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大多数の人々は「隠れた絶対音感」を持っていると判明!


「イヤーワーム」とは、特定の音楽が頭の中で繰り返し再生される現象を指します。この現象は多くの人々が経験し、一部の研究では約90%が週に一度は体験するとされています。カリフォルニア大学の研究では、イヤーワームの存在から多くの人に「隠れた絶対音感」があることが示唆されました。実験では、参加者が記憶に残っている曲を歌うことを要求され、その結果、約44.7%が原曲と同じ音程、68.9%が半音以内であったことが判明しました。この研究は、音楽記憶が通常の長期記憶とは異なる形で保存されており、普遍的な人間の特性である可能性を示唆しています。

「気づくと何度も同じ音楽が頭の中で繰り返されている…」そんな経験はありませんか?

この現象は「イヤーワーム(耳虫)」と呼ばれます。

実は、このイヤーワームは多くの人々にとって身近な現象であり、研究によれば約90%以上の人が週に一度は経験するとされています。

アメリカのカリフォルニア大学(University of California)で行われた研究では、このイヤーワームを通じてほとんどの人間には「隠れた絶対音感」が備わっている可能性が示されました。

研究者たちは論文の冒頭にて「私たちの結果は、人口の大部分が絶対音感を持っているという新たな証拠を提供します」と述べています。

通常の絶対音感は1万人に1人未満しか持たないと言われていることと比較すると、これは大きな違いです。

今回は前半部分で「頭にこびりつく音楽」イヤーワームについて近年の脳科学研究によって明らかになった興味深い事実を紹介すると共に、後半ではイヤーワーム研究から判明した隠れた絶対音感の存在について解説したいと思います。

(※イヤーワーム研究については十分に知っているという人は、2ページ目以降から読み進めて下さい)

研究内容の詳細は『Attention, Perception, &Psychophysics』にて「無意識の音楽イメージにおける絶対音感(Absolute pitch in involuntary musical imagery)」とのタイトルで公開されています。

目次

  • 「頭にこびりつく音楽」を脳科学する
  • ほとんどの人々は「隠れた絶対音感」を持っている

「頭にこびりつく音楽」を脳科学する

イヤーワームが発生するきっかけはさまざまです。

最近聞いた曲が頭に残り、繰り返し再生されることもあれば、特定の言葉や場面が過去の音楽記憶を呼び起こすこともあります。

また、感情的な出来事やストレス、単調な作業中など、心に余白が生まれたときにイヤーワームが顔を出すことが多いのです。

たとえば、通勤途中に聞いたポップソングが一日中頭から離れなかったり、友人との会話の中で出てきたフレーズが昔好きだった曲を思い出させたりします。

このように、イヤーワームは日常の中の小さなきっかけで引き起こされます。

音楽教育を受けている人や音楽に親しんでいる人は、イヤーワームを経験する頻度が高い傾向があります。

しかし、音楽教育を受けていない人でもイヤーワームは起こります。性格特性も影響し、創造性が高い人や感受性豊かな人はイヤーワームを感じやすいと言われています。

それは、音楽が感情や記憶と深く結びついているからかもしれません。

イヤーワームが発生する脳内メカニズム

イヤーワームは、脳内の複数の領域が関与する複雑な現象です。特に、音楽を処理する聴覚皮質や、記憶を司る海馬、そして注意や計画を担当する前頭前皮質が活発に働いています。

興味深いのは、この現象がデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)と呼ばれる意識的な努力を必要としない無意識的なプロセスが関与しているという点です。

DMNは私たちが休息しているときや何もしていないときに活性化し、内省や記憶、想像力に関与します。つまり、イヤーワームが起こるのは、脳が無意識のうちに高度な情報処理を行っている証拠なのです。

イヤーワームの謎は脳科学の進歩により徐々に明らかになってきました
イヤーワームの謎は脳科学の進歩により徐々に明らかになってきました / Credit:Canva . 川勝康弘

