンベルク(FAU)で行われた研究により、マウスの脳の一部を凍結保存し、1週間後に解凍した際にほぼ元どおりの活動を取り戻した、という驚くべき研究が報告されています。

この研究では、薄切りにしたマウスの脳(いわゆる“脳スライス”)を、まずは液体窒素で急速冷却し、その後マイナス150℃に保たれた冷凍庫で1週間保管したそうです。

そして解凍してみると、シナプス(神経細胞同士が情報をやり取りする接合部)など、脳を機能させる上で重要なネットワークが損なわれることなく生き生きと動き出したというのです。

この実験の大きなカギは、「ガラス化(ヴィトリフィケーション)」と呼ばれる技術にあります。

凍結防止剤を使って細胞内の水分を結晶にせず、ガラス状に固めることで、組織を氷の刃のような損傷から守るというわけです。

とくに、脳のように膨大な神経細胞が入り組んだデリケートな器官を、低温下で長期保存する手法として注目されています。

そしてさらに興味深いのは、マウスの脳スライスを再び“動かす”ことができるのなら、学習や記憶に必須とされる回路まで無事に保たれているかもしれないという点です。

これがもし将来、人間の脳に適用できるようになれば、“精神”や“人格”の基盤をいったん凍結しておいて必要なときに解凍する――というSF的なシナリオも、まったくの絵空事ではなくなるかもしれません。

もちろん、ヒトなど大型哺乳類に応用するには大きな課題が山積みですが、医療や宇宙飛行などの特殊環境、そして脳科学研究のツールとしても、大きな可能性が広がっているのは間違いないでしょう。

本記事では、「1週間凍結した脳スライスを解凍し、ふたたび動かす」という冒険的な実験にスポットを当て、いかにして安全に脳を“停止”させ、そして“再始動”させるのか――そして、その先にどのような未来が待ち受けているのかを探っていきます。

研究内容の詳細は2025年2月4日にプレプリントサーバーである『bioRxiv』にて公開されました。

目次

  • 止まった脳は再び動くのか?――ガラス化技術の足跡
  • 冷却から蘇生へ――実験の全貌
  • 停止した記憶は蘇るのか――精神保存への道

止まった脳は再び動くのか?――ガラス化技術の足跡

脳の一部を凍らせて1週間後に蘇生することに成功!
脳の一部を凍らせて1週間後に蘇生することに成功! / Credit:clip studio . 川勝康弘

生命を“凍らせる”という発想は、古くからSFで取り上げられてきたテーマです。

ところが、実際に生体を凍結する道のりは、決して簡単なものではありませんでした。

最大の障壁は、凍るときに生じる氷の結晶が組織や細胞膜を傷つけることです。

とりわけ脳は、緻密に連なった神経細胞と細やかな回路が電気信号をやり取りするため、ごく小さなダメージでも致命的な機能障害を招きやすいとされてきました。

一方、自然界を見渡すと、極寒の環境下でも体内で“凍結防止剤”のような物質を生み出し、氷の結晶化をうまく防ぎながら生き延びる昆虫や両生類が存在します。

それを手がかりに、1980年代からは哺乳類の細胞を凍結する際にも、同様の凍結防止剤を加える実験が進められてきました。

たとえば水分が結晶化しないように、グリセロールや糖類などを細胞内に取り込ませる方法です。

ただ、高濃度の凍結防止剤は有毒になる恐れもあり、最適な配合や濃度、浸透速度をめぐって、多くの研究者が試行錯誤を重ねてきました。

こうした中で注目されたのが、“ガラス化(ヴィトリフィケーション)”という手法です。

水分が結晶化せず、“固体なのに分子の配列がランダム”というガラス状に変化すると、氷の結晶が組織を壊すリスクを減らせます。

とはいえ、細胞内の水分をしっかり置き換えるほどの高濃度溶剤は毒性を持ちやすく、さらに冷却・解凍時の物理的ストレスを小さく抑える必要もあるため、乗り越えるべき課題は数多く残されていました。

一方、ラットの心臓や肝臓、腎臓などをガラス化して保管した後、解凍して機能が戻る事例は近年いくつか報告されています。

しかし、記憶や学習の中枢となるシナプス可塑性や、無数の神経細胞ネットワークをもつ脳を、そのまま無傷に保管するのは非常に高いハードルだと考えられていました。

実際、2000年代頃までは脳のごく一部を短時間だけ冷却し、解凍後にわずかな活動を確認する程度の報告があるにとどまっていたのです。

そうした状況の中、マウスの脳スライスを1週間ものあいだガラス化状態で保ち、再び温度を上げてシナプスの働きや神経活動、さらには記憶のカギを握る可塑性まで元に戻すことを試みる研究が行われました。

「脳は氷結さえ防げば、物理的な構造を保ったまま再稼働できるのではないか」という仮説を、ここまで徹底的に検証し、しかも成功させた例は非常に珍しいといえます。

この成果によって、長期間の脳保存や、人為的に“仮死状態”をつくり出す技術が、あながち絵空事ではなくなってきたのです。

冷却から蘇生へ――実験の全貌

脳の一部を凍らせて1週間後に蘇生することに成功!
脳の一部を凍らせて1週間後に蘇生することに成功! / 各パネルは、基本的なシナプス伝達(A)、短期的なシナプス可塑性(B)、そして薬剤投与によるシナプス応答のダイナミクス(C)をそれぞれ示すことで、解凍後の脳スライスがどの程度正常な神経活動を回復しているかを多角的に評価しています。結果論文では脳切片をうまくガラス化できれば、解凍してからも細胞やシナプスに大きな損傷がなく、機能(代謝活動・電気活動)まで復活すると結論付けています/Credit:Alexander German et al . bioRxiv (2025)

