締め切りを科学します。
プロジェクト報告書の提出、学術課題の提出、新製品の発売など、締め切りは期待を設定し、複雑な活動を調整するのに役立ちます。
誰もが差し迫る締め切りのストレスや、それを逃したときの罪悪感に悩まされたことがあるでしょう。
しかし、個人的な不安もそうですが、締め切りを守れないことの本当の影響は何でしょうか?
それは誠実さ、能力、そして仕事の全体的な質にどのように影響するのでしょうか?
アメリカのスタンフォード大学(SU)で行われた研究では締め切りを守れなかった結果、何が起こるかを科学的に掘り下げました。
研究内容の詳細は『Organizational Behavior and Human Decision Processes』にて公開されています。
目次
- 締め切りを守れなかったときの「高い代償」
- 締め切り日にいつも逃げ出す「売れっ子作家」
- 遅れた言い訳として最適なもの
締め切りを守れなかったときの「高い代償」
3人の会社員、佐藤さん、鈴木さん、山田さんを想像してください。
彼らは同じ報告書を正午に完成させるように言われています。
佐藤さんは前日に仕事を提出し、鈴木さんはその日の朝にし、山田さんは夕方に提出しました。
同じ質を提供しているにもかかわらず、上司は彼らの貢献を異なって受け取ります。
上司は山田さんの遅れた提出に眉をひそめ、仕事の質に疑問を投げかけます。
3人の仕事の質は同じくらい良いのにです。
このシナリオは、さまざまな研究で数千人の参加者を対象にした最近の研究結果を反映しています。
結果は、締め切りを逃すことが労働者と提出された仕事の両方の評価にネガティブな影響を与えることを示しています。
誰かが仕事を遅れて提出すると、評価者はその人の誠実さと能力の低下を感じることが多いです。
というのも組織内の信頼は、主に能力と誠実さという2つの重要な要素にかかっているからです。
能力は効果的にタスクを遂行する能力を指し、誠実さは倫理的原則の遵守と信頼性を含みます。
締め切りを逃すことは、これらの両方の認識にネガティブな影響を与える可能性があります。
能力の場合、時間管理が下手であるだけでなく、任された仕事を行う能力そのものがない可能性を疑わせることになります。
誠実さの観点からは、約束を守れないことは、信頼性や正直さに疑問を投げかけます。
研究では締め切りを破ることがまず誠実さや信頼性を下げ、そこから仕事を行う能力に疑いがうまれ、そして最後に締め切りを破った仕事に対する評価の著しい低下という連鎖が起こる可能性が示されました。
(※締め切りを破る→信頼の低下→能力の疑い→仕事の質を低く評価される、という流れです)
職場では、これらの認識が連鎖的な影響を持ち、協力や昇進、新しいプロジェクトの機会に影響を与える可能性があります。
では、いっそのこと仕事を速く終わらせてしまうのはどうでしょうか?
興味深いことに、研究はまた、仕事を早く提出しても能力や仕事の質の認識を必ずしも高めないことを明らかにしています。
評価者は、少ない時間と労力が投資されたと仮定し、早期提出からのポジティブな印象を相殺するかもしれません。
この非対称性は、遅れは罰せられるが、早さは特に報われないことを示唆しています。
これは「労力ヒューリスティック」に起因する可能性があります。
人々はタスクに費やした時間の量をその質と同等と見なします。
タスクが迅速に完了すると、それが徹底的でない、または思慮深くないと認識されるかもしれません。
したがって、仕事を早く提出しても評価を大幅に高めることはなく、タイムリーさを評価する際の潜在的なバイアスを浮き彫りにしています。
下の図は今回の研究によって明らかになった、提出期限の前後に出された課題の評価です。
結果によれば、最も評価が提出タイミングは締め切り日の朝でした。
一方で1時間遅れ、6時間遅れ、12時間遅れ、1日遅れ、1週間遅れの評価はどれも悲惨なものになっていました。
注目すべきは、僅かな遅れであってもそれが致命的に働くという点でしょう。
繰り返しますが、提出された仕事の質はどれも全く同等です。
研究者たちがこの現象を分析したところ、起源を守らなかったことが仕事に対する誠実さに疑問を抱かせ、それがさらに仕事の質の評価に悪影響を及ぼしたと述べています。
また研究では、さらに良くない事実が明らかになりました。
一般に、仕事が期限内に終わらないことを事前に知らせることは、黙って期限を破るよりも幾分かはマシと見なされます。
責任ある社会人として、約束を意識していることを伝達したり進捗の報告をしておくことは重要とされるからです。
しかし研究者たちが分析したところ、締め切りを破ることを事前に通達していたとしても、悪影響は軽減しないことが判明したのです。
また締め切りを破る悪影響は、上司などの評価者だけに留まりませんでした。