またイヤーワームが発生する背景には、私たちの脳の認知プロセスが深く関わっています。

特に注目すべきはワーキングメモリの役割です。

ワーキングメモリとは、情報を一時的に保持し、操作するための脳のシステムのことです。

この容量が大きい人ほど、イヤーワームをコントロールしやすいと言われています。

もしあなたが、イヤーワームの開始や終了をある程度コントロールできると感じているなら、それはあなたのワーキングメモリが高い能力を持っている証拠かもしれません。

自分の頭の中で流れる音楽を意識的に切り替えたり、止めたりできるというのは、情報を効率的に管理できる脳の力を示しています。

一方で、イヤーワームは「注意資源の余剰」という概念とも関連しています。

私たちの脳は、常に何かしらの情報を処理しようとします。

単純な作業や暇な時間があると、その余剰の注意資源がイヤーワームとして表面化するのです。

これは、コンピューターで言えば、余ったメモリを使ってバックグラウンドでプログラムが動いているようなものです。

イヤーワームは、ワーキングメモリを一時的に占拠する情報の断片であり、脳が「空白」を埋めようとする自然な反応とも言えます。

このように、イヤーワームは私たちの認知プロセスや脳の働きと深く結びついた現象であり、その理解は脳科学の重要な一端を担っています。

イヤーワームの意外な利点

イヤーワームは時に煩わしく感じられることもありますが、その現象を上手に活用することで、日常生活や学習に役立てることができます。

たとえば、語学学習において、音楽を使った学習法は効果的です。

キャッチーなメロディーに乗せて新しい単語やフレーズを覚えると、そのメロディーがイヤーワームとして頭の中で繰り返され、自然と記憶に定着します。

これは、音楽が記憶と強く結びついているためであり、イヤーワーム現象がそのプロセスを助けてくれるのです。

単語帳を開いて必死にならなくても、脳内で自然に音楽に乗って英単語が流れているとしたら、その学習効果は飛び抜けたものになるでしょう。

また、イヤーワームは感情や気分にも影響を与えます。

お気に入りの曲が頭の中で流れると、気分が高まり、モチベーションが上がることがあります。

一方で、ネガティブな感情と結びついた曲がイヤーワームになると、気分が落ち込むこともあります。

したがって、自分の気分をコントロールする手段として、意識的にポジティブな音楽を取り入れるのも一つの方法です。

さらにイヤーワームの持つ特性は、リハビリテーションの分野でも注目されています。

音楽は脳のさまざまな領域を活性化させるため、言語障害や運動機能の回復を目指すリハビリに活用されています。

イヤーワーム現象を利用して、患者が日常的にリハビリのための音楽を思い出すように促すことで、継続的な効果が期待できます。

イヤーワームは、ただの「頭にこびりつく曲」ではなく、私たちの脳の高度な機能と深く関わる現象です。

この不思議な現象を理解することで、自分の脳の働きや認知プロセスについて新たな発見があるかもしれません。

イヤーワームとの上手な付き合い方:対処法と予防策

イヤーワームは時に煩わしく感じることもありますが、その対処法を知っておくことで日常生活でのストレスを軽減できます。

まず、新しい音楽を聴くことは効果的な方法の一つです。

頭の中で繰り返されるメロディーを別の曲で上書きすることで、イヤーワームから解放されるかもしれません。

次に、集中できる活動を行うことも有効です。

パズルや読書、計算など注意を必要とするタスクに取り組むと、脳が他の情報処理にリソースを割くため、イヤーワームが薄れることがあります。

また、ガムを噛むというシンプルな方法も試してみてください。

口の動きが脳の音楽想起を妨げるとされ、一部の研究でイヤーワームの軽減効果が示唆されています。

さらに、リラックスすることも大切です。

ストレスや疲労はイヤーワームを引き起こしやすい要因の一つなので、十分な休息やリラクゼーションを心がけることで予防につながります。

イヤーワームをポジティブに捉えることも一つの手です。

お気に入りの曲や楽しい思い出と結びついたメロディーであれば、そのまま楽しんでみるのも良いでしょう。

あるいはなぜその音楽がイヤーワームになったかを自己分析することで、今の自分の心理状態や欲求を把握するのに役立つかもしれません。

今頭の中で響き続けている音楽は、あなたにとって必要な何かを訴える暗喩の可能性もあるからです。