本研究では、まずマウスの脳スライスを使い、ガラス化による凍結保存と解凍後の機能回復を調べました。

脳スライスは学習や記憶を担う海馬という領域から取り出し、厚さを数百マイクロメートル程度に保っています。

普通なら、このような脳スライスは10時間ほどで細胞が弱りはじめるのですが、ガラス化を組み合わせることで、この“生きた”状態をもっと長く保とうというわけです。

最初に、複数の溶剤を配合した凍結防止剤を段階的にしみ込ませ、水分を置き換えて氷ができにくい環境をつくります。

このときは高濃度の溶剤が細胞にダメージを与えないよう、浸透時間や温度をきちんと管理することが欠かせません。

続いて、まずは液体窒素でマイナス196℃まで一気に冷やし、その後マイナス150℃の冷凍庫で最大1週間保存します。

こうしてスライスをガラス化した状態に保つことで、組織の割れや氷の結晶化を防いだのです。

解凍するときも、内部まで温度をゆっくり均一に上げるようにし、急激な温度差が起きないよう細心の注意を払います。

同時に、細胞の中や外に入り込んだ凍結防止剤を少しずつ取り除いていくことで、浸透圧によるストレスも減らしました。

最後に、人工脳脊髄液(aCSF)と呼ばれる生理学的な液体でスライスを戻し、蘇生状態での測定を始めます。

顕微鏡や電子顕微鏡で確認したところ、冷凍した際の結晶化や組織の破損が見られないことがわかりました。

さらに、フィールド電位やパッチクランプという方法で電気活動を調べたところ、コントロール群とほぼ同じレベルでシナプスが反応し、学習や記憶の基盤であるシナプス可塑性(LTP)までもしっかり観察されたのです。

電子顕微鏡による細胞内の観察では、ミトコンドリアやシナプス小胞などの形状も維持されており、氷の破壊をほとんど受けていないことが確認されました。

特に注目されるのは、最大で1週間ガラス化状態に置かれたスライスでも、大きな衰えが見られず正常に機能が戻った点です。

今までは数日がせいぜいだった脳スライスの“寿命”を飛躍的に伸ばすことに成功し、今後の研究や実用化に向けて大きな一歩を踏み出したといえます。

停止した記憶は蘇るのか――精神保存への道

脳の一部を凍らせて1週間後に蘇生することに成功!
脳の一部を凍らせて1週間後に蘇生することに成功! / 見た目(断面)のレベルでも、氷の結晶が原因の激しい破壊や細胞の崩壊が起こっていないことがわかる。 ミトコンドリアやシナプスが正常に近い構造を持っているため、脳の重要な機能(エネルギー産生、情報伝達)が保たれている可能性を示す図です。/Credit:Alexander German et al . bioRxiv (2025)

この研究の大きな意義は、“一度完全に止まった脳の断片が、再び動き出す”可能性を具体的に示したことにあります。

凍結と解凍の前後で、シナプスの結合や電気信号がほぼ元通りになるという事実は、学習や記憶を支えるシナプス可塑性がきちんと残っているかもしれない、ということです。

もし脳の構造そのものが守られているなら、“精神”や“人格”といった高度な情報も、いつかは凍結から呼び覚まされるのではないかというSF的な展望が湧いてきます。

医療や研究の面から見ても、この技術はさまざまな期待を生み出します。

たとえば、大手術で取り除かれた脳組織をガラス化して保管し、後で詳細な検査をしたり、新しい治療薬の効果を試したりすることが考えられます。

あるいは、脳スライスを凍結して送れば、遠く離れた研究施設でも同じ組織を使って実験ができ、再現性の高い共同研究が進めやすくなるでしょう。

さらには、臓器移植の技術と組み合わせることで、将来的に脳や神経組織を移植する道が開けるかもしれません。

ただ、この研究が扱ったのはマウスの海馬という限定的な領域であり、大きく複雑なヒト脳にまで適用できるかどうかは未知数です。

そもそも死後にダメージを受けた脳を、どこまで復元できるのかといった課題も残っています。

また、生命倫理や法整備をきちんと整えないと、仮に技術が進んでも現実的にはなかなか使えないでしょう。

さらに、本研究で示されたプロトコルを別の研究機関が再現できるのか、そして臓器全体をガラス化するときに起こる温度分布の違いなど、詳細な検証が必要な点も多いです。

それでも、「脳を停止させて、再び動かす」というアイデアがここまで身近になったのは画期的です。

脳回路の微細構造を壊さずに長期間保つ手段が確立されれば、ほかの大型動物での研究や、もっと長期の保存をめざす試みが加速するでしょう。

意識や精神といった目に見えない要素が、具体的にどう保存・再現されるのかは、医療だけでなく哲学や倫理の観点からも議論が広がりそうです。

SFの世界で描かれてきたコールドスリープや死後の脳保存といったテーマが、ただの空想ではなくなる日が来るかもしれません。

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元論文

Functional recovery of adult brain tissue arrested in time during cryopreservation by vitrification
https://doi.org/10.1101/2025.01.22.634384

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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