火星の極寒の地で、生命が存在できる場所はどこでしょうか。
火星には地球のようなオゾン層がないため、危険な紫外線が大量に降り注ぎ、生命には厳しい環境が広がっています。
しかし、この絶望的に思える環境にも小さな希望があるかもしれないのです。
地球では、太陽光が氷の内部の数メートルまで届き、そこに生息する微生物は有害な紫外線から守られながら、エネルギーを得て生き延びることができています。
では、火星の似た環境下でも同じことが言えるのでしょうか?
この疑問に関して、米国カリフォルニア工科大(California Institute of Technology)等の研究チームがコンピュータモデルを用いたシミュレーションを行いました。
この結果では、火星の氷は紫外線をある程度吸収し、その紫外線下でも「生命居住可能領域」が形成されている可能性が確認されました。
塵が少ないきれいな氷の場合、光は数メートル下まで届き、生物が生息可能な環境が広がるかもしれません。
また、わずかに「塵を含む氷」でも、数センチの深さに微生物の居住可能な領域が形成される可能性があるのです。
さらに興味深いのは、火星の中緯度地域にある氷の中に微量の塵が含まれる場合、時には氷が溶けて、少量の水が存在する可能性があることです。
これは、地球外生命の探索において新たな希望の光かもしれません。
火星で生命を探すための「最もアクセスしやすい」場所が、まさにこの中緯度地域の氷の層なのです。
この研究の詳細は、2024年10月17日付の『Communications Earth &Environment』に掲載されています。
目次
- 火星に生命体が存在する領域とは?
- 生命体が存在する環境条件とは
- 火星の環境下で生育できるバクテリアとは
火星に生命体が存在する領域とは?
火星には、地球のようなオゾン層がなく、有害な紫外線が地表に容赦なく降り注ぎます。
そんな過酷な環境でも、生命が隠れ住む可能性がある場所として注目されているのが「塵を含む氷」です。
この氷は、火星の北緯75度以上にわたって広がり、時には中緯度地域の乾いた地表の下にも存在しています。
数百万年の間、塵が混じった雪や氷が堆積し、今や火星の表面に姿を見せていますが、どのくらいの深さまで太陽光が届くのかは謎のままでした。
地球でも、この深いところに「生命居住可能領域」が存在し、微生物たちはこの領域で有害な紫外線から守られつつも、光合成に必要なエネルギーを得て生きています。
火星では、有害な紫外線が地球より約30%多く届くため、地表の紫外線は非常に強烈ですが、氷の中に潜むことで安全な光の領域を確保できるかもしれないのです。
研究チームは、火星の中緯度地域にある「塵を含む氷」に、「生命居住可能領域」が存在する可能性があることをコンピュータシミュレーションで確認しました。
このシミュレーションにあたっては、火星の氷や雪がどのくらい太陽光を吸収し、どの深さまでエネルギーが届くのかを解明するため、太陽光の屈折率の変動や鉄を含む塵の効果がモデルに組み込まれました。
この鉄分が含まれることで、可視光や紫外線の吸収が強まり、太陽光が氷の中を深く進むのが難しくなる一方、紫外線が弱まり、生命が生き延びられるかもしれない安全な場所を作り出す可能性もあるのです。
火星で生命を探すには、この「生命居住可能領域」が鍵を握っています。
特に、地表近くの露出した「塵を含む氷」は、火星の生命探査において最もアクセスしやすい手がかりになるかもしれません。
生命体が存在する環境条件とは
火星の氷に生命が宿るためには、ただ氷が存在するだけでは足りません。
地表から入ってくる太陽光線が、氷の奥深くまで届き、そこで適切な条件で生物が生きられる環境、いわゆる、「生命居住可能領域」が必要です。
地球ではオゾン層が有害な紫外線をブロックし、氷の中でも安全な光合成が行えますが、火星にはこのバリアがありません。
火星の氷の中で生命が生き残るには、表面で有害な紫外線を防ぎつつも、光合成に必要な「光合成有効放射(Photosynthetically Active Radiation:PAR)」が深層まで届く必要があります。
この「光合成有効放射」とは、植物が光合成に利用できる特定の光の波長範囲を指します。
植物は太陽から届く光のうち、約400~700ナノメートルの波長(可視光)を主に使って光合成を行い、糖や酸素を作り出します。
この研究で見えてきたのは、火星の氷に含まれる塵の含有量が、この「生命居住可能領域」の形成に大きく関わっているという事実です。
塵の量が多いほど、光が遮られ、「生命居住可能領域」は氷の浅い部分にしか広がりません。
例えば、1%もの塵を含む氷の場合、PARが届く深さはわずか数ミリメートルで、光合成には不十分な環境です。
しかし、塵が少ない氷(約0.1%以下)になると、「生命居住可能領域」が深さ数センチメートルから数十センチメートルに広がり、条件によっては光合成も可能となります。
また、氷の粒径も「生命居住可能領域」の厚さや深さに影響します。
粒径が大きい粗い氷や氷河の氷は、光がより深く浸透するため、PARが届く範囲が広がります。
