猫の飼い主なら、猫の尿の独特な匂いには慣れ親しんでいることでしょう。
特に猫がトイレから離れた場所で粗相をすると、その強烈な匂いが家中に広がり、掃除が大変だった経験を持つ人も少なくありません。
猫の尿の匂いがこれほどまでに強い理由の一つは、「フェリニン」と呼ばれる特有の物質にあります。
この硫黄を含むアミノ酸は猫の体内で生成され、尿に含まれることで、猫の存在を他の猫に知らせる役割を果たしていると考えられています。
しかし、この特徴的な匂いが急に弱まったり、ほとんど感じられなくなったとしたら、それは単なる変化ではなく、健康上の重要な警告サインかもしれません。
岩手大学で行われた研究により、猫の尿の匂いの変化は慢性腎臓病(CKD)など、深刻な病気の初期症状である可能性が示されています。
では、なぜ猫の尿の匂いが健康と結びついているのでしょうか?
研究内容の詳細は『The Journal of Veterinary Medical Science』にて掲載されました。
目次
- 匂いの減少のメカニズム
- 匂いの変化を見逃さないために
匂いの減少のメカニズム
猫の尿が匂う理由の鍵を握る「フェリニン」は、猫特有の代謝によって生み出される物質です。
猫の体内では、3-メチルブタノール-グルタチオン(MBG)という化合物が腎臓を通じて代謝され、最終的にフェリニンが生成されます。
フェリニンは尿中で分解し、揮発性の硫黄化合物を放出します。
この硫黄化合物こそが、猫の尿の強烈な匂いの正体です。
しかし、腎臓が正常に機能していない場合、この代謝サイクルが崩れます。
慢性腎臓病などで腎機能が低下すると、MBGがフェリニンに変換されるプロセスが阻害され、尿中のフェリニン濃度が大きく減少します。
今回の研究では健康な猫34匹と腎臓病を患う猫66匹を対象に尿中のフェリニンやMBGの濃度などが分析されました。
その結果、腎臓病の猫では尿の匂いが薄くなっていることが判明。
さらに腎機能が進行的に悪化すると、フェリニンがほとんど生成されなくなり、尿の匂いはほぼ無臭に近づいてしまうことも明らかになりました。
この成果は、ネコの尿臭の変化を通じて腎臓病の兆候を早期に察知できる可能性を示しています。
具体的には、飼い主がトイレ掃除の際に「尿臭が以前より弱くなった」「ほとんど感じられなくなった」といった変化に気づくことで、腎臓病のリスクを早期に察知できる可能性があります。
匂いの変化を見逃さないために
猫の尿の匂いが薄くなったと感じたら、それは飼い主にとって「耳を傾けるべき声」です。
慢性腎臓病は早期にはほとんど症状が現れないため、匂いの変化のような微細なサインを見逃さないことが、猫の健康維持において極めて重要です。
定期的な健康診断や血液検査、尿検査を通じて腎臓の状態をチェックすることが推奨されます。
もっとも、匂いが薄れるという現象が必ずしも腎臓病を意味するわけではない場合もあります。
たとえば、猫が水分摂取量を増やした場合、尿が薄まり、匂いが弱く感じられることがあります。
しかし、このような場合でも病気との関連性を否定できないため、獣医師の診察を受けることが重要です。
(※たとえば水を多く飲むようになった猫の場合、糖尿病が疑われます)
結論として、猫の尿の匂いは、その健康状態を示す一種の「バロメーター」として機能します。
普段は厄介だと感じるその匂いが、実は猫の体の中で何が起きているのかを教えてくれる、大切なヒントとなり得るのです。
あなたの猫の健康を守るために、日々の小さな変化を見逃さない観察力を大切にしましょう。
参考文献
ネコの尿のにおいが薄くなったら要注意! 腎臓病の発見につながる新知見
https://www.iwate-u.ac.jp/cat-research/2024/12/006509.html
元論文
Reduction of urinary felinine in domestic cats with renal diseases leads to decreased catty odor
https://doi.org/10.1292/jvms.24-0370
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部