細長い体で木の枝そっくりに擬態することで知られる昆虫、ナナフシ。
ナナフシはメスだけで繁殖する「単為生殖」を行うことが知られています。
特に日本で最も一般的なナナフシの仲間「ナナフシモドキ」は、ほとんどの個体がメスであり、オスが見つかるのは稀です。
「じゃあ、オスって何のためにいるんだろう?」
そんな疑問に答えるべく、日本の基礎生物学研究所(NIBB)のチームは、ナナフシモドキの稀なオスの繁殖能力について調査。
その結果、驚くべきことに、オスはメスと交尾をしても遺伝子が子供に受け継がれることなく、種の繁栄においてもはや不要の存在になっていたのです。
研究の詳細は2025年1月29日付で科学雑誌『Ecology』に掲載されています。
目次
- ナナフシモドキのオスは「いてもいなくても同じ」なのか?
- オスの生殖機能は完全に失われていた!
ナナフシモドキのオスは「いてもいなくても同じ」なのか?
通常、生物はオスとメスが交配することで遺伝子を混ぜ合わせ、次世代へと伝えます。
この「有性生殖」によって、生物たちは遺伝子を多様化させ、環境変化に適応しやすくなり、病気への耐性を高めることができるのです。
しかしメスだけで繁殖できる単為生殖では、オスを必要としません。
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ナナフシモドキのように単為生殖をメインにする種において、オスの存在意義は大きな謎でした。
実際にナナフシモドキにおけるオスの出現は極めて稀であり、長年の研究でも数十例しか見つかっていません。
そこで研究チームは次のような疑問を持ちました。
「ナナフシモドキのオスの生殖機能は、本当に機能していないのだろうか?」
チームは新たな調査でこの謎を解き明かすことにしました。
オスの生殖機能は完全に失われていた!
チームは今回、博物館・昆虫館・アマチュア研究者の協力を得て、貴重なナナフシモドキのオスを7匹集めました。
このオス集めだけでも4年の歳月がかかっています。
次にこれらのオスがメスと交尾するかどうかを観察し、その後の繁殖成功率を調べました。
その結果、7匹中3匹のオスはメスと積極的に交尾を行い、精包(交尾を通じてオスがメスに渡す物質)も確認され、その後にメスは通常通り卵を産みました。
ところがDNA解析の結果、メスが産んだ卵から生まれた子どもの遺伝子は、すべて母親と同一のクローンでした。
つまりオスと交尾しても、父親の遺伝子は子供にまったく受け継がれていなかったのです。
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そこでチームはオスの生殖器を詳細に調べてみました。
すると、オスの精巣は発達しておらず、正常な精子が形成されていないことが判明します。
一方、メスの体内にも異常があり、オスの精子を貯蔵する器官が退化していました。
これらの結果から、ナナフシモドキではオスが生まれても正常な生殖機能を持たないため、有性生殖が不可能な状態にあることが明らかになったのです。
研究者らは「ナナフシモドキではオスが稀に出現するものの、もはやオスとしての意味を為しておらず、有性生殖には戻れない状態になっている」と結論づけています。
「オス不要の未来」は生物界に広がるのか?
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この研究は、単為生殖を続ける生物において、オスが完全に生殖機能を失う可能性を示した貴重な事例です。
オスが生殖に関与しなくなり、メスによる単為生殖が不可逆的に固定されることで、このナナフシモドキは「オス不要の進化」を遂げたといえます。
では、他の生物でも同じことが起こるのでしょうか?
実際、単為生殖を行う生物はナナフシ以外にも数多く存在し、同様の現象が報告される可能性があります。
しかしながら、単為生殖は母親のクローンを作り続けるわけですから、遺伝的な多様性に乏しく、クローン繁殖を続けていると有害な遺伝子が蓄積してしまうことも指摘されています。
そのため、単為生殖を行う種でも定期的に有性生殖をして、オスの遺伝子を導入することが種の存続にとって重要だと考えられています。
こうした点を踏まえると、オスが完全に不要になる生物種はそう現れないでしょう。
その一方で、ナナフシモドキにおいては単為生殖が過去30万〜50万年間も続いているとされています。
なぜナナフシモドキは単為生殖だけで、問題なく種を繁殖し続けられるのでしょうか?
チームは今後、この問題についても調査を進めていく予定です。
参考文献
形骸化した性:ナナフシにおいてオスは不要だった!?
https://www.nibb.ac.jp/press/2025/02/05.html
元論文
Lack of successful sexual reproduction suggests the irreversible parthenogenesis in a stick insect
https://doi.org/10.1002/ecy.4522
ライター
千野 真吾: 生物学出身のWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部