さらに、火星上での氷の分布は、緯度や太陽の位置(太陽天頂角)にも左右されますが、実はこれらの影響は氷の「生命居住可能領域」に対してはあまり大きくありません。
太陽の天頂角が増えても、PARの浸透深さの変化はわずか数センチメートル程度です。
総じて、火星における「生命居住可能領域」の形成には、「塵の含有量」や「氷の粒径」が大きな影響を与えます。
塵が少なく、粒径の大きい氷が存在する場所であれば、生命の存続に必要な条件が揃うかもしれませんが、太陽光が多く遮られる塵の多い氷では難しくなるのです。
コンピュータシミュレーションの結果を下図に示します。
下図では、「塵の含有量」、「氷の粒径」、「火星の緯度」、「太陽天頂角」に対する「氷の深さ」で「生命居住可能領域」の各範囲を示しています。
結果として、「生命居住可能領域」は、「火星の緯度」「太陽天頂角」からの影響は小さく、概ね「塵の含有量」、「氷の粒径」の影響によって決定されています。
例えば、下図に示すように「塵の含有量」が約0.01%~0.1%含まれる氷では、深さ5cm~38cm、より清浄な氷(約10-6 %以下)なら深さ2.15m~3.10mの範囲に「生命居住可能領域」が形成される可能性があります。
すなわち、この範囲がちょうど微生物の生存に適した場所となり得るのです。
火星の環境下で生育できるバクテリアとは
火星の氷の中で、地球の生物が生き延びる可能性はあるのでしょうか?
興味深いことに、火星の氷層における紫外線の放射条件が、地球の光合成生物に適した環境に近いと考えられています。
火星の表面は、地球の大気によって守られている地球の地表に比べ、紫外線の放射が強いため過酷に見えますが、太陽光が透過する火星の氷の中には地球の微生物が生息可能な「生命居住可能領域」が存在する可能性があるのです。
火星の氷点下で水が凍結しないためには、約-18℃以上の温度と液体の水が必要ですが、火星の氷点下の温度では、自然に溶けることは難しい(気温は-56℃)とされています。
しかし、最近の研究によると、火星の中緯度地域で露出した積雪層には、限られた期間にごく浅い深さで氷が溶け、水が安定して存在する可能性が示されています。
例えば、火星の雪に微量の塵が含まれていると、氷層表面の数センチの深さで溶け出し、水の薄い層が現れるかもしれないのです。
この水は、周囲の雪や塵によって蒸発しにくい状態となり、地球の光合成生物にとっても生存可能な条件に近い環境が整うことになります。
火星における「生命居住可能領域」は、氷に含まれる塵の量や氷の粒子の大きさによって異なります。
さらに、火星表面で一時的に溶けた水が氷層の下に残ることで、液体の水が地表下で一部安定し、微生物が利用できる環境が整う可能性があります。
地球の極地に生息する生物は、放射線が届く浅い地下で生きています。
氷の表面で暗い塵や土が熱を吸収し、氷を溶かすことで小さな「クレバス」が形成され、その内部に水が溜まるのです。
「塵を含む氷」が1年のうちのわずかな期間、地表で溶けているとすれば、地球と同様に、シアノバクテリア、緑藻、菌類などの微生物が、氷に混じった火星の塵から栄養分を摂取し、地表下の好ましい生息環境で、わずかな量の溶けた水を利用できる可能性があります。
これらの生物は極限環境での生存に特化した能力を持ち、短い間でも凍結から脱出して生き延びる術を持っています。
火星でも、地球で見られるような浅い地下生態系が存在する可能性が示されています。
紫外線放射の特定条件に適した深さにある氷は、地球の極地の環境と似た条件を持ち、そこで見られるような微生物、特にシアノバクテリアが生息できる可能性が考えられます。
この層は、表面から数センチから数メートルの範囲で、ロボットや将来の有人ミッションによってアクセス可能な場所となっています。
私たちが、これらの生命体と遭遇するのも、そう遠い未来ではないのかもしれません。
参考文献
Mars might harbor life under its icy surface — and now scientists know where to look
https://www.zmescience.com/science/news-science/mars-might-harbor-life-under-its-icy-surface-and-now-scientists-know-where-to-look/
元論文
Potential for photosynthesis on Mars within snow and ice
https://doi.org/10.1038/s43247-024-01730-y
ライター
鎌田信也: 大学院では海洋物理を専攻し、その後プラントの基本設計、熱流動解析等に携わってきました。自然科学から工業、医療関係まで広くアンテナを張って身近で役に立つ情報を発信していきます。
編集者
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。