中世の騎士や戦国武将が使っていた「くさりかたびら」は、小さな輪(リング)をたくさんつなぎ合わせて作られており、柔らかく動けるのに、外部からの衝撃には強いという特徴を持っています。
今回、アメリカ・カリフォルニア工科大学(Caltech)の研究グループが、くさりかたびらをヒントに、新しい建築材料を開発しました。
彼らが手がけたのは「ポリカテネート構造材料(PAM)」という素材です。
これは、リングやかご(ケージ)状のパーツを三次元的に組み合わせた格子構造がポイント。
弱い力が加わると、リング同士が滑るように動いて液体のように流れますが、大きな衝撃が来ると、今度はリングがガッチリとかみ合い、固体のようにしっかり粘り強く抵抗する――まるで “二つの顔”を持つかのような振る舞いを見せるのです。
ここで重要なのは、ただリングを大量につなげればいいわけではない、という点です。
リングの大きさや形、接続の向き、そして微妙な隙間などを工夫しないと、“弱い力には滑らかに流れ、強い力にはかみ合って踏ん張る”という性質は実現できません。
まるで鍵と鍵穴が合わさるように設計を重ねることで、不要な摩擦を抑えつつ、衝撃をうまく受け止める構造を生み出せるのです。
こうした「トポロジー(形の繋がり方)」のデザインこそが、この新素材を本物のチェーンメイル以上に活用できる理由になっています。
実際、PAM では少しの引っ張り力やねじる力ならあっさり「ズルズル」と形を変える一方で、強い打撃が加わると瞬間的に「ガシッ」と硬くなる―― “液体にも固体にもなる”不思議な性能が観察されています。
昔ながらのくさりかたびらの発想に、最新の3Dプリンティング技術や材料設計のノウハウを加えた結果、生まれた「未来型の防護・建築素材」といえるでしょう。
研究内容の詳細は2025年1月25日付の科学誌『Science』で発表されました。
目次
- 「液体」にも「個体」にもなる「くさりかたびら」を開発
- 21世紀の「くさりかたびら」は魔法が込められている
「液体」にも「個体」にもなる「くさりかたびら」を開発

中世の戦場で使われた鎖かたびら(チェーンメイル)は、小さな金属の輪をたくさんつないだメッシュ構造です。
金属製なので衝撃を和らげる力が強く、そのうえリング同士が自由に動くため柔軟さも保たれています。
この「互いに繋がりながらも、完全には固定されていない」という性質が、鎖かたびら特有の“固くもあり柔らかくもある”性能の秘密です。
一方で、従来の材料は、大きく「固体」か「液体・粒状物質」に分けて考えられがちでした。
固体は原子や分子がカチッとした格子を作り、形を崩しにくい一方、粒状物質(例えば砂)などは、粒がばらばらに動き全体としては流れやすい特徴があります。
長い間、このような二元的な分類で材料が研究されてきましたが、最近になって“固体と粒状の間”にある新たな材料が見つかり始め、これまでの理論では説明できない現象にスポットライトが当たっています。
そんな中で注目を集めているのが、ポリカテネート構造材料(PAM)と呼ばれる新しい建築素材です。
PAMは輪(リング)やかご(ケージ)の粒子を三次元的につなぐことで、外からの力が弱い時は液体のようにスルッと流動し、強い衝撃が加わると固体並みにガッチリと踏ん張る、不思議な“二つの顔”を持っているのです。
この性能を実現するには、単にリングを並べただけでは足りません。
リングの大きさや形状、そして“どんな角度で繋ぐか”など、細かな幾何学的デザインが重要になります。
例えば隙間の作り方を工夫すると、弱い力ではリング同士が滑り合って流れやすくなり、
強い力がかかると噛み合って硬さを発揮するようにコントロールできます。
このようなリングを作成するために、研究者たちはまず、コンピューター上で“結晶格子”に似たモデルを設計。
本来なら固定されるはずの点を、あえてリングやケージのように“動ける粒子”で置き換えました。
そしてアクリルポリマーやナイロン、金属などの素材を使い、手のひらサイズの立方体や球体を3Dプリントで作成しました。
試作品が完成すると、つぎはいよいよ性能テストです。
21世紀の「くさりかたびら」は魔法が込められている

最初に行われたのは圧縮テストです。
試作品をゆっくりと押し込んでいき、PAM がどの程度“固体のように”ふるまうかを観察しました。
その結果、ある程度の力までは比較的簡単に変形しましたが、力が大きくなるにつれてリングやケージが噛み合い、急激に抵抗が大きくなることがわかりました。
これは外部からの強い衝撃や重みがかかったときに、より「硬い」性質を発揮するということです。
つまり
小さい力ならリングが滑り合い、ほとんど抵抗なく流体のように動く。
大きな力をかけるとリング同士がしっかり噛み合い、固体のように衝撃を吸収する。
――そんな魔法が込められているような反応を見せたわけです。
次に、横方向の力やねじり動作に対するテストが行われました。
弱い力で横にスライドさせると、リングが互いに滑り合って粒状物質のように流れる場合があることが判明しました。
さらにレオロジーテスト(流体の性質を調べる実験)では、力を加える速さや強さによって、液体のように「流れてしまう」状態と、「一気に粘度が高くなる」固体的な状態を行ったり来たりする、いわゆる非ニュートン流体的な動きを示すことがわかりました。
つまり、リング同士のすべりや再配置によってエネルギーをうまく散らし、全体の変形を抑えられたのです。
この性質は、防護材やヘルメットなど衝撃吸収を重視する製品にぴったりの可能性があります。
最後に、マイクロスケールのPAMに電気的な刺激を与える実験も実施されました。
すると、微小なリングやケージが相互作用して、電荷を加える向きや強さに応じて膨張・収縮する様子が観察されました。
これは外部からの電気信号を使って形を変える、バイオメディカルデバイスやソフトロボットの素材になるかもしれません。
こうした特性から、PAM は「粒状物質」と「結晶固体」の間を行き来する新しい素材として注目を集めています。
今後さらに研究が進み、実用化されれば、防護具や建物、さらには医療機器やロボット分野にまで、大きな変化をもたらす可能性があるでしょう。
参考文献
Reimagining Chain Mail: 3D Architected Materials That Adapt and Protect
https://www.caltech.edu/about/news/reimagining-chain-mail
元論文
3D polycatenated architected materials
https://doi.org/10.1126/science.adr9713
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部