かつて「超音速飛行=ソニックブーム」は切り離せない関係と考えられていました。
音速(マッハ1)を超えると発生する衝撃波は、地上まで届くほどの大音響を伴い、窓ガラスが割れるなどの被害をもたらすこともあります。
このため、コンコルドのような超音速旅客機は海上を中心に運航するしかなく、陸上での高速移動は実現が困難だとされてきました。
しかし最近、航空技術の新たなブレイクスルーが「超音速飛行はうるさい」という従来の常識を覆そうとしています。
アメリカの航空ベンチャー企業・Boom Supersonic社が開発した実験機「XB-1」が、地上にソニックブームを響かせることなく音速の壁を突破したと報告したのです。
彼らはこの「静かな超音速飛行」を可能にする仕組みを「Boomless Cruise」と名付け、背後には“大気の屈折”を利用した「マッハカットオフ」という重要な物理現象が存在すると説明しています。
このニュースが注目を集めるのは、もし騒音問題が克服されれば、陸上でも超音速移動が解禁される可能性が出てくるからです。
長年、超音速旅客機の普及を阻んできた最大の障壁であるソニックブームが抑えられれば、世界中の航路で高速化が一気に進むかもしれません。
本記事では、こうした新技術の概要とマッハカットオフのメカニズム、さらに最新の実験結果や今後の展望について解説していきます。
詳細はBoom Supersonic社のホームページにて公開されています。
目次
- 音速と衝撃波の歴史
- マッハカットオフのメカニズム
- 超音速を出してもソニックブームが地上に届かないことを確認
音速と衝撃波の歴史
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超音速飛行は、かつてコンコルドが実現したように大きな期待を集めましたが、その際に問題となったのがソニックブーム(衝撃波による大音響)です。
陸上を飛行した場合、爆音のような衝撃音が地表に達し、住民への騒音被害や建物への影響が懸念されました。
実際にコンコルドは乗客に支持されたものの、運航コストの高さや騒音規制などの課題が重なり、2003年に退役を余儀なくされました。
以降、ソニックブームをどう抑えるかが超音速機開発の大きなテーマとなりました。
とくに陸上での超音速飛行が各国の法律で厳しく制限されています。
もし何も対策せずに地上で超音速飛行を行い衝撃波を発生させれば、どんなヒーローもきっと逮捕されてしまうでしょう。
「地上に騒音を響かせない超音速旅客機」の実用化は長らく“技術的かつ規制的”なハードルとなってきたのです。
こうした背景のもと、米国コロラド州を拠点にするベンチャー企業「Boom Supersonic社」は、次世代超音速旅客機の開発に挑戦している企業の一つです。
同社は将来的に「Overture(オーバーチュア)」という世界最速の旅客機を商業化することを目標としており、そのための実験機が「XB-1」です。
XB-1は、超音速飛行時の騒音や飛行特性を実地で検証する目的で開発されました。
近年報告された実験では、音速の壁を突破したにもかかわらず、地上でソニックブームがほとんど観測されなかったという結果が得られ、大きな注目を集めています。
Boom Supersonic社は、この「静かな超音速飛行」の実現を“Boomless Cruise”と呼び、将来の旅客機オーバーチュアにも搭載する計画を進めています。
さらに、Boom Supersonic社は、高度な大気予測と飛行速度制御を組み合わせることで、マッハカットオフ現象を利用し、「陸上でもソニックブームが届かない超音速飛行」を目指しています。
マッハカットオフのメカニズム
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「マッハカットオフ」とは、飛行機が音速(マッハ1)を超える速度で飛行しているにもかかわらず、衝撃波(ソニックブーム)が地上に到達しにくくなるという現象を指します。
もともと超音速飛行では、機体前方や後方で生じる圧力の急激な変化が衝撃波を作り出し、まるで“爆音”のように地表まで響くことが多いのですが、ある条件下ではその衝撃波が大気中で「折れ曲がる」ように上方向へ逸れ、地上に届かない場合があります。
まず知っておきたいのが、大気の温度や密度によって「音の速さ」が変わるという事実です。
ふつう、高度が上がるほど大気が薄くなり、気温も下がるため、音速は小さくなる傾向にあります。
すると、機体が「音速を超える」タイミングや衝撃波の形状が、高度によって微妙に変化するのです。
