腸内フローラや「善玉菌」と聞くと、私たちの体を守る頼もしい存在というイメージを抱く方も多いでしょう。
実際、ヨーグルトやサプリメントで腸内環境を整える習慣は、健康管理の定番として幅広く浸透しています。
しかし、最新の研究からは、こうした「腸内細菌=絶対的な味方」という常識を覆す衝撃的な事実が見えてきました。
なんと、健康の要であるはずの腸内細菌が、私たち自身の老化を促進している可能性があるのです。
実は、このヒントになる研究は1970年代から存在していました。
微生物をまったく持たない「無菌マウス」のほうが、長寿で健康だったという報告があります。
それ以来、科学者たちは腸内細菌叢と老化の関係を探り続け、最近になって「善玉」と呼ばれる菌たちでさえ、宿主の免疫やエネルギーバランスに大きな「維持コスト」をかけていることが明らかになりました。
果たして、腸内細菌は私たちの健康を守るヒーローなのでしょうか?
それとも、知らぬ間に寿命という「見えない代償」を支払わせる存在なのでしょうか?
今回は、このミクロの住人たちの意外な顔と、老化を加速させるメカニズムに迫ります。
目次
- 腸内細菌叢は決して正義のヒーローではない
- 「善玉菌の悪影響」を防ぐにはどうすればいいか?
腸内細菌叢は決して正義のヒーローではない
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多くの人は、「腸内細菌叢」というと、栄養素の吸収を助け、病原菌の侵入を防ぎ、健康を守ってくれる「完全な恩人」のように考えがちです。
確かに、食物繊維を分解してエネルギー源を供給したり、ビタミンを合成したりと、その恩恵は大きいことは間違いありません。
しかし現実には、こうした微生物たちはただ「善良」であり続けるわけではなく、場合によっては私たちの体に思わぬ負担やトラブルをもたらすことがあるのです。
その一端を示すのが、1970年代に行われた無菌マウスの研究です。
微生物が存在しないマウスのほうが、微生物と共生しているマウスよりも長寿かつ健康状態が良好であるという結果は、当時の常識からすれば非常に意外なものでした。
さらに多くの研究が積み重なるにつれて、私たちの腸内細菌叢は、若い頃は比較的安定しているものの、50代を境にバランスを崩し始めることが明らかになっています。
年齢とともに、元々健康を支える中核菌が減少し、代謝の乱れや炎症を引き起こすような菌が台頭してくるのです。
この現象を「ディスバイオーシス」と呼び、老化を促進する一因として注目されています。
たとえば2013年に行われた研究や2024年に発表された研究では、ディスバイオーシスの悪影響について述べられています。
また免疫の観点からは、腸内細菌叢を健全な状態に保つために、宿主(つまり私たち自身)の免疫系が24時間体制で働かなければなりません。
免疫システムは、微生物を監視し、不必要な菌の増殖を防ぎ、腸内の環境を整えるために多くのエネルギーを消費しています。
また、腸の粘液層を産生する細胞も、細菌が腸内から逃げ出さないように防衛するために絶えず働いています。
この「維持コスト」が蓄積すると、結果として体全体のエネルギーバランスが乱れ、老化が促進されるのです。
すなわち、善玉菌と呼ばれる微生物さえも、維持するためのコストが宿主にとって大きな負担となり、老化の原因となり得るのです。
彼ら(微生物)の本当の意図を知るには、宿主による制御が永久に解除されたときに何が起こるかを考えてみるとよいでしょう。
私たちが死を迎えると、腸内細菌はわずか30分ほどで血流へと進入し、全身の臓器を分解し始めるため、死後の体は内部から大きく膨張します。
普段は「共生関係」に見えるこの微生物たちも、制御の網が外れるとあっという間に私たちの組織を食い荒らし始めるのです。
だからと言って、殺菌剤を飲めばいいわけではありません。
先にも述べたように、腸内細菌叢や善玉菌たちは、存在するだけで致命的な感染から私たちを防御してくれます。
