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「結局、猫は液体なのか?」主張の根拠をわかりやすく解説


インターネットで話題となった「猫は液体」との命題は、フランスの物理学者マルク=アントワーヌ・ファルダン氏の研究を通じて科学的視点から検証されました。ファルダン氏の論文「On the Rheology of Cats」は、猫の体が狭い容器にスムーズに収まる様子をレオロジー(流動学)の観点から分析し、イグ・ノーベル賞を受賞しました。この研究では、デボラ数を用いて猫の流動性を評価し、流体のような柔軟性を持つ動物としての性質が示唆されています。猫の骨格や関節の柔軟性もこの現象を裏付けます。結論として、猫は状況によって固体と液体の間で振る舞う多面的な存在とされました。

インターネット上には、小さな箱や花瓶のような極端に狭い容器に、まるで流体のようにすっぽり収まる猫の写真や動画が数多く投稿されています。

それらを見た人々が冗談半分で「猫は液体なのでは?」と言い始めたのがきっかけで、この奇妙な命題はいつしか世界的な話題へと成長しました。

そしてとうとう、フランスの物理学者マルク=アントワーヌ・ファルダン氏が発表した論文「On the Rheology of Cats」がイグ・ノーベル賞(物理学賞)を受賞するまでに至ったのです。

では、なぜ猫は “液体” とまで呼ばれるのでしょうか。

本コラムでは、その理由を物理学の一分野である“流動学(レオロジー)”の視点からわかりやすく解説すると共に、「固体」「液体」の定義がいかに多面的であるかを探ります。

少し専門的な話も混ざっていますが、数式などは一切使用しないようにしているので、数学アレルギーの人でも安心して読めるかと思います。

単に“猫は柔らかい”というだけではなく、時間や力の加わり方によって物質の性質が変わること、そしてその考え方が私たちの生活にどんな示唆を与えてくれるかを解き明かしていきます。

目次

  • 液体っぽさを示す「デボラ数」によれば、猫はかなり液体だった
  • 結局、猫は液体なのか?

液体っぽさを示す「デボラ数」によれば、猫はかなり液体だった

「結局、猫は液体なのか?」主張の根拠をわかりやすく解説
「結局、猫は液体なのか?」主張の根拠をわかりやすく解説 / Credit:M.A. Fardin . On the rheology of cats .(2014)

日常生活の感覚では、固体は硬くて形が変わりにくいもの、液体は自由に流れて形を変えるもの、といったイメージがあります。しかし、科学的な観点で「固体」と「液体」を厳密に区別しようとすると、意外に複雑です。

固体では分子同士が強く結合し、規則正しい配列(結晶構造)をとることが多いため、大きな力を加えない限り形状を保ちます。

一方、液体では分子間の結合は弱く、分子が互いに移動し合うことができるため、一定の形状を維持せず、容器に合わせて形が変わります。

もう少し身近な尺度で見ると、「形を保持する力」が強いか弱いかが両者の違いです。

固体は基本的に自分の形を保ち、外力を加えてもすぐには流れ出しません。

液体は形を保持できず、重力や外力が作用すると流動し、時間の経過とともに容器の形に合わせて変化します。

とはいえ、実際には「固体」と「液体」のどちらか一方にバシッと分類できない物質も多く存在します。

そこで登場するのが「流動学(レオロジー)」と呼ばれる、物質の“変形や流動”を研究する学問分野です。

流動学は物質が力を加えられたとき、どのように変形したり流動したりするかを扱う学問です。粘度や弾性率などの指標を用いて、固体と液体の中間的な性質を含め、さまざまな物質のふるまいを数値的に分析します。

同じ物質でも、力のかけ方や観察する時間の長さによって、固体的に振る舞ったり液体的に振る舞ったりします。

たとえば、ガラスやアスファルトは、日常の感覚ではしっかりとした固体として認識されます。

しかし、これらの物質も「粘性」や「分子間力」と「重力」という三者の絶え間ない綱引きの結果として、非常に長い時間スパンで見るとゆっくりと流れる性質を持っているのです。

