私たちは日常的に縦・横・高さという三次元空間しか意識していません。
しかし、デンマーク工科大学によって行われた最新の量子実験によって「光の状態が、古典物理の想像をはるかに超える37もの次元にまたがって存在している」という驚くべき可能性が示されました。
この結果は、光子たちが古典的には見えない多くの自由度(状態空間)を持っていることを示唆しており、私たちの知る“三次元空間”という常識を超えた「量子世界ならではの余分な次元」の存在を浮き彫りにしています。
まるで一枚の紙に見える地図が、開いてみたら複雑に折り畳まれた広大な世界だった――そんなイメージに近いかもしれません。
いったいどのようにして光は「37次元」の姿を現し、そこに量子力学特有の不思議な性質が隠れているのでしょうか。
研究内容の詳細は2025年1月29日に『Science Advances』にて公開されました。
目次
- 37次元の光
37次元の光

研究のキーワードとなるのが「GHZ(Greenberger-Horne-Zeilinger)パラドックス」です。
なにやら難しそうな横文字ですが、内容は極めてシンプルです。
GHZパラドックスは、「離れた粒子同士が量子力学的につながっている」ときに起こる、不思議な矛盾を示す議論です。
簡単に言えば「古典的な考え方では絶対に起こりえないこと」が、量子力学の計算だと「100%起こる」と予言されてしまう、という矛盾(パラドックス)です。
たとえば古典的な理屈で考えると、ある方程式を立てたときに「1 = -1」というありえない結論に至ってしまうことがあります。
でも量子力学なら、そもそもの前提が古典とは違うため、この矛盾を乗り越えてしまうことがあります。
このような普通はあり得ないのに量子力学ならOKとなるケースをGHZパラドックスと呼ぶわけです。
言い換えれば、私たちが認識できる古典的な世界と、量子力学の不思議な世界の違いを現わすための言葉と言えるでしょう。
ですが、このGHZパラドックスの「非古典性」をどこまで際立たせられるのでしょうか?
さらに、パラドックスをより強力に示すには、どのような条件が必要なのでしょうか?
この素朴な疑問を解明するためデンマーク工科大学の研究者たちは従来より「もっと強烈な量子パラドックス」を起こすことにしました。
(※従来より文脈数(測定基底数)を最小化しつつ最大限に量子の不思議さを顕在化させる試みに挑んだという意味です)
その手段として研究者たちは「実験で使う光子たちを、できるだけ非古典的(量子らしく)振る舞う状態」にすることを目指しました。
こうすることで量子効果と古典理論の食い違いを際立たせることが可能です。
次に、この状態に至った光子の性質を調べることにしました。
最も大きな矛盾を起こす光子の状態を知ることで、古典的な世界から見た量子力学の世界の異質っぷりを理解できると考えたからです。
すると「光子が37次元の状態を持っているとき、GHZパラドックスの不思議さを最大限に引き出せる」ことが計算によって判明します。
ここで言う「光子が37次元に存在」というのは、「状態を表すのに37個の座標が必要」ぐらいにイメージしていただければOKです。
理論が完成すると、次に研究者たちは実際に37次元の光を作り出し、その性質を測定しました。
といっても、実験室に他次元空間への扉を開いたわけではありません。
光のパルスを細かく制御することで、パルスの強度や位相を制御し、結果的に多次元ベクトルのような状態を作り出したのです。
さらに光の干渉を発生させ、ある種の畳み込み演算を実現します。
この操作によって実質的に高次元空間内での投影確率を測定することが可能になります。
やや難しい手順ですが、要は光に細かい操作を加えて、37次元空間にあるかのような状態を作り出したのです。
こうして作り上げた37次元の光状態を使ってGHZパラドックスを検証した結果、「古典物理なら絶対起こらないはずの事象」をはっきりと観測し、その量子ゆえの異常性を確かめることができました。
この結果は、光の本質のようなものが私たちが認識できる古典的な世界の次元(自由度)よりも遥かに多くの次元(自由度)にまたがって存在していることを示唆しています。
(※ここで言う次元は抽象的な空間の追加の軸のようなものだと思ってください)
言い換えれば、量子力学が“三次元空間を超える高次元の状態”を必要とする、という事実は「古典的には見えない自由度がたくさん隠されている」ということを意味します。
私たちが普段暮らしている世界は縦・横・高さの3次元で十分だと感じますが、量子のレベルでは「さらに多くの座標軸」が必要になるわけです。
これにより、量子現象が古典的直感ではありえないような結果を生む理由が少し見えてきます。
この事実は、私たちの物理観を拡張し、「なぜ量子力学がこんなにも不思議な振る舞いをするのか」という根源的な問いに迫る上で大きな一歩となります。
こうした高次元量子状態を実現できる技術は、単なるパラドックス実験の枠にとどまりません。
将来的には、量子コンピュータの情報処理を劇的に拡張する可能性があると期待されています。
たとえば、1つの光子に37次元相当の情報を詰め込めれば、従来の2次元(キュービット)の何倍もの情報量を扱えるからです。
これらの成果は、量子の隠された多次元世界の扉を開く鍵となり、未来の情報処理技術や物理学のパラダイムシフトを引き起こす礎となることでしょう。
元論文
Exploring the boundary of quantum correlations with a time-domain optical processor
https://doi.org/10.1126/sciadv.abd8080
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部