以上のようにイヤーワームは、脳科学的にも心理学的にも非常に興味深い現象であり、現在も活発に研究が行われています。

そこで今回カリフォルニア大学の研究者たちは、イヤーワームが元の音楽と比べてどれだけ正確であるかを調べる試みに挑みました。

音楽的才能は個人差が大きく、特に絶対音感を持つ人は1万人に1人未満とされています。

では脳内で鳴り響くイヤーワームたちも同じような能力の大きな差があり、正解な音律を奏でられるイヤーワームも1万匹に1匹なのでしょうか?

ほとんどの人々は「隠れた絶対音感」を持っている

イヤーワームは正確な旋律を奏でているのか?

自分では正確だと思っていても、絶対音感のように実は1万人に1人程度しか正確なイヤーワームを実現できていないのではないか?

謎を解明するべく、研究者たちは、参加者たちに、一日中ランダムな間隔で、自分が耳に残っている曲を歌ったりハミングしたりするのを録音してもらいました。

また重要な事実として、参加者の中には絶対音感を持つ者はおらず、多くは非音楽家となっていました。

実際、参加者たちにインタビューを行うと「参加者は曲のメロディーを自信を持って思い出すかもしれないが、キーを正しく把握する能力を疑っている」との回答が得られました。

しかし実験結果は、参加者たちの自信の無さを、いい意味で裏切りました。

イヤーワームをもとに歌ってもらったところ、かなり正確なキーが再現されました
イヤーワームをもとに歌ってもらったところ、かなり正確なキーが再現されました / Creduit:Matthew G. Evans et al . Attention, Perception, &Psychophysics (2024)

録音された音を分析した結果、全体の44.7%が原曲の音程と完全に一致し、68.9%が半音以内の正確だと判明したのです。

興味深いことに、この正確さは様々な曲で観察され、参加者が最近その曲を聴いたか、かなり昔に聞いたかによっては変化しませんでした。

加えて個人の音楽的訓練のレベルにも左右されませんでした。

この結果は、私たちの脳内で歌い続けるイヤーワームは正確なキーの情報を保持していることを示しています。

研究者たちはこの能力を通常の絶対音感と区別して「隠れた絶対音感」と表現しています。

(※厳密に言えば、本当の絶対音感は参照することなく音のキーを当てられるのに対して、研究で明らかになった「隠れた絶対音感」は、音感の正確な記憶能力と言えるでしょう)

またそのプロセスの記憶は意識的にではなく、無意識的に行われたものとなります。

さらにこれは長期記憶の形成と言う点では、異常事態でもありました。

長期記憶がなされるときに私たちの脳は情報の要点化と単純化を行うという習性があります。

そのため音楽の記憶が保存される場合には、当然ながらキーのような情報は切り捨てられていてもおかしくはありません。

音楽はキーが違っていても非常に似た音に聞こえるため、脳がその情報を無視して記憶を形成するのは近道にもなります。

しかし結果は、私たちの音楽的な記憶がそのような情報の切り捨てが行われていない可能性を示しています。

研究者たちは、音楽の情報が脳内で蓄積される過程は、通常の長期記憶形成とは異なるユニークな特性を持っているのかもしれないと述べています。

音楽がしばしば専門的な技術とみなされる世界において、この研究は、メロディーを正確に想起し再現する能力が、意識的な努力なしに自然に生じる普遍的な人間の特性であることを示します。

もしかしたら音楽の記憶という意味において、私たちは同じ程度に天才なのかもしれません。

全ての画像を見る

参考文献

Singing from memory unlocks a surprisingly common musical superpower
https://news.ucsc.edu/2024/08/earworms-music-memory-perfect-pitch.html

元論文

Absolute pitch in involuntary musical imagery
https://doi.org/10.3758/s13414-024-02936-0

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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