ガラスは実は「非晶質固体」と呼ばれる状態にあります。通常の使用期間では、その分子構造はほとんど変化せず、私たちが触れる限りでは頑丈な固体に見えます。

しかし、科学的な実験や長期にわたる観察によれば、ガラスは非常にゆっくりと、しかし確実に流れる性質を持っています。

たとえば、古い建物の窓ガラスの下部が厚くなっているという現象は、ガラスが重力に従って長い年月をかけて下方向に流動している可能性を示唆する一例です。

これは、分子レベルでのゆっくりとした再配置が起こっているためであり、短い時間では固体のように安定して見えるものの、数百年、あるいは数千年というスケールで見ると、まるで超高粘度の液体のように振る舞うと考えられます。

同様に、アスファルトも普段は道路の舗装材として「固体」として利用されていますが、実は温度や荷重の影響を受けると、非常にゆっくりと変形していく特性があります。

夏場の高温時にアスファルトがわずかに軟化し、車両の重みで微妙に変形する現象は、短期的には固体としての役割を果たしながらも、長期的には流動する性質を持つ非ニュートン流体のような振る舞いを示しているのです。

このように、粘性や分子間力と重力の絶え間ない綱引きが、短時間では固体のように見える物質にも長い時間が経過すれば液体的な流動をもたらすのです。

こうした現象は、物質の状態が一概に「固体」または「液体」と決めつけられるものではなく、観察する時間軸や外部条件によって大きく変化する可能性を示しています。

猫が液体といわれる背景には、「観察する時間や状況を変えれば、猫の身体が容器に合わせて“流れる”ように見える」という視点があるのです。

「結局、猫は液体なのか?」主張の根拠をわかりやすく解説
「結局、猫は液体なのか?」主張の根拠をわかりやすく解説 / Credit:M.A. Fardin . On the rheology of cats .(2014)

フランスの物理学者マルク=アントワーヌ・ファルダン(Marc-Antoine Fardin)氏は、もともとソフトマター物理学(柔らかい物質のふるまいを研究する分野)を専門としていました。

あるとき、インターネット上で「狭い容器に猫がすっぽりと収まる姿は、まるで液体のようだ」というミームに着目し、「ならば実際に猫をレオロジー(流動学)の観点で考察してみたら面白いのでは?」と発想しました。

このユーモアあふれるテーマを真剣に分析した結果をまとめた論文こそが「On the Rheology of Cats(猫のレオロジーについて)」です。

ファルダン氏の論文では、レオロジーで用いられる基本的な概念(粘度や弾性率など)が、どのように猫の身体の挙動に当てはめられるかが示唆されています。

例えば、同じ物質でも「観察する時間スケールを変えると固体的にも液体的にも見える」という点を、猫に応用しました。

具体的にはデボラ数(De)という値を使って「物質の流動性」を定量的に評価します。

デボラ数は、観測時間と、物質が形を変えるのに必要な時間である緩和時間の比で定義されておりデボラ数が 1 未満なら「液体的」でありデボラ数が 1 以上なら「固体的」とみなせます。

たとえば、水は緩和時間がごく短いので(注いだ瞬間に形を変える)、普通にコップに注ぐ程度の観察時間ではデボラ数が非常に小さく、明らかに“液体”と言えます。

一方、ハチミツは流れるのに少し時間がかかるため、同じ観察時間だとデボラ数は水より大きくなり、やや“固体寄り”に見えることがあります。

もっと極端な例として“山”を考えると、私たちの人生スケールではほぼ固体ですが、何百万年という長い視点で見ると山もゆっくり変形しており、“液体的”にも捉えられるかもしれません。

実際、デボラ数は旧約聖書に登場する預言者デボラの名に由来しており、『長い時間をかければ固体も流動する』という考え方を象徴するものとして紹介されることが多いのです。

「猫は液体か?」というユーモラスな疑問を真剣に検証した物理学者ファルダン氏は、猫の“リラックス時間”(つまり形を変えて落ち着くまでにかかる時間)を緩和時間とみなし、観察時間を設定してデボラ数を計算しています。

たとえば、猫が 5 秒ほどで小さなダンボール箱に入り込み、そのまま1分観察した場合を考えると緩和時間は5秒で、観察時間は60秒となり、デボラ数は0.0833と1よりも遥かに小さな値となりました。