また、いくつかの菌では、ビタミンを供給したり、精神を安定させたり、認知能力を強化するなど、オプション的な利益ももたらしてくれます。
なにより、実験用マウスのように生まれてから死ぬまで無菌環境が提供されていない現実では、腸内細菌叢を手放すのは自殺行為です。
重要なのは、今までの「善玉菌神話」にとらわれず、彼らの真の姿や存在する目的を考え直すことです。
そのためには、腸内細菌叢やその中の善玉菌たちは、単なる「善良なヒーロー」ではなく、「利己的な金貸し」のような存在と捉えるべきかもしれません。
双方の利益が一致している場合、彼らは少ない利子(わずかな寿命マイナス)で致命的な感染から守ってくれます。
また、オプションとして精神安定効果や認知機能の増強など、場合によっては人生や寿命にプラスになる贈り物もしてくれます。
(※ただし、無菌マウスの実験からわかるように、多くの場合、贈り物による寿命延長効果は利子を超えません。)
しかし、人間が高齢になり弱ってくると、取り立てが強化され、次第に求められる利子が増加し、老化を促進する原因にもなり得ます。
致命的な感染から守ってくれる効果や有益なオプションはかろうじて提供され続けますが、完全に無菌環境で生活している場合と比べて、老化が目立ち始めるのです。
そして最後に、人間が死んでもしまった場合には、乱暴に負債を回収するかのように人間の体を食べ始めます。
(※極端な例として、カードゲームの説明欄のように書けば……「わずかな寿命をコストとして捧げることで、危険な病気から命を守ったり、有益な贈り物をくれる。ただし、高齢になると捧げなければならない寿命コストが無視できない量になっていく。そして、死後の肉体は彼らに捧げられる。彼らは腸を食い破り、全身を食い尽くす」と、ある意味で悪魔契約的なものになるでしょう。)
「善玉菌の悪影響」を防ぐにはどうすればいいか?
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どうすれば腸内細菌たちの悪影響を先延ばしにできるのか?
ひとつの大きなカギは、免疫システムがしっかりと働ける土台を作ることです。
適度な運動や十分な睡眠はもちろん、ストレスをうまくコントロールすることで、免疫機能の負担を軽減できます。
さらに、食生活では腸の粘膜バリアを補う栄養素を積極的に取り入れ、過剰な糖質や高脂肪食を避けることで、細菌叢が偏りすぎるのを防ぐ手がかりとなります。
また、むやみに抗菌薬を使用しないこともポイントです。
病原性の微生物を抑えようとすると、善玉菌まで一緒に排除してしまい、かえってディスバイオーシスを招くリスクが高まります。
最新の研究では、特定の細菌だけをピンポイントで制御するファージ療法や、“次世代型”のプロバイオティクスの開発が検討され、腸内環境を効率的に整える選択肢が増えつつあります。
他の有望なアプローチとしては、若い人たちと積極的に交流することです。
私たちは日々、周囲の人々から微生物を受け継いでいます。
若い人たちの健全な腸内細菌は、比較的新鮮でエネルギー効率の良い状態にあるため、共生することで体内のディスバイオーシスの進行を遅らせる効果が期待されます。
さらに、近年注目されている「糞便微生物移植(FMT)」は、若い腸内細菌叢を高齢者に導入することで、腸内環境をリセットし、老化の進行を抑制する可能性があります。
腸内細菌叢の管理は、単なる「健康の象徴」ではなく、私たちの体全体のバランスを左右する極めて複雑な問題です。
今後、私たちがどのようにしてこの微生物との共生関係を最適化し、老化を遅らせるかは、科学界だけでなく、一般の私たちにとっても重要な課題となるでしょう。
元論文
Host control of the microbiome: Mechanisms, evolution, and disease
https://doi.org/10.1126/science.adi3338
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部