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ヤギにクモの遺伝子を組み込んだ「スパイダーゴート実験」とは?


1990年代後半、カナダの企業「ネクシア・バイオテクノロジーズ」が合成生物学の一環として実施したスパイダーゴート実験では、ヤギにクモの遺伝子を組み込み、クモ糸を生成するヤギを生み出しました。目的は、優れた特性を持つクモ糸を大量生産することです。クモ糸は、その優れた強度や伸縮性を利用して様々な用途が可能ですが、クモの飼育が困難なため、ヤギを用いる方法が考えられました。ヤギが生産する「バイオスティール」は、重量当たり鋼鉄の7〜10倍の強度を持ち、医療分野や宇宙技術など幅広い応用が期待されました。しかし、商業的成功には至らず、現在は微生物を使った生産方法が主流となっています。

人類は生命の設計図であるDNAの秘密を解き明かしたことで、”合成生物学”という神の領域に足を踏み入れました。

合成生物学では、まったく別種の生物の遺伝子をかけ合わせて、新たな生命体を創り出すことを可能にします。

1990年代後半に始まった「スパイダーゴート実験」もその一つでした。

ここで科学者たちはヤギにクモの遺伝子を組み込んで、クモ糸を生成できるヤギを生み出したのです。

まさにスパイダーマンならぬスパイダーヤギですが、科学者たちはなぜそんなことをしたのでしょうか?

目次

  • なぜヤギにクモの遺伝子を組み込んだのか?
  • ヤギがクモ糸を大量生産するように!

なぜヤギにクモの遺伝子を組み込んだのか?

スパイダーゴート実験は最初に、カナダのバイオテクノロジー企業「ネクシア・バイオテクノロジーズ(Nexia Biotechnologies)」によって開始されました。

その目的とは何か?

それは悪党を退治できるスパイダーヤギを作るためではなく、強靭なクモ糸を大量生産するためです。

クモ糸は古くから、地球上で最も優れた天然繊維の一つとして知られ、その特性は鋼鉄やケブラー(防弾ベストなどに使われる素材)を凌ぐとされています。

クモ糸の優れた特性はあらゆる分野の高性能材料や先端技術への応用が可能です。

例えば、鋼鉄やケブラーよりも軽くて頑丈なボディアーマー、強度・耐久性・伸縮性に優れたパラシュートコードの開発。

また生体とも適合性が高いため、関節の再建手術に用いる人工靭帯を作ったり、生分解性で自然に体内に吸収されるため、抜糸不要の縫合糸にも最適です。

それからクモ糸は軽い上に耐衝撃性も極めて高いので、宇宙服や宇宙船の補強素材にも適しています。

こうした計画を実現するためにも、科学者たちはクモ糸を大量に欲していました。

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Credit: canva

ところが不運なことに、クモは縄張り意識が強く、狭い空間に閉じ込められると仲間同士で共食いをするため、家畜のように大量に飼育することが不可能だったのです。

加えて、クモ1匹が分泌できる糸の量はごくわずかであり、1匹ずつクモ糸を集めることは工業生産的に現実的ではありませんでした。

そんな中で科学者たちは「これだ!」という名案を思いつきます。

「家畜として安定して飼育できるヤギにクモ糸を大量に作ってもらおう」と考えたのです。

その方法がヤギにクモの遺伝子を組み込むことで、お乳と一緒にクモ糸を生産させるというものでした。

ヤギがクモ糸を大量生産するように!

そこで科学者チームはまず、ジョロウグモの一種(学名:Trichonephila inaurata)からドラグラインシルク(dragline silk:クモがぶら下がるときに使う強靭な糸)を生産する遺伝子を取り出しました。

それを試験管内でヤギの乳腺のDNAに組み込み、その遺伝子操作されたDNAを持つ受精卵をヤギの代理母に移植します。

その結果、生まれたメスのヤギは成長後に見事、クモ糸のシルクタンパク質を含むミルクを分泌するようになったのです。

それぞれのヤギのDNAに占めるクモ遺伝子の割合は7万分の1程度ですが、それでもヤギはクモ糸とまったく同じシルクを作り出すことができました。

具体的には、ヤギのミルクを搾乳した後、その中からクモ糸を構成しているシルクタンパク質の繊維を慎重に抽出し、リールに巻いていきます。

これにより1時間で91メートルものクモ糸を生産することに成功しました。

ヤギが作り出したクモ糸は新たに「バイオスティール(BioSteel)」と命名されています。

その名の通り、バイオスティールは強靭な特性を備えており、同重量の鋼鉄と比較して7~10倍の強度と、元の長さの最大20倍まで伸びても強度を失わない特性を持っていました。

さらに極端な温度にも強く、−20℃の低温から330℃の高温にさらされても特性を損なわなかったのです。

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Credit: Science: evidence is intelligence(facebook)

また外見の変化についてですが、ご心配なく、ヤギの見た目はクモの遺伝子を組み込まれても普通のヤギとなんら変わりませんでした。

ただ見た目こそ普通のヤギですが、クモ糸を分泌するという点で、それまでの地球上には決して存在しなかった生物なのです。

しかし一方で、ネクシア・バイオテクノロジーズ社は商業的な成功を収めることができず、2009年に破産しています。

その後、米ユタ州立大学やワイオミング大学がこの技術を引き継いで研究を継続しましたが、科学技術が急速に進歩する中、ヤギを用いたクモ糸生産がコストや効率の面であまり得策ではないことがわかってきました。

そのため、現在ではヤギを使ったクモ糸生産は主流ではなく、今ではむしろ微生物を利用した方法が注目されています。

例えば、日本のSpiber株式会社などが、微生物の発酵プロセスを利用したクモ糸のシルクタンパク質の大量生産に成功し、商業化を進めているところです。

これらの技術は今後も衣料品や医療材料など、さまざまな分野での応用が期待されています。

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参考文献

Scientists create ‘spider-goat’
https://www.standard.co.uk/hp/front/scientists-create-spidergoat-6327860.html

Synthetic biology and the rise of the ‘spider-goats’
https://www.theguardian.com/science/2012/jan/14/synthetic-biology-spider-goat-genetics

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

ナゾロジー 編集部

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