東アジアの小学生に互いの作品を評価するように依頼した研究では、提出期限に送れた作品は低い順位にランクされる傾向にあることが示されています。
このことは、締め切りを破ることでの能力や誠実さ、仕事の質への疑いが同輩関係にも起こることを示しています。
もし今ある仕事の締め切りを破りそうならば、なんとしても頑張って期限内に収める努力をしたほうがいいでしょう。
しかしここで注目すべきは期限超過による質の低評価は、ある意味で「幻」という点にあります。
人間は締切日という概念によって、同じ質の仕事に色眼鏡をかけてしまうのです。
そしてこのような認知の歪みは、ときに負の影響を与えることがあります。
締め切り日にいつも逃げ出す「売れっ子作家」
締め切りを逃すことに関連するネガティブな側面にもかかわらず、考慮すべきポジティブな側面もあります。
いくつかの研究は、締め切りを逃す人々がより創造的で高品質な仕事を生み出す可能性があることを示唆しています。
追加の時間は、より深い思考、アイデアの探求、最終製品の洗練を可能にします。
イノベーションが重要な環境では、締め切りの厳格な施行が創造性を抑制するかもしれません。
例えば、作家、ライター、デザイナー、研究者のようなクリエイティブな職業では、最良の仕事を生み出すために柔軟性を必要とすることがよくあります。
厳格な締め切りは、時間の制約のために、彼らがあまり革新的でない仕事に妥協することを強いるかもしれません。
最も極端な例は「締切日になるといつも編集者と連絡がつかなくなる売れっ子作家」でしょう。
締切日を守らないことは個人の誠実さや能力を疑わせずにはいられず、出版社はそのような人物に新たな仕事を与えなくなってもおかしくありません。
しかし実際には、売れっ子作家の作品は飛ぶように売れています。
(※最近ネットフリックスで公開され大きな反響をうんだ日本のアニメ映画の監督・脚本を務めた某氏は、締め切り日になると編集者から逃れるように「行方不明」になると言われていました)
この逸話は、締め切りを破ることによる仕事の質の悪化が幻であるという事実の1例となるでしょう。
さらに、締め切りは時に仕事の質を低下させることがあります。
締め切りに間に合わせるために急ぐと、ミスや見落とし、表面的な結果につながる可能性があります。
逆に偽の締め切りの後に本当の締め切りを設定するなど、より柔軟な体制をとることで、より良い結果をもたらすことができます。
このことは、どの締め切りが重要で、どの締め切りがある程度柔軟に対応できるかを見極める必要性を浮き彫りにしています。
次のページでは締め切りを破ってしまった場合の「言い訳」を科学的に評価します。
遅れた言い訳として最適なもの
締め切りに間に合わなかったからといって、すべてが同じというわけではありません。
締め切りに遅れてしまった理由も、大きく影響するからです。
たとえば予期せぬ緊急事態や技術的な問題など、自分ではコントロールできない外的要因によって遅延が生じた場合、評価者は寛容になります。
(※寛大にはなりますが、仕事の質が低く評価される危険性は依然として存在しています)
たとえば「大地震が発生して仕事内容を収めていたPCが破壊されてしまった」「家に強盗が押し入って来て仕事よりも家族を守ることを優先せざるを得なかった」といった場合です。
一方で「寝坊しました」「締め切り日を勘違いしていますした」「創造性を発揮するために遅れました」という言い訳はしてはいけません。
(※特に3番目は心象もよくありません)
以上の結果から、すべての遅れが有害なわけではなく、時には創造性や質を高めることもあることを認識すれば、より柔軟なアプローチができることを示しています。
タイムリーな提出の必要性と、複雑な仕事や人間の限界という現実とのバランスをとることで、個人も組織も、締め切りのジレンマをより効果的に乗り切ることができます。
追記:もし締め切りに間に合わず仕事の質を疑われたり、逆に柔軟な締め切りが仕事の質を高めて「売れっ子作家のパラドックス」を発生させた経験談や目撃談があれば、よければX(旧Twitter)などで共有してみてください。
参考文献
https://www.sciencealert.com/experiments-reveal-what-happens-when-you-hand-in-work-late
元論文
On time or on thin ice: How deadline violations negatively affect perceived work quality and worker evaluations
https://doi.org/10.1016/j.obhdp.2024.104365
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部