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「指が動かない!」努力家ほど陥りやすいミュージシャンズジストニアの謎


ミュージシャンズジストニアは、プロやアマチュアの音楽家に発生する運動障害で、演奏中に意図せず指が動かなくなることを示す。原因としては過度の練習により、脳の運動制御ネットワークが誤作動を起こすことが考えられている。特に、長年の演奏経験や過剰な練習が影響することが多い。この障害は精神的ストレスと関係があり、イップスと比較されることも多い。治療法としては、ボツリヌス毒注射やリハビリがあるが、さらに効果的な手法が研究されている。予防には適度な休息やフォームの確認が重要。最近の脳科学の進展により、治療や予防策が進化しており、音楽家は再び演奏への自信を持つ可能性が開かれている。

「あれ?なんで指が動かないんだ…」

長年、楽器を演奏してきた音楽家が、ある日突然、思い通りに指を動かせなくなることがあります。

それは、ミュージシャンズジストニアという運動障害かもしれません。

プロだけでなく、アマチュア奏者や特定の動作を繰り返す人なら誰でも起こりうる問題です。

今回は、この不思議な病気の正体に迫っていきます。

目次

  • 意外と身近?ミュージシャンズジストニアの正体
  • 練習のしすぎに注意!?ミュージシャンズジストニアが起きる原因

意外と身近?ミュージシャンズジストニアの正体

ジストニアというのは、筋肉が異常に収縮し、自分の意思とは関係なく体がねじれたり、特定の姿勢が続いたりする神経系の運動障害を指します。

そしてミュージシャンズジストニア」は、楽器を演奏するときだけ指が勝手に硬直するなど、力の制御ができなくなる運動障害です。

プロの音楽家において約1%の発症率が推定されます。

一見すると少ない数字に思えるかもしれません。

しかし、オーケストラや音大出身者など音楽家の裾野を考えると、この1%は決して無視できない確率です。

特にキャリアを本格化させた後に症状が出る人も多く、演奏家にとって深刻な問題です。

実際、日本人アーティストでも同様の症状を抱えたケースが報じられることがあります。

RADWIMPSの山口智史さんは、ジストニアによる不調で演奏活動を長らく休止しています。

また、コブクロの小渕健太郎さんは、首周りの筋肉が硬直し、声が出しづらくなる発声時頸部ジストニアで、活動を休止していた経験もあります。

しかし、なぜミュージシャンにこのような問題が起きるのでしょうか?

趣味でオーケストラに入っている人など、身近な人もミュージシャンズジストニアになる可能性がある
趣味でオーケストラに入っている人など、身近な人もミュージシャンズジストニアになる可能性がある / Credit:Canva

こうした「演奏動作の突発的な乱れ」を別の視点で見ると、スポーツ界でしばしば話題になる「イップスを思い浮かべるかもしれません。

イップスはプロのスポーツ選手でも報告される繊細な動作がプレイ中にできなくなるという問題で、野球選手の投球や、ゴルフ選手のパットが上手くできなくなるなどが有名です。

しかしミュージシャンズジストニアは、イップスは類似点があるものの厳密には異なる症状だと考えられています。

イップスは「音楽家のジストニアと同様に、局所性ジストニアの一種」と捉える見方も存在していますが、基本的には「不安などの精神的要因が大きく関わる」とする見方が主流です。

イップスはメンタルの影響が強い現象であり、ミュージシャンズジストニアは脳の運動制御ネットワークの誤作動という神経系の問題なのです。

スポーツでよく聞くイップスも突然、普段の動作が出来なくなる
スポーツでよく聞くイップスも突然、普段の動作が出来なくなる / Credit:Canva

もちろんイップスと同様、精神的ストレスも発症や悪化を招く要因となり得ますが、「身体的酷使による局所性運動障害」という色合いがより強い点が特徴といえます。

そしてこの症状は、プロミュージシャンだけでなく、アマチュアや趣味で演奏を続ける方にも起こる可能性があります。

「ある曲だけ指がうまく動かない」、「速いテンポになると手が固まる」など、最初はささいな違和感から始まり、気づくと演奏自体が困難になるケースもあります。

ではこうした問題は、具体的に何を原因にして発生するのでしょうか?

練習のしすぎに注意!?ミュージシャンズジストニアが起きる原因

ミュージシャンズジストニアの原因については、練習のしすぎによる脳の過剰適応だと考えられています。

たとえば、長時間の演奏を続けると、指や手の運動回路が過度に発達しすぎてしまい、正常な指令実際の筋肉の動きにずれが出始めます。

結果として、意図しない硬直や暴走が起こるというのが主なメカニズムです。

特に10年を超える演奏経験や、1万時間以上の猛練習が原因になることが多いと報告されています。

練習はやればやるほど良いと考えている人は多いかもしれません。特に楽器の演奏だと、プロを目指す人なら「1日10時間以上絶対練習する!」などの目標を心に決めて取り組んでいる人もいるでしょう。

しかしそうしたやり過ぎが脳の誤作動を引き起こしてしまうというのです。

では、いったん脳が「誤作動モード」に入ってしまったとき、どのような治療があるのでしょうか。

代表的な手段としては、「ボツリヌス毒注射」により過剰に緊張した筋肉を一時的に緩め、正常な動作パターンを再学習する猶予を作る方法があります。

ただし、注射後に筋力が落ちてしまうケースもあるため、注入部位や量の選定は簡単ではありません。

そのため最近は、感覚運動の再教育を重視した「リハビリ」が注目されるようになりました。

具体的には、故障しやすい指を固定してあえてその指だけに意識を向ける練習をしたり、超スローテンポで演奏動作を丁寧に組み直したりする手法があります。

これは脳の可塑性を利用し、誤って形成されてしまった運動回路を修正するアプローチです。

さらに、脳に微弱な電流を流して神経活動を調整する経頭蓋直流刺激なども試験的に行われています。

一方、予防策という観点では「練習しすぎに気をつける」、「こまめに休憩を取り、フォームを確認しながら演奏する」、「ストレッチやメンタルケアを怠らない」といった取り組みが推奨されています。

自分には関係ないと思わずに症状へ対して理解するのも大切
自分には関係ないと思わずに症状へ対して理解するのも大切 / Credit:Canva

ミュージシャンズジストニアは、演奏家にとっては手の裏切りともいえる現象です。

アマチュアや趣味の奏者にも起こりうる以上、「自分には関係ない」とは言い切れない問題なのです。

そして、その根底には私たち全員が備えている脳の「可塑性」という能力があります。

長年の反復練習で築き上げた高精度の演奏回路が、ある瞬間を境に誤作動を起こしはじめる背後にあるメカニズムは、脳の最適化が行き過ぎてしまうことにほかなりません。

脳科学の進展により、この奇妙な障害のメカニズムは少しずつ解明され、治療や予防の道筋も整いつつあります。

将来的には、遺伝子レベルでの治療法や、再生医療などの新しい技術が開発され、この病気に苦しむ音楽家たちが、再び安心して演奏できる日が来るかもしれません。

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元論文

Task-Specific Dystonia in Professional Musicians. A Systematic Review of the Importance of Intensive Playing as a Risk Factor.
https://doi.org/10.3238/arztebl.2015.0871
Rehabilitation of focal hand dystonia in musicians: a systematic review of the studies
https://doi.org/10.33588/rn.7208.2020421

ライター

岩崎 浩輝: 大学院では生命科学を専攻。製薬業界で働いていました。 好きなジャンルはライフサイエンス系です。特に、再生医療は夢がありますよね。 趣味は愛犬のトリックのしつけと散歩です。

編集者

ナゾロジー 編集部

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