そのため流動学的に猫は“液体的”に振る舞うとみなせる、というわけです。

ややごり押し感のある主張ではありますが、デボラ数にもとづき解釈した場合にはそうなるのです。

他にも興味深いのは、猫にはケチャップやペースト状の物質が持つ「降伏応力」に似た性質があるという指摘です。

降伏応力とは、流れ始めるまでに必要な最小限の力のことで、ペットボトルのケチャップを出すときにギュッと押さないと動かないのと同じ理屈です。

猫の場合も、じっとしているときは“固体”のように見えますが、ある程度くつろいでからだを預けると、箱や容器に合わせて“流れ込む”ようになります。

また、猫の柔らかい被毛が容器の形状を覆うため、視覚的には液体が容器に沿って広がるように見えるという印象も生まれます。

また生物学的には、猫の鎖骨は浮動鎖骨と言われ、人間のように鎖骨が肩甲骨と連結しておらず、肩幅に拘束されにくい構造になっているため、狭い隙間でも頭さえ通れば体もすり抜けられるという進化的背景があります。

他にも、猫の脊椎や四肢の関節は通常の哺乳類よりも可動域が広いため、体を大きくねじったり曲げたりすることが可能です。

加えて猫は捕食時の瞬発力やジャンプ力を必要とするため、筋肉が柔軟で伸び縮みしやすいという特性も持っています。

これらの要素により、猫は哺乳類としてしっかりとした骨格を維持しながらも、流体的な柔軟性を失わずにいることが可能となっています。

(※より流体的な特性という意味ではタコやナメクジのほうが強くなっていますが、猫は骨格がある哺乳類のなかでは流体性が強いと言えます)

また視覚的な要素も「猫が液体」に見える重要な要素となっています。

容器に入っている猫を上や横から見ると、身体の輪郭が容器の形状と重なり合って見えにくくなるため、まるで猫が“とろけて”容器の形に流れ込んでいるかのように感じます。

猫の毛並みがふわっとしていることも、境界をはっきり認識させづらくします。被毛が体の正確なラインを隠してしまうため、ますます“流動感”が増して見えるのです。

結局、猫は液体なのか?

「結局、猫は液体なのか?」主張の根拠をわかりやすく解説
「結局、猫は液体なのか?」主張の根拠をわかりやすく解説 / Credit:clip studio . 川勝康弘

これまで見てきた通り、猫が「液体」と称されるのは単なる可愛らしいジョークではなく、物質の状態が固定的なものではなく、観察する時間や状況によって大きく変わるという科学的事実に基づいた主張になります。

その第1の根拠となるのはファルダン氏の論文で用いられたデボラ数の概念であり、猫が狭い箱に入る様子は「短時間で見れば固体的に見えるが、十分なリラックス時間を経ると流動的に変形する」という評価がなされたことに基づきます。

たとえば、猫が5秒で箱に入り、1分間観察された場合、デボラ数は0.0833という非常に小さい値となり、流体的な挙動が示されるのです。

このような猫の柔軟性を「液体っぽい!」と捉える視点は、そのまま非ニュートン流体や粒状物質などの研究にも結びつくかもしれません。

たとえば片栗粉を水に溶かした「コーンスターチ溶液」のように、弱い力ではさらさらと流れるのに、強い衝撃を与えると固体のように硬くなる流体を指します。

猫ではありませんが、もし動物が“強く押されたら固体化する”ような特性を持っていたら……と想像すると、SFじみた生き物が誕生しそうです。

科学的に考えれば、“液体か固体か”という区分はそもそも絶対的ではありません。

アスファルトやケチャップ、ゼリーなど、身近な物質でも「ゆっくり見れば固体のよう、条件を変えれば液体のように振る舞う」例は少なくありません。

物体の粘度や弾性、時間スケールを考慮するレオロジーの知見を応用すれば、猫が容器に“流れ込んでいる”ように見えることも、単なる冗談ではなく“科学的”に説明できるわけです。

では結局、「猫は液体なのか?」という問いへの答えはどうなるのでしょうか。

結論としては、「猫は状況次第で、液体にも固体にも振る舞う性質を持っている」、つまりどちらか一方とは言い切れない多面的な存在である、というのが最も近い答えでしょう。これは、イグ・ノーベル賞を受賞した論文の主張そのものでもあります。

次に猫が小さな箱やグラスの中で“とろける”姿を見たときは、ぜひ「時間スケール」「力学条件」「レオロジー的性質」といったキーワードを思い出してみてください。

きっと、いつもより少しだけ科学の目で世界を眺めることができるでしょう。

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元論文

On the rheology of cats
https://www.drgoulu.com/wp-content/uploads/2017/09/Rheology-of-cats.pdf

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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