市販のスパゲッティの太さは大体1.4〜2.0mmが多く、細い種類だと0.9mmのものがあります。
しかし英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)は最近、これらより遥かに細いスパゲッティの開発に成功しました。
その細さはなんと驚異の直径372nm(ナノメートル)。
これは人間の毛髪の約200分の1の細さであり、世界で最も細いスパゲッティとなっています。
ただし研究者らがこのスパゲッティを作った目的は食べるためではなく、医療に役立てるためでした。
研究の詳細は2024年10月30日付で科学雑誌『Nanoscale Advances』に掲載されています。
目次
- 世界最細のスパゲッティはどうやって作る?
- 小麦粉から医療用シートを作るメリットとは?
世界最細のスパゲッティはどうやって作る?
現在、世界で最も細いスパゲッティは、イタリアのサルデーニャ島で伝統的に作られる「フィリンデウ(Filindeu)」です。
フィリンデウは現地の言葉で「神の糸」を意味しており、1本の直径は約400μm(マイクロメートル)となっています。
(1マイクロメートルは1000分の1ミリメートル)
フィリンデウは熟練の職人が手ごねで作っており、中国の伝統的なお菓子として知られる「龍のひげ飴」を作るときと同じように、細く伸ばした1本の生地を半分に畳んで引き伸ばして2本にし、これを延々と繰り返して、極限まで細くする手法です。
実際の様子がこちら(動画の全編は記事の最後に添付してあります)。
できあがったフィリンデウは普通のスパゲッティのようにほぐして食べるのではなく、シート状に3枚重ねにして乾燥させ、スープの中に入れて食べます。
フィリンデウが非常に極細であることは間違いありませんが、UCLの研究チームが新たに作ったスパゲッティはフィリンデウよりさらに1000倍も細いものでした。
そんな超極細のスパゲッティを手ごねで作ることは不可能です。
そこでチームは「エレクトロスピニング(電界紡糸)」という技術を応用しました。
これは一言で説明すると、小麦粉と液体の混合物を超極細の筒状の中に入れ、それを電気の力を使って引っ張り出す方法です。
具体的にはまず、デンプンを主成分とする小麦粉に、水ではなく「ギ酸」の溶液を混ぜて混合物を作ります。
これはギ酸を入れることでデンプンを形作る螺旋(らせん)構造をほぐすことができ、それによって細さを増すことが可能だからです(上図a)。
次に、この混合物を注射針のような容器の中に入れて、先端の超極細の筒から電気の力を使って中身を引っ張り出します(上図b)。
こうして直径372nmの超極細スパゲッティを作ることに成功しました。(1ナノメートルは100万分の1ミリメートル)
またギ酸は筒状から引っ張り出されて、空気中に晒されることで蒸発して消えます。
研究主任の一人であるアダム・クランシー(Adam Clancy)氏は「通常のスパゲッティを作るには小麦粉と水を混ぜたものを金属の穴に押し込みますが、私たちが行ったのは電気で引っ張るという違いこそあるものの、文字通りスパゲッティと同じ成分であることは確かです」と話しました。
ただし、このスパゲッティは食用にはまったく向いていません。
熱湯に入れると1秒も経たないうちに火が通り過ぎてしまうからです。
また1本1本は細すぎるあまり、目で見ることはできません。
そこでチームはこれを2センチ四方のシートとして整形しました。
これは食べる用ではなく、医療用としての活躍が期待されるといいます。
しかしなぜスパゲッティと同じ成分で医療用シートを作ろうと考えたのでしょうか?
小麦粉から医療用シートを作るメリットとは?
医療分野では、ナノファイバーと呼ばれる今回作られたスパゲッティと同じか、それ以上の細さの繊維を使ったツールが使われています。
例えば、ナノファイバーをシート状に整形した包帯は、ナノファイバーの非常に多孔質かつ、水と湿気を入れても細菌は入れない性質のおかげで、創傷治癒として有効に機能します。
また他にも、体内における骨再生のための足場や薬物送達のための足場としても利用可能です。
ただし従来のナノファイバーは植物由来の原料からデンプン以外の部分を取り除いて、デンプンだけを抽出する方法を取っていました。
このデンプンを抽出する過程には大量のエネルギーと水が必要であり、コストが高くつく上に環境にも優しくありません。
そこでチームはより安価で環境に優しいナノファイバーを作る方法として、植物繊維からデンプンを抽出する工程を省き、デンプンを多量に含む材料を使って直接ナノファイバーを作ってしまおうと考えたのでした。
それがスパゲッティの原材料である小麦粉だったのです。
小麦粉は約80%をデンプンが占めており、15%はタンパク質、残り数%は多糖類や脂肪で構成されています。
デンプンだけを抽出せずにナノファイバーを作る試みはかなり挑戦的でしたが、先ほど説明したように、小麦粉をギ酸と共に直接溶かした溶液を作るなどして、デンプンの螺旋構造を解いた最適なナノファイバー成分を得ることができました。
またデンプンの他に少量混じったタンパク質なども、ナノファイバーを作るのに支障はなく、むしろエレクトロスピニング(電界紡糸)でスパゲッティを引っ張り出す際に必要な粘性や導電性を与えてくれたとのことです。
こうして従来の手法からエネルギー消費やコストを大幅に削減したナノファイバーの大量生産が可能になると期待されています。
またこのナノファイバーは生分解性であり、体内でも安全に分解できるので、さまざまな医療目的に利用できるでしょう。
今後、スパゲッティシートが世界中の人々の治療に貢献する普遍的な医療ツールとなるかもしれません。
参考文献
Chemists create world’s thinnest spaghetti
https://www.ucl.ac.uk/news/2024/nov/chemists-create-worlds-thinnest-spaghetti
元論文
Nanopasta: electrospinning nanofibers of white flour
https://doi.org/10.1039/D4NA00601A
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部