道路のひび割れや損壊は世界中のドライバーや自治体にとって深刻な頭痛のタネです。
車のタイヤが破損してしまったり、大規模な交通渋滞や事故を招いたり、修理に多額の費用がかかったりと、その影響ははかりしれません。
こうした問題解決の切り札として、今注目を集めているのが「自己修復アスファルト」です。
イギリスのスウォンジー大学(SU)で行われた研究により、何と道路が自らの亀裂を“縫い合わせる”という発想で、わずか1時間以内に微小なひび割れを修復する技術が研究・開発されています。
これにより道路の穴が発生しにくくなり、結果的に車両修理費や道路整備コストを削減するだけでなく、石油由来素材の使用を減らして環境負荷を下げることも期待されています。
研究内容の詳細は『Digital Discovery』にて公開されました。
目次
- AIによって設計された素材
- アスファルトに内包された胞子が開き、わずか1時間でひび割れが自己修復された
AIによって設計された素材
![胞子含有型の自己修復アスファルトは道路の穴を防止できる](https://image.kingsoft.jp/starthome/nazology/2025-02-07/10f843181fe86e6193d072ebface65d7_lg.jpg)
従来のアスファルトは年数が経つと酸化や水分、温度変化による劣化が進み、微小な亀裂がやがて道路の穴につながります。
道路の穴は車両の損傷や交通渋滞、事故の原因となり、修理に多額の費用がかかる社会問題です。
一方で、アスファルトの主要成分であるビチューメン(石油由来の有機化合物)は、その分子構造が複雑で、これまで分子レベルでのシミュレーションが大変困難でした。
実験とコンピューター解析を組み合わせて、新たに「自分でひび割れを治せる」アスファルトを生み出す研究が進められています。
特に最近では、バイオマス廃棄物(藻類や樹木の廃材、廃食用油など)を利用することで、石油への依存度を減らしながら、道路の修復機能を付与しようというアプローチが注目を集めています。
本研究の大きな特徴は、AIと大規模なコンピューターシミュレーションを活用し、ビチューメンのような「複雑な有機分子の混合体」を効率的にモデル化した点です。
研究では、ガスクロマトグラフィー質量分析(GCMS)の実験データをもとに、ビチューメンやバイオオイルなどの複雑な混合物をできるだけ少数の代表的な分子で表現する方法を提案しました。
これにより、人間の経験や勘だけに頼らず、機械学習が実験データから自動的に最適な分子選択を行ってくれます。
さらに、その代表分子を使って分子動力学シミュレーションなどを行うことで、「どのような組成がひび割れを起こしにくいか」「自己修復機能を最大化するための分子構造は何か」といった疑問に、従来よりも高速かつ精密に答えを得られるようになっています。
こうしてAIの助けを借りて誕生したのが、自己修復機能を持つアスファルトです。
鍵となるのは、髪の毛よりも小さな植物由来の「胞子」にリサイクル油を詰め込み、アスファルトの中に埋め込む技術です。
道路表面に微小なひび割れが入ると、この胞子から放出される油がビチューメンを柔らかくし、亀裂を自動的に“縫い合わせる”ように補修します。
さらに、バイオマス廃棄物や褐藻類、食用油などを有効活用できる点も注目すべき特徴です。
石油への依存度を下げながら、環境にやさしいインフラを実現する可能性があるのです。
研究者たちはAIの出力した設計図に従って、自己修復アスファルトのプロトタイプを作成し、性能テストに臨みました。
アスファルトに内包された胞子が開き、わずか1時間でひび割れが自己修復された
![胞子含有型の自己修復アスファルトは道路の穴を防止できる](https://image.kingsoft.jp/starthome/nazology/2025-02-07/f9596f57cc3d20c8fcf82a0d4f9b1547_lg.jpg)
AIが設計したアスファルトは本当に自己修復ができるのか?
研究者たちは実際に性能テストを行ってみました。
結果、この自己修復アスファルトが1時間以内に目に見えないほどの小さな亀裂を完全に修復できることが確認されています。
またサンプルを一定の負荷や温度変化にさらしたところ、通常のアスファルトよりも亀裂の進行を抑制でき、数十%程度道路寿命が延びる可能性が示唆されました。
まだ実際の道路環境での長期耐久テストは始まったばかりですが、今後数年のうちにイギリスを中心とした実証実験が計画されています。
道路の穴による修理コストは世界的に見ても莫大です。
たとえば米国では、道路の穴が原因で車に損傷を受けたドライバーが年間で10人に1人の割合にものぼり、2021年だけでも車両修理費が約265億ドル(約3.5兆円)に達したとの報告もあります。
英国でも道路の穴の修復に毎年1億ポンド(190億円)以上が投じられており、こうした課題は先進国から途上国まで、場所を問わず共通した社会問題といえます。
自己修復アスファルトが実用化されれば、こうしたメンテナンスコストを大幅に圧縮できると期待されています。
またアスファルト生産は石油資源に大きく依存し、炭素排出量も高いのが課題でした。
しかし、本研究ではバイオマス廃棄物やリサイクル油といった持続可能な資源を活用することで、石油由来製品の使用量を抑えられる可能性があります。
また、アスファルト自体が長持ちすれば、道路の補修や新たな舗装に使われる資源を減らせるため、さらに環境負荷を低減できるでしょう。
自己修復アスファルトは、従来のアスファルトの問題を劇的に解決する可能性を秘めた次世代のインフラ技術です。
道路という身近なインフラが、AIとバイオマス技術を活かした「自己修復能力」を備える──そんな新時代がすぐそこまで来ているかもしれません。
参考文献
AI-powered self-healing asphalt: A step toward sustainable net-zero roads
https://www.swansea.ac.uk/press-office/news-events/news/2025/02/ai-powered-self-healing-asphalt-a-step-toward-sustainable-net-zero-roads.php
元論文
Data-driven representative models to accelerate scaled-up atomistic simulations of bitumen and biobased complex fluids
https://doi.org/10.1039/D3DD00245D
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部