たとえば、水中に棒を入れたとき、棒が曲がって見える現象(屈折)を思い浮かべてみてください。
音波や衝撃波も、大気中の気温や密度が変わる“境界”に差し掛かると、進行方向がゆるやかに曲がる(屈折)という性質があります。
通常であれば、超音速機が作り出す衝撃波は円錐形に広がって地表に到達しますが、マッハカットオフが起こる条件下では、この衝撃波が下方向に向かわず上向きに逸れていきます。
結果として、地上では「ボーン」という衝撃音がほとんど聞こえないわけです。
とはいえ、「いつでもどこでも好きなように衝撃波が消せる」わけではありません。
気温や風向き・風速などの気象条件が揃っていることが鍵になります。
飛行高度や機体速度を上手に調整し、なおかつ大気予報を的確に読み込むことで、マッハカットオフを狙って引き起こすことが可能とされるのです。
今回、Boom Supersonic社が提唱する「Boomless Cruise」は、こうしたマッハカットオフの原理を活用し、“衝撃波を地表に届かせない”状態を作り出すことを目指しています。
高度な自動操縦技術と専用エンジン(Symphony)の組み合わせにより、飛行中の大気条件をリアルタイムに解析し、地上での騒音をほぼ感じさせない超音速飛行を実現するのが大きなポイントです。
つまり、マッハカットオフは「音速を超えれば必ず大きなソニックブームが出る」という従来の常識を覆す、大気の屈折効果をうまく利用した現象なのです。
これが実用レベルで広がれば、陸上でも安心して超音速旅客機が飛び交う未来がやってくるかもしれません。
超音速を出してもソニックブームが地上に届かないことを確認
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Boom Supersonic社による実験機「XB-1」の初の超音速テスト飛行は、2025年1月28日に行われました。
このフライトで、XB-1はマッハ1.12程度まで加速し、3回にわたって音速の壁を突破したと報告されています。
続く2月10日にもテスト飛行が実施されました。
ソニックブームの有無を客観的に検証するために、飛行経路の下方に複数のマイクロフォンアレイが配置されました。
これらの特殊なマイクロフォンは、音量だけでなく衝撃波の特徴的な波形を高精度で記録できるように設計されています。
結果、XB-1が超音速に達したにもかかわらず、地上ではソニックブームのピーク音圧を検出できず、「人間の耳で認識できるほどの爆音が到達しなかった」ことが確認されました。
Boom Supersonic社は今回の実測データをもとに、従来のソニックブーム伝播モデルや、自社開発の「マッハカットオフ解析アルゴリズム」を比較検証しています。
テスト飛行で集められた実測値は、シミュレーションで予想された“Boomless Cruise”の条件とほぼ一致しており、衝撃波が地表まで届かない可能性を裏付ける形となりました。
こうした正確な大気・音響データの取得によって、マッハカットオフの発生をさらに細かく予測・制御できるようになったと報告されています。
ただ、マッハカットオフ飛行はいいことばかりではありません。
マッハカットオフ飛行の際には通常の亜音速や超音速飛行よりも燃費が悪化することが知られています。
マッハカットオフを行うには、高度や飛行速度の微妙な調整を繰り返す必要があり、最適燃費から外れやすいのです。
この問題は将来的な実用化を考える上で無視できない要素であり、Boom Supersonic社としては、エンジン(Symphony)や高度制御システムの改善によって、マッハカットオフ飛行の経済性や環境性能を高めることが重要な課題となっています。
しかし、今回の実験で新たに得られたデータは、「音速の壁を超えてもソニックブームが地上に届かない可能性がある」という理論を実証した点で画期的です。
これまで超音速飛行と強力な衝撃音は切り離せないと考えられてきただけに、Boom Supersonic社の実験結果は今後の航空機開発に大きな影響を与えると期待されています。
参考文献
Boom Supersonic Announces Boomless Cruise
https://boomsupersonic.com/press-release/boom-supersonic-announces-boomless-cruise
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部