薬物使用に伴う幻覚症状については、虫が這いずっていると幻覚を見て皮膚をかきむしってしまうなど恐ろしい話をよく聞きます。
しかしこうした幻覚症状でどの程度の悲劇が起きるのかという疑問については、実際発生した症例を集めていくしかありません。
そんな中、幻覚による非常に恐ろしい自傷の症例が報告されました。
オーストリア・フェルトキルヒ病院(Hospital Feldkirch)によると、うつ病とアルコール依存症を患っていた37歳の男性がマジックマッシュルームを過剰摂取したのち、強い幻覚症状に襲われ、斧で自らの性器を切断してしまったとのこと。
マジックマッシュルームの乱用による事故は多数知られていますが、医師チームは「これは過去に前例のない症例である」と報告しています。
男性の性器はその後どうなったのでしょうか?
研究の詳細は2024年9月21日付で医学雑誌『Mega Journal of Surgery』(PDF)に掲載されました。
※ こちらの症例報告内には実際の患部の画像が貼付されています。大変過激な内容のため、どうしてもという方以外は閲覧をお控えください。
目次
- 人類はいつから「マジックマッシュルーム」を使ってきたのか?
- 斧で自分の性器を切断!世界初の事例
人類はいつから「マジックマッシュルーム」を使ってきたのか?
マジックマッシュルームとは、シロシビン(サイロシビンとも)という麻薬成分を含んだキノコ類の俗称です。
マジックマッシュルームを摂取すると、シロシビンが脳に作用し、中枢神経の興奮や麻痺を引き起こします。
その結果、摂取後15〜60分ほどで幻覚や酩酊状態、発熱、狂乱といった症状が現れ始めます。
マジックマッシュルームの歴史はとても古く、人類は何千年も前から宗教的な儀式目的で使用してきました。
約7000〜9000年前のアルジェリアの壁画には、マジックマッシュルームと見られるキノコを持った踊り子の絵が描かれています。
また南米のマヤ・アステカ文明でもマジックマッシュルームが流通しており、宗教儀式や病気の治療に使われたことがわかっています。
日本でも古くからマジックマッシュルームが知られていたようで、12世紀の『今昔物語』には「山で道に迷った女たちが空腹のためにキノコを食べたところ、踊りたくてしょうがなくなった」との逸話が記されています。
このようにマジックマッシュルームは世界中の温暖・多湿な場所に広く自生しており、人々に向精神薬として用いられてきました。
特に医療が発達した現代では、マジックマッシュルームの治療効果が注目を集めており、適量の摂取であれば、うつ病や不安症、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の改善に効果があることが示されつつあります。
ただ、毒と薬は紙一重の存在です。マジックマッシュルームの使用による深刻な幻覚作用と、それに伴い事故を招くケースも数多く報告されています。
例えば、日本で確認されているケースだと、
・マジックマッシュルーム粉末の摂取後、強い幻覚作用で「空が飛べる」と思い込み、自宅の2階から飛び降りて重症(平成12年)
・睡眠薬と一緒にマジックマッシュルームを服用し、意識不明の重体(平成13年)
・生のマジックマッシュルームを食べた後、車の運転中に「自分は死ななければならない」という気持ちに駆り立てられ、他の車に追突して交通事故(平成13年)
などが知られています(東京都保健医療局)。
日本ではかつてマジックマッシュルームを入手すること自体は合法でしたが、こうした一連の事故・事件を受けて、2002年(平成14年)からシロシビンを含有するキノコ類を「麻薬原料植物」と認定し、故意の使用・所持を「麻薬および向精神薬取締法」によって厳罰化しました。
マジックマッシュルームの法規制は世界でも広く進んでいますが、それでも法の網をすり抜けて個人的に入手し、幻覚作用による事件・事故が続いています。
そして今回、オーストリアで報告されたケースは過去に前例のない悲惨なものでした。
斧で自分の性器を切断!世界初の事例
オーストリア在住の匿名男性(37歳)は以前から重度のうつ病とアルコール依存症を患っていました。
事故当時、男性は人里離れた別荘に一人で冬季の滞在をしていたといいます。
ある夜の午後9時頃、男性はマジックマッシュルームを一度に4〜5個摂取し、強烈な幻覚症状に襲われました。
そして手元にあった斧で自らの男性器を複数回にわたり切断するに至ったのです。
男性は強烈な痛みで正気に戻ったものの、何が起こったのか完全には覚えていなかったため、事故当時の詳細は不明だといいます。
男性は出血を抑えるために性器の根元を布で縛り、切断された陰茎部は雪を詰めた瓶の中に入れたという。
その後、男性は助けを求めて別荘を出ました。
そこで通行人が大量に血を流しながら錯乱した状態の男性を見つけ、救急隊に連絡。
男性は一度近くの村に搬送された後、緊急手術を受けるため、フェルトキルヒ病院に運ばれました。
この時点で切断事故から約5時間が経過しており、男性はかなりの失血から危篤状態にあったといいます。
医師チームは直ちに緊急オペを開始し、止血および輸血、そして性器の再縫合手術を行いました。
しかしながら切断された陰茎部は土と雪で汚染されており、一部は修復不能なまでに損傷していたといいます。
それでもチームは陰茎部を慎重に洗浄し、再建できる部分だけを性器の根元と縫合。
その結果、元の長さよりは大幅に短くなったものの、奇跡的に性器の修復手術は成功しました。
男性には術後も幻聴や妄想などの症状が続いたため、精神科に移り、幻覚を抑える治療薬が投与されています。
ただ精神状態は徐々に安定し、術後から1週間後には泌尿器科に戻り性器の回復治療を受けました。
男性の性器にはいくつかの合併症(亀頭の皮膚組織の部分的な壊死)が生じましたが、時間の経過とともに治癒しています。
驚くべきことに、男性は術後3カ月には勃起機能をある程度回復させ、通常通り排尿もできるようになったとのことです。
しかし今回の症例は、幻覚剤の個人的な乱用が悲惨な事故につながりかねないことをまざまざと思い起こさせます。
マジックマッシュルームの摂取で自らの性器を切断したケースは初めてではありますが、幻覚症状は人をここまで狂気に走らせることがあり得るのです。
マジックマッシュルームに含まれるシロシビンのような麻薬成分は医療目的に正しく用いれば、私たちの味方になってくれますが、個人的な利用はくれぐれもやめるべきです。
参考文献
Man amputates penis with an axe after consuming psilocybin mushrooms
https://www.psypost.org/man-amputates-penis-with-an-axe-after-consuming-psilocybin-mushrooms/
元論文
Penile Replantation after Self-Amputation Following Psilocybin-Induced Drug Psychosis(PDF)
https://megajournalofsurgery.com/wp-content/uploads/2024/09/MJS-79-2016.pdf
※切断部分や手術の写真などが含まれます。閲覧にはご注意